…花琴宮の本殿の奥…

…10時頃、二花と一緒に買い物へ
行こうと外へ出ると、母親が声をかけた。

「…二花‐!二花‐!」

朱の紅葉の舞う涼しい秋風が吹いてくる

静かな本殿の奥で、二花は〈宮史〉と
書かれた古文書をさわっていた。

「…これは禁忌だって!」

…妖狐のショコラがドロン!て現れて
危ないものをさわるように言った。

「…禁忌って、
さわっちゃいけないってことでしょ?」

「…そう!」

…妖狐のショコラが言う。

「…さわるなかれ!」

「…ふ‐ん。」

…二花が頷く。

そして、
近くでいた猫が伸びをする。

すると、ドロン!て
年老いた魔女がでてきて、

緑色の古いドレスが裾を揺らす。

「…掛け軸をとってきてごらん!」

「…びっくりした!」

…二花が言った。

「…私は魔女。」

年老いた魔女が言った。

「…にぃちゃんが
今朝ない化け猫を閉じ込めたんだ!」

「…まだ新米の呪い屋だろう。」

魔女が魔法の杖を揺らして言う。

「…ちゃんと、閉じ込めれてないから。」

「…そんなこと、ないやい!」

「…にぃちゃんは完璧だ!」

二花がうるうると涙目になる。

…涙を目にためて、ぽろっと
頬を伝って落とすと、魔女が言った。

「…お前のその涙をもらおうか。」

「…どうやって。」

…ぐすっと涙を右手で拭う。

二花の涙を真珠に変えると、
その真珠を魔女が拾ってゆく。

「…掛け軸をみせてごらん。」

参集殿から掛け軸を取ってくると、
本殿にいる魔女のところまで持ってきた。

「…これ。」

「…猫神がいるね。」

…さっと魔女が杖を構える。

…拾った真珠がポロポロ落ちた。

「…猫神?」

「…そう。」

「…化け猫じゃなかったの。」

…二花がなんとなく宮史をみた。

「…神様だったんだろうね。」

ショコラが口ずさむように言った。

「…神様…。」

…そうなんだ…と、口の中で言ってみる。

「…宮史をごらん!」

魔女のおばあちゃんが金切り声をあげる!

…宮史がガタガタ振るえて、

二花がそれにさわると、
中から猫神がふわっと出てきた。

「…猫神だ!」

…二花が言った。

猫神は大きな御魂の姿で、
人の言葉をしゃべり、呪いをしていた。

「…化け猫は無事に
掛け軸の中に帰ったから。」

「…君は?」

「…僕は、猫神。」

…猫神はふわっと、二花に依って話をする。

「…女の子なんだ♪」

「…女の子なのに、僕って言うの?」

「…だって、癖なんだもの。」

「…そうかぁ‐。」

なんとなく頭を撫でたくなって
二花は手を持て余す。

「…私が願いを叶えてあげよう。」

魔女の老婆が
杖をくるっと回して、呪文を唱える。

「…4日間、
猫神様を女の子に変えてあげる。」

「…4日?」

「…そう。4日。」

「…時間は4日後の夜中の0時まで。」

…魔女はにやりと笑って言った。

「…そのかわり、
誰かにこのことを話すと…

魔法がとけて、
女の子は猫に戻ってしまうからね。」

…魔女が二花のおでこに
杖をピシピシ振って言った。

「…分かったね。」

…おばあちゃんが念押しする。

「…素敵な恋を、するんだって。」

…ショコラが祈った。

「…必ず守ってね。」

…猫神は二花の手をぎゅうっと握りしめた。

「…夜中だったら眠ってるよ。」

…二花は言った。

「…夢の中でいいから、会いに来て。」

…猫神が願うように言った。

「…うん。わかったよ。」

…二花が答える。

「…じゃあ、魔法をかけるね。」

「…4日後の夜中の0時までだからね。」

…老婆が言った。

「…ひぃ、ふぅ、みぃ…」

…魔女が杖を振ると、
ドロン!と猫神に魔法をかけた。

「…女の子だ!」

二花が物珍しそうに女の子をみて言った。

「…君、名前は?」

「…私?私は蕾…。」

女の子は恥ずかしそうに
もじもじしながら言った。

俯きがちな小顔に大きな黒い瞳、
長い横髪を赤い花紐で結んで

おろした髪を下の方で結い上げた
姿をしていた。

服装は、唐紅葉の模様の十二単衣を着ていた。

「…はじめまして。私、蕾!」

「…うん。こちらこそ。…僕、二花!」

二人は手を結ぶと、一緒に遊ぼうと
言って、本殿の奥から外に出た。

…母親の呼ぶ声が遠くで聞こえる。

「…二花‐!二花‐!
買い物行くわよ‐!」

「…お母さ‐ん!待って!
今、行くから!」

二花が大きな声を張り上げて答える。

かけだしたお社を二人、石畳の続く
小道を行けば、小さな後ろ姿が化け猫たちを

残して去っていった…。