君が待ちわびる黄昏で

 八月二十三日、俺は健太と結陽の個展に向かった。
 結局、個展に行く日まで結陽には会わなかった。個展で会えるかもわからないが、健太曰く「大丈夫」らしい。
 毎日のように本人が待機しているのか疑問だったが、いる日もあるのだろうと思う。
 今日は会って、少しでも話がしたかった。

「こんな場所に古民家なんか、あったんだ」

 綺麗に拭かれた茅葺屋根を見上げて、呟いた。
 
 チケットに書かれていた開催場所がよくわからなかったので、健太に聞いてみた。
 知っている場所だというので連れてきてもらった。
 結陽の絵画展は、美大からほど近い場所にある、古民家を改築した一軒家だった。
 ソコソコ広い庭は駐車場としても使えるように整備されている。奥には花壇や庭木が植わっている。
 よく手入れされているように見える。

「公民館とか展示場とか、そういう場所をイメージしてた」
「この古民家、うちの法人の所有なんだよ。一応、美大の一部ってことになってるらしいけど」
「あぁ、なる。だから健太は場所とか知ってたんだ」
「美大の生徒の作品展示とか絵画展とか、ここでやんの。珍しいし雰囲気あって人気だから、時々取材とかも来るんだぜ」
「へぇ、すごいね」

 この古民家も凄いが、健太の情報量が凄い。
 実家の家業を継ぐという話は中学の頃から聞いていたが、伊達ではないのだと改めて感じた。

「今回は茅野結陽(有名人)の個展だし、来場者数が普段の倍以上で駐車場も足りないとか聞いたけど。会場だって都内とかじゃないのに、落ち目の絵画業界で流石の集客力だよなぁ」

 健太のぼやきに、俺は俯いた。
 ネットで調べた茅野結陽は、俺が知る結陽とは、まるで別人だった。

(やっぱり住む世界が違う人、だよな)

 あまりにもかけ離れすぎていて、そんな言葉しか浮かばない。

「じゃぁ、ゆっくり観られないかな。今日も、きっと混むね」

 俺の呟きに、健太が振り返った。

「お前、チケットちゃんと読んでねぇの?」
「チケット? なんで?」

 手にしたチケットを眺める。

「今日は一般来場休館日だよ。夏希がもらったチケット、特別来賓用で日にちが指定されてんじゃん」
「え? うそ」

 改めてチケットを見てみる。
 今日以外に、数日の日付が指定されていた。しかも予約制だ。

「健太が二十三日って言ってたから、なんも考えてなかった」
「夏希ってそういうトコ、あるよな。お前にチケット貰った時点で予約した俺に感謝しろよ」
「……ありがとう、ございます」

 もはやお礼しか言えない。
 健太にチケットを渡したのは図書委員の窓口係の日だから、八月頭くらいだ。
 健太のことだから、その日のうちに予約したんだろう。
 
(相変わらず流石としか言えない。そういうトコ、俺とは違うよな)

 きっと恋人だったらスパダリなんだろう、などと思た。

(いやいやいや、何考えてんだ、俺。健太はない。友達以外、ない)

 そもそも健太の陽キャオーラが強すぎて、俺的には疲れる。
 時々会う分にはいいが、毎日一緒に行動できない。
 俺にとって健太は、そういう存在だ。

(結陽さんに拒否られたからって、好きって言ってくれた健太に頼るのは、狡いよな)

 その上、弱気になった時だけ恋愛対象にするなんて、最低すぎる。

(俺、こんなに嫌な奴だったんだ。最低すぎて言い訳もできない)

 自分の狡さや弱さが嫌になる。
 そんな俺の手を、健太が握った。

「暑いし、さっさと中に入ろうぜ」

 俺の手を引いて健太が歩き出した。

「待ってよ、手、握らなくても……」
「だって、今日はデートじゃん。俺は夏希のこと好きな前提でここに来てるって、言ったよな」
「それは……」

 確かにそういう話だったが。了承したわけでも恋人になった訳でもない。

「予約とったお礼、してくれてもいいんじゃねぇの?」

 ぐっと唇をかんだ。

「手、繋げばいいの?」
「ん、今はそれでいい」
「今はって、何だよ」
「いいから、振り払ったりすんなよ。ちゃんと握ってろ」

 健太に強く手を握られて、古民家の中に入った。