花琴宮と妖猫

…ちゃぷん。…ちゃぷん。

…黄金に染まる秋の朝ぼらけ。
ゐてふと紅葉の舞う凪咲(なぎさ)に

…さざ波が揺れる。

花琴宮の敷地内で暮らしていた
兄弟二人を化け猫はみていた。

秋晴れの凪空のカラッと乾いた
洗濯物を干した竿竹に、一反木綿がやってくる。

「…火火手(ほほて)、

宮の表の鳥居の所に、
化け猫が一匹来てるぞ。」

「…化け猫‐?!」

…火火手と呼ばれた子は、

黒髪のふわふわ天然ヘアの学ランに
十四、五歳くらいの男の子で

五歳の男の子、二花(にに)をだっこしていた。

…二花はクマのパーカーに緑のズボンを
着ていて、踵がピカピカ光るアニメの

スニーカーを履いていた素朴な男の子だった。

火火手は、ゆっくり芝草の
上に二花をおくと、

竿竹の下に置いていた

学生鞄を片手に抱えて、持って言った。

「…に‐ちゃんはぁ?!」

「…朝練。今から部活。」

足元で抱きついてくる二花をかわしながら、
洗濯物を終えて、ふらふら鳥居に向かって歩いていく。

「…化け猫♪化け猫‐♪」

鳥居の所までくると、たくさんの猫たちが
出迎えてくれている。

ぶち、ミケ、黒、茶などいろんな種類の
猫たちがお宮さんにいた。

そのなかに一匹だけ変わった白い妖猫。

「…にゃ‐おん。」と鳴く猫の中で
一際目立つ、人の言葉で話す妖猫がいた。

片足を上げて毛並みを舐め取ると、
二足歩行で立ち上がって、二股の尾っぽを揺らす。

朝日にらんらんと光る目は
少し陰りて、気怠そうにうつる。

…確かに化け猫。

「…今日から4日、二花を借りるにゃん。」

「…二花を?」

「…ど‐するの?」

「…4日間、date♥するにゃん!」

「…dateォ‐?!」

「…そうだにゃん。」

餌の出待ちしていた猫たちが
欠伸しながら待っている。

後からついてきた二花の手から
餌をもらうと、嬉しそうに食べていた。

「…化け猫は化け猫らしく、
掛け軸のなかに戻ってな!」

火火手は護符を1枚とって、
化け猫に貼り付けると、ドロン!て

化け猫を掛け軸に封じ込めて言った。

「…これでお祓い完了です!」

火火手は、手をぱん!と
合わせて一礼して拝んだ。

「…なんだこれ。」

…人型の依り代に〈宮史(みやし)〉って書いてある。

「…親父に禁忌だから、
さわるなって言われたな。」

「…まぁ、いっか。」

ポケットに人型の依り代を突っ込むと
時計をみて、慌てて言った。

「…部活行ってくる!」

「…いってらっしゃ‐い!」

二花が一反木綿と一緒に、手を振る。

…朝焼けのなか、坂道を下って
自転車にのって走り出す。

ゐてふの舞ふ並木道を木枯らしの吹く
秋風を薙ぎ払いながら行く。

ユリーカ高校の校庭を自転車で
走り抜け、自転車置きに停めた。

…体育館に向かって歩いてゆく。


❀❀❀


「…ガンバ‐!」

体操部の火火手は、
床でロンダ‐ドバク転宙返りをしていた。

「…ねぇねぇ。」

付き合ってた花鈴が
アクエリアスを火火手の

ほっぺたピトってして、
声をかけた。

「…今度、映画行かない?」

「…ん‐?」

右足を捻挫してたから、
テーピングで片足を上げながら、

…くるくる巻く。

「…ん‐…。いいけど。」

「…うん。」

花鈴の胸がどきどきと高鳴る。

花鈴は紅葉の花和柄のシュシュを
つけたポニーテールで常磐色の瞳をしていた。

「…何、みるの?」

最後のひと巻をくるっと
巻きつけて、パシッと足を叩いた。

「…〈花恋〉。」

「…〈花恋〉かぁ‐!古いな!」

「…古くない!」

「…今、旬なの‐!」

体操部のかけ声が鈴虫の鳴く
秋の空の下でいつまでも響いていた。