君が待ちわびる黄昏で

「こんな絵、見せられたら、そりゃ諦めらんねぇよな」

 頭の上で健太が息を吐いた。

「俺だって、どう対抗したらいいか、わかんねぇもん。泣いてる夏希、慰めるしかできねぇの、悔しいな」

 健太の顔が近付いて、俺の目尻に口付けた。
 涙を吸い上げられて、びくりと体が震えた。

「けん……、……え?」

 後ろから強く体を引かれて、俺の体が後ろに倒れた。
 転びそうになった体を、知っている温もりが支えた。

「……結、陽……さん?」

 もう一カ月近く会っていない結陽が、俺の体を抱き止めていた。
 その目が健太を睨んでいる。

「今更、出て来て、何の用? 夏希から本気で離れる覚悟でも、できたわけ? もう自分に関わるなってさ」

 健太が負けない目力で結陽を睨み返した。
 健太の言葉が、胸にずきりと刺さった。

「僕はあの時、君の言葉をちゃんと受け止められなかった。自分のことばかり考えていたって気が付けたのは、建優先輩のお陰。そのお陰で、健太君の言葉の意味にやっと気づいたよ」

 結陽の言葉の意味がわからなかった。
 健太と結陽が話す機会なんて、いつあったんだろう。

「夏希君は、その程度じゃないよね」

 結陽が微笑んだ。
 その顔は何時も神社で見る、結陽の顔だ。

「今日の夏希君の姿を見て、決めた。夏希君は僕がもらうから、健太君にはあげられない」

 結陽が俺を更に引き寄せて胸に抱いた。
 拘束するように強く抱く腕に、胸が甘く締まる。

「兄貴め、余計な事すんなよ」

 ぼやいた健太の向こう側で、建優がちゃっかりピースしている姿が目に入った。

「そういうことだから、健太は俺と一緒に帰ろうか。茅野、戸締りしっかりね。あと、個展は明日もあるから、ちゃんと出席してね」

 建優が健太の腕を引っ張って歩き出す。

「はぁ⁉ 話はまだ終わってねぇし! 俺だってそう簡単に夏希を諦めたりできねぇよ!」
「だよねぇ。小学校違うのに、その頃から好きだったもんねぇ」

 建優が、さらりと爆弾発言をした。
 家は近所だが学区が違ったから、健太とは小学校が違う。知り合ったのは中学一年の時だ。
 健太から声をかけてきたのをきっかけに友達になった。

「うるせぇな! 放っとけよ! 兄貴はこれ以上、余計なコト言うな!」

 健太が珍しく顔を赤くして、いきり立っている。

「そんな感じだから、夏希君。これからも健太と良いお友達でいてやってくれる?」

 建優にそんな風に言われてしまうと、否とは言えない。

(健太のお兄さんて、昔からこんな感じだ。勢いがありすぎる健太にブレーキかけてくれる)

 バランスの良い兄弟だと思う。

「俺にとっても健太は大事な友達だから。暑苦しくて鬱陶しくて、元気すぎて付いていけない時あるけど。頼りになるし優しいのも、知ってる」

 今日だって、何のかんのと個展まで連れてきてくれた。
 申し訳ないし、有難い。

「夏希、俺のこと、そんな風に思ってたのかよ。嬉しいっつーか、悲しくなるんだけど」
「ごめん。俺、健太ほど活力ないから、眩しすぎる時ある」
「あぁ、そうかよ」

 健太が諦めたように息を吐いた。
 流石に申し訳なくて、どうしたものかと慌てた。

「じゃぁ、活力ソコソコの茅野先生と恋人にでも、なってたらいーんじゃねぇの。けど、気まぐれで別れたら、その時は俺が貰うぜ。別れなくても、次また夏希を泣かせたら、今度こそ返さねぇからな」

 健太が結陽に、びしっと言い切った。
 こういうところが男らしいし、眩しい。世間ではきっと格好良いというのだろうと思う。

「泣かせないし、手放さない。夏希君がいないと僕は、満足に絵も描けない。夏希君のことばかり考えて、何もできなくなる」

 結陽が俺の髪に頬擦りした。

「だから、ありがとう。健太君がいなかったら、僕は自分の気持ちに嘘を吐いて、手放してはいけない宝物を捨ててしまうところだった。感謝してるよ」

 結陽に微笑まれて、健太がぐっと言葉を飲んだ。

「大人の階段、昇れて良かったね、健太。お昼、奢ってあげるから、帰ろうか」

 建優が健太の背中を撫でた。

「健太、ありがとう! また学校で!」

 健太がちらりと振り返った。

「その前に、宿題、一緒にやれ。また連絡すっから」
「うん、やる! 俺もまだ、終わってない」

 健太が、ちょっとだけ笑った。
 その顔に、少しだけ安堵した。