碧くんが好きと自覚してから2日が経ち、学校のあちこちでリレー練習や入場門の設置、門前に飾るアーチを作ったりと慌ただしくしていた。
僕の出る種目は綱引きと玉入れな為に練習はなく1発本番で頑張るのみ。1人静かな教室からグラウンドを見ると、僕たちのクラスがリレーの練習をしているのを見つけた。その中には碧くんも選手として参加している。
「「「透坂くーん! 頑張ってー!」」」
ネット越しに違うクラスの女子が数人集まって、碧くんを応援している声が僕の元まで聞こえてきた。
「碧くんは僕が好きなんだから、君たちは相手じゃないよ。なーんて、ね……」
秋風が吹きこむ窓にもたれかかって呟いたつもりだった。視線を感じ廊下の方に視線を向けるときぃちゃんが立っていた。
「き、きぃちゃん!? いつからそこに……」
ビックリして心臓が飛び出てきそうなくらいドキドキしている。何も言わずに教室の中に入ってきたきぃちゃんが、僕を挟むように壁ドンならぬ窓ドンをしてきた。女の子にこんなことされたことないから身体がビクッとしてしまう。
「朱里、今のはどういうこと?」
「今のって何……」
「あら、わからない? 「碧くんは僕が好きなんだから、君たちは相手じゃないよ。なーんて、ね……」って言っていたじゃない」
僕の口調を真似して行動と言動を再現していた。恥ずかしくなってきぃちゃんの口を勢いよく塞いだ。
「ななな何を。てか聞いてたの!?」
「ぷふぁ、私は碧がグラウンドで練習していたから応援しに行かないかと誘いに来たらたまたま聞こえちゃったのよ。朱里は碧が好きなの?」
いつかはきぃちゃんに話そうと思っていたが、まさかこんな形で告白することになろうとは思わなかった。
「す、きだって言ったらダメかな? というか既に碧くんから告白されたから返事になるんだろうけど」
「待って、なにそれ。聞いてない、告白された話なんて」
窓から僕の肩にきぃちゃんの手がガシッっと掴まれた。きぃちゃんからの教えるまで離さないという圧がすごく、順を追って説明した。
修学旅行で告白されたことから家に連れていかれたこと、気持ちに自覚したこと。そして現地点どうすればいいのかなど全て。
「そっかー、そんなことになってたんだね」
「うん、そうなってた。それでね、きぃちゃんに聞きたいんだけど僕がToRiくんのファンとして好きから急に恋愛対象として碧くんを好きになったこと、どう思う?」
「そうねー、私はそういうのもあっていいと思うけど。漫画の人物だって最初は嫌いだったけど関わるにつれて好きになったりするものでしょう? それ私は朱里も碧もToRiも好きだから、2人がカップルになれば推しカップリングとして新たに推すわよ!」
自信満々に話すきぃちゃんに安心した。彼女はToRiくんが1番好きだからこそ、引かれたり縁を切られることだってあっただろう。でも僕の話も聞いてくれると信じていたからこうして話すことができた。
「僕、体育祭が終わって落ち着いたら告白する」
「いいじゃない! 碧だって待ってくれてるよ」
ガッツポーズしている姿に応援の気持ちが伝わってくる。僕も覚悟して告白について考えることにした。
◇
──パン、パン、パン。
『ただいまより、第57回体育祭を開催いたします』
体育祭当日、学校の雰囲気はまるでお祭りのように盛り上がっている。スピーカーから流れてくる放送部の放送は、いつもと違ってハイテンションだ。
「朱里―、今日はお互い違う組だけど頑張ろうね」
「うん、頑張ろうね」
組み分けはクラス内でランダムに赤組、青組、黄組、緑組、桃組の5組に配属される。きぃちゃんは桃組、僕と碧くんは青組だ。
「あ、きぃだ」
別の場所にいた碧くんが姿を現し、僕たちの元へ歩いてくる。ジャージと言えど、腕と裾を少しだけ捲り上げて青色のハチマキを首からかけていた。
(碧くんがカッコいい。直視できないよー)
顔を違う方に向けて極力見ないようにし、耳だけを傾けた。見ないのは本当にもったいないけど僕の心臓を考えたら仕方がない。
「碧、今日はお互い敵ね。負けないわよ」
「僕らも負ける気ないからね」
碧くんは僕の肩を引き寄せて、きぃちゃんに負けないと宣言している。
(うひぇ。肩、肩ぁー)
僕はきぃちゃんにだけ見えるように限界ですとサインを出して、碧くんの手を肩から下ろしてトイレに逃げた。
「ごめん、始まる前にトイレ行ってくるね」
「気をつけてね」
見送られながら校舎に戻ってトイレに駆け込んだ。トイレにある鏡を見ると、顔が赤くなっている自分の顔が写っている。これじゃあ好きなことが丸わかりだ。
(碧くん、変に思ったかな? もし気づかれそうならきっときぃちゃんが誤魔化してくれてたよね?)
5分後、落ち着きを取り戻した僕はグラウンドに戻るため廊下を歩いていた。すると「信代くん」と同じクラスの青組の女子から呼び止められた。
「あのね、今日借物競争に出る予定の子が休みで他に探してみたんだけど、みんな複数の競技に出るから難しそうで。信代くん代わりに出てもらえないかな?」
「……わ、わかった。1位になる可能性は低いだろうけどそれでもよければ」
彼女は「借物競争は速さより運だから!」と言って先生に伝えるために先に戻っていった。借物競争で僕の意識が少しでも逸れればいいのだが。
テントに戻ると「朱里」と僕の名前を呼んで碧くんだけが出迎えてくれた。きぃちゃんは自分のテントに戻ったようだ。
プログラムは知らぬ間に3番まで進んでおり1年生のクラス対抗リレーが行われていた。
「次1000メートル走です。出番の方は入場門に──」
「俺、次出ないとだ。朱里見ててね」
「うん、見てるね」
実行委員の案内の声を聞いて碧くんは入場門の方へ行った。テントの中でもできるだけ前の方に陣取ろうとした時スマホからチャットの通知が届いた。
相手は宇治洲からで、【朱里のところの体育祭来てるんだけど、どこいる?】というものだった。僕は保護者席当たりを指示して向かった。
「何しに来たの? てか暇なの?」
「暇じゃねーし、今日は部活も休みだし休日だったから。それに俺の想い人に会えるかなーって思ってさ」
「あっそ」
きょろきょろとカラフルなテントに視界を向けている。この間は情けなくこいつに話を聞いてもらったからな。少しくらいならきぃちゃんに合わせてもいいかもしれない。
「ちょっと待ってな」
「何が?」
「好きな人に会わせてあげるよ」
チャットを開いてきぃちゃんに【少し保護者席の方に来てもらえる? 会ってほしい人がいて】と送るといつものオッケースタンプで返ってきた。
数分後きぃちゃんは伝えていた場所にやってきて、宇治洲と初対面ができた。
「彼女は俺のオタク友達の絲井きいちゃん。そして彼が僕を中学のころいじめた主犯で今は和解をしている友達」
「どんな紹介だよ。初めまして、宇治洲鴇です。あの、前にここ来た時に見かけて一目惚れしました。つき合ってください」
きぃちゃんも驚いていたはずだ。だって僕も今告白するとは思っていなかったのだから。両者の顔を交互に見ているときぃちゃんは笑顔で、「友達からでよければ」と話していた。
それからは僕いらずで会話が弾んでいるようで入りこみずらくなった。テントから女子の歓声が響き、グラウンドを見ると碧くんが懸命に走っているのが見えた。後ろに続く走者を見ると先頭を走っているのがわかる。
「やっぱりカッコいいね」
「そうだね。さすがだ」
「あいつ、俺がお前といる時鋭い視線向けてくるんだよ。いつか噛みつかれそうでヒヤヒヤしてんだよなー」
話が終わったのか僕の隣に2人が並ぶ。
「ねぇ、声出して応援しようよ」
「「え」」
「ちゃんと届くかわからないならあの子たちより大きい声を出して応援するの! 朱里も自信持って!」
きぃちゃんが指を指している方を見ると、他の組みにも関わらず団結して大きい声を出している女子が目に入った。
「しゃーない、俺も一緒に応援してやるよ」
宇治洲に背中を叩かれて一瞬は痛いと言いたくなったけど、2人は僕のために言ってくれていること。僕は頷いて、きぃちゃんの「せーの」という合図で「碧―! 頑張れー!」とそれぞれ声援を送る。
「がんばれー」
「声小さくてそれじゃあ届かないよ?」
小さい声を出していることは自分が1番わかっている。でも周りからどう思われるのか、それを考えると怖くて出せない。
「あ、碧の後ろに赤組迫ってきてるよ。もうすぐでゴールなのに追い越されたら負けちゃう」
「あ……」
(碧くんは頑張っているのに、僕は声援さえも送れないの? 違う、僕は碧くんに釣り合う男になりたい。そのために僕はここを乗り越えないといけないんだ)
落ち着こうとしても心臓のドキドキがさらに増すばかり。収まれと思うほど余計に落ち着けなくなる。
「オレが隠してやる。それならいけるか?」
僕より背の高い宇治洲が横から見られないように本当に隠してくれている。きぃちゃんも言葉にはしていないが、反対側を隠してくれているように思える。
僕はもう一呼吸だけ置き、「碧くーん! 頑張れー!!!」と思っていたより大きな声を出して声援を送った。
2人とも驚いていたけど、グッジョブと手で表していたので僕も同じポーズをとった。そしてグラウンドでは碧くんが焦った様子もなくにこやかな笑顔で堂々とゴールしていた。
ゴールして1位の列に向かう碧くんとバチッと目が合った。口元を見ると「ありがとう」と言っているように見えるのは気のせいだろうか?
「届いたようでよかったわね」
「うん……! 僕、碧くん迎えに行ってくるね」
きぃちゃんのいってらっしゃいの言葉に背中を押され、入場門に向かって走った。丁度着いた時に1000メートルリレーに参加した生徒がゾロゾロと出てきていた。
碧くんを探すけど、人が立ち替わり入れ替わりでどこにいるのかわからなかった。
「朱里!」
「え? あ、碧くん!」
「さっきは応援ありがとう。朱里のおかげで勝てたよ」
「いやいや、あれは碧くんの実力だよ。僕は大きな声を出して応援するの一瞬躊躇ったから……」
「そう? でも俺はあれがなかったら赤組の奴に抜かされてたと思うし、凹んでたかも。朱里からの応援がないって」
(力に鳴れたなら、大きい声で応援できてよかったな)
テントに戻りながら話していると「すみません」と女子生徒からお声がかかった。相手の用事はもちろん碧くんなんだけど。
視線で僕のことを気にしてくれているけど、僕も彼女たちの気持ちはわかるからどうぞと手を出して許可を出す。
(やっぱり人気なのは知っていたけどここまでとは。さすがと言いますか)
「あの、写真お願いしてもいいですか?」
「ちょ、その子は……」
1人がスマホを手渡してくるから思わず「いいですよ」なんて言っちゃっていい人ぶった。画面越しに彼女らと碧くんを見れば引っついていてモヤつく。
「……はい終わりましたよ」
「ありがとうございました! やっと透坂先輩の写真手に入ったー!」
スマホを渡すと、彼女は泣きだしていた。その姿は碧くんを想っていたのが伺える。
「朱里、行こう」
碧くんは僕の手を引いて自席に戻った。しばらくお互い出番はなくずっとテントでの待機だ。
「碧くんはあと組み対抗リレーだっけ」
「そうだね、最後に盛り上がるかららしいよ。朱里はもう終わりでしょ?」
「それが、借物競争に出ることになった」
経緯を話すと碧くんは納得していた。休んでいる人が多いこと、そして青組は競技参加率が高いことも気づいていたらしい。それと碧くんにもこの話がされていたとか。
「僕、運動苦手だけど、任されたからには頑張ろうって思ってて」
「朱里はすごいね。えらいじゃん」
碧くんは僕の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。
「朱里、あんまり可愛い顔しないで。他の人にも見られるから」
「ふぇ!?」
周りに人がいるのを忘れて、僕は全体で嬉しさを表していたっぽい。顔に集まる熱を抑えようと手で仰ぐけど、それじゃいつまで経っても変わらなそうなくらい熱かった。
時間は経ち、終盤に差しかかっていた。そしてそろそろ僕が出る予定の借物競争が始まろうとしていた。
『次は借物競争です。出られる方は──』
実行委員の呼び込みがあり、僕は立ち上がって上着を脱いで準備した。ハチマキを頭に巻こうとした時ふとあることを思った。
「あのさ、1個お願いしてもいい?」
「俺にできることなら」
「ハチマキを結んでほしくて」
「そんなことでいいの?」
僕は持っていたハチマキを差し出して頼んだ。想像していたよりスケールの小さいお願いだったからか、碧くんは口をぽかんと開けている。
「いいよ。じゃあ朱里が上手くいくように勇気も追加してあげよう。ほら後ろ向いて」
そう言って碧くんはくるっと身体を回し、僕からハチマキを受け取らず自身のハチマキを僕の頭に当てて結んだ。
「はいできた。これで頑張れるね。今度は俺が大きな声で応援するね」
普通のハチマキなのに、碧くんのハチマキってだけで特別勇気が湧いてくる。
「じゃあ僕のハチマキは碧くんに」
さすがに出番ではない碧くんの頭に巻けるはずはなく、代わりに手首に巻いてヒラヒラと可愛い感じにしておいた。
入場してすぐ競技は始まり、走り始めた走者は声を出して物や人を集め、ゴールへ一直線に走っている。一向に見つからなくて困っている人も、本当にないときにのみリタイアが許されている。
僕の走る番が来てスタート位置に着いてパンッという音で走り出した。数メートル先にあるお題の入った箱に手を突っ込み、1枚紙を選んだ。
(簡単なお題が出ますように!!)
2つ折りにされている紙を開くと【推し】と書かれていた。これが僕のお題だった。
(これはグッズを持って来いってことだよね。でも僕の推しはすぐそばにいる碧くんだし、連れて行っても問題ないのかな? でも知らない人のが多いし……)
僕はお題の意味を深く考えてしまいその場に立ち尽くした。隣にいた走者は既に声をかけに行っている。
「朱里―! 頑張ってー!!」
「周りがなんて言おうと、お前が思う通りに動いてみろ!」
きぃちゃんと宇治洲の声が聞こえた。
(僕が思う通りに動くか。あ、勇気だ……僕になかったもの)
頭のハチマキに触れて僕は青組テントに向かって走った。必死に走っているけど数十メートルの距離が長く感じる。
「はぁはぁ、碧くん。僕と来てくれませんか!」
僕は周りからの視線が少し怖くて差し出した手は微かに震えている。碧くんは「もちろん、朱里の頼みなら」と手を繋いで一直線にゴールを目指した。
走るペースを僕に合わせてくれているのがわかる。他の走者は誰1人ゴールしておらず、受理されれば1位だ。
マイクを持っている審査員が紙を受け取って話し始めた。
「はーい、お題確認しますね。お題は……推し?」
首を傾げるのも無理もない。すると碧くんがマイクを受け取り「俺が昔歌い手の活動してまして、その時のファンが彼なんです。ね?」と代弁してくれた。
いつも碧くんは助けてくれる。僕も何かで返したいと思ったら無意識に口から出していた。
「……です」
「え?」
「碧くんは推しでした。でも今は好きな人です!!」
マイクから会場中に広がり、ここにいる人は全員耳にしたはずだ。シーンとする空気感にやってしまったと僕も顔面蒼白になって、結果を聞かずにその場を逃げ出した。
(何やってんだよ。告白は体育祭が終わった後にって決めてたじゃんか)
碧くんの優しさが心に染みて気持ちが溢れたんだ。僕は体育館の裏手にある非常階段まで来て、碧くんのハチマキを取って見つめて後小さく丸まった。
「見つけた」
少し汗をかいている碧くんは、僕を見た瞬間ホッとした表情になって隣に座った。
「碧くん……。あの、ごめ」
「さっき言ってたの、本当?」
「……うん。僕は透坂碧くんを推しじゃなくて1人の男の人として好き。ずっと返事待たせてごめんなさい」
どうしてだか気持ちを伝えると涙がドッと溢れた。溢れた次いで仁いつも言いたかったことをも伝えた。
「碧くん、いつも助けてくれてありがとう。まだ君にふさわしい僕とは言えないけど、これから頑張る。だからどうか──」
「いっぱい考えてくれてありがとう。俺にふさわしいとか考えず、朱里はそのままでいいんだよ。俺はそんな朱里に支えられてきたんだから。抱きしめていい?」
碧くんも泣きそうな顔で両腕を広げた。僕は迷いなく抱きついた。多分、こうしたいとどこかで思っていたのかも。
いつものように優しく、力強く抱きしめられる。
(あぁ、好きだな。伝えてよかった)
「朱里、キスしていい?」
「……うん」
僕のファーストキスは推しとなった。グラウンドでは盛り上がっている声が聞こえているが、僕たちの周りは静かでリップ音が鳴り響く。
目を合わせれば恥ずかしさで消えたくなったけど、すぐそんなことはどうでもよくなった。それほど今は幸せに満ちている。
僕は好きがどんなものか知った。それは自身を強くしてくれる新しい武器だ。
テントの方へ歩いて向かうと「朱里!」と放送席から兄ちゃんがすごい形相で向かってくる。
「さっきの告白はなんだ。兄ちゃんは絶対に」
「絶対に、なんでしょうか。信代先生」
「なっ」
2人が睨み合い険悪な空気になっているのを遮ったのはきぃちゃんと宇治洲だった。2人の距離が少し縮まっているきがする。
「朱里ビックリしたよ。体育祭後にって言ってたのに、まさかのタイミングで。それで、つき合えた?」
「うん。ありがとう、相談乗ってくれて背中を押してくれて。きぃちゃんは最高の友達だよ」
「そりゃそうでしょ。朱里の最高の友達なんだからこれくらいできないと、ね」
きぃちゃんにもそう思ってもらえてるなら僕は嬉しい。
「最後の競技、組み対抗リレーに出られる方は──」
碧くんが最後に参加する競技の収集がかけられた。それを聞き、碧くん僕の頬にチュっと軽くキスをして並びに行った。
こうさりげなくできるところが僕より大人な気がして、耐えられそうにない。好きのメーターが上昇していると感じていると、横からニヤニヤしているきぃちゃんが「ごちそう様」とひと言放つ。
ルンルンな足取りのきぃちゃんの後に続いて、グラウンドがよく見えるところへ移動した。背後から「朱里ぃ」と兄ちゃんから名前を呼ばれているだろうけど、無視した。
組み対抗リレーで碧くんはアンカーを任されていて、襷をかけて座っている。第1走者がスタート位置に着くと校長先生のピストルで走りだした。初めの順位としては青組は3位だった。
次々とバトンが渡り、2位と3位をグルグルしていたら2位の黄組の子がこけてしまって2位に躍り出た。そのままいけば碧くんが挽回する可能性も出てくる。
「透坂!」
「任せろ」
バトンが渡り、すごい速さで駆けていく。そしてゴールまで数メートルというところで順位は逆転し、そのまま1位でゴールを決めた。
終始盛り上がった体育祭は大成功に終わり、校長先生の話で幕を締めた。教室に戻るとお疲れ様会が行われようとしていたが、僕が入ってきたことにクラスメイトが集まってきて借物競争の話題を出した。
碧くんやきぃちゃんが代わりに受け答えしてくれる中で、「今どんな気持ち?」という質問に僕はとびきりの笑顔で「すっごく幸せ」と言葉を発した。
すると碧くんが自分のジャージの上着を被せてきて、僕を抱きしめてきた。
「お前ら朱里のこと見るな」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「いや減るね。俺の朱里が減るね」
何が起こっているのか僕だけがわからない状態だけど、声だけ聴いていたら楽しそうで何より。
お疲れ様会が終わり、手と繋いで2人で帰宅していた。今日はたくさんのことがあって疲れた。
「今日は疲れたね」
「うん、めっちゃ疲れた。でも僕は楽しくて、幸せで、勇気をもらった1日だった」
この1日は生きている限り忘れることはないと言い切れるほど、濃い日だった。それに碧くんとつき合えた記念日として残るだろう。
「明日休みだしどこか行く?」
「え、行きたい!」
「どこ行こうか。急だし俺の家でゆっくり映画でも見るのは……って朱里嫌だったね」
「行きたい」
「え?」
「碧くんの家」
碧くんは繋いでいる手をブンブン振って「よし、行こう!」と嬉しそう。前に玄関までと言ったのは、推しとの境界線をはっきりしたかったから。その点彼氏と関係性が少し変わったからいいかなって、勝手な判断だが僕が納得しているからいいとしよう。
これから僕たちはどんな試練があるのかわからない。だけどその時は話し合って決めて行こうと思う。
碧くんを助けないといけないなら、今度は僕が勇気を振り絞って助けに行くよ。君が僕にしてくれたように。
僕の出る種目は綱引きと玉入れな為に練習はなく1発本番で頑張るのみ。1人静かな教室からグラウンドを見ると、僕たちのクラスがリレーの練習をしているのを見つけた。その中には碧くんも選手として参加している。
「「「透坂くーん! 頑張ってー!」」」
ネット越しに違うクラスの女子が数人集まって、碧くんを応援している声が僕の元まで聞こえてきた。
「碧くんは僕が好きなんだから、君たちは相手じゃないよ。なーんて、ね……」
秋風が吹きこむ窓にもたれかかって呟いたつもりだった。視線を感じ廊下の方に視線を向けるときぃちゃんが立っていた。
「き、きぃちゃん!? いつからそこに……」
ビックリして心臓が飛び出てきそうなくらいドキドキしている。何も言わずに教室の中に入ってきたきぃちゃんが、僕を挟むように壁ドンならぬ窓ドンをしてきた。女の子にこんなことされたことないから身体がビクッとしてしまう。
「朱里、今のはどういうこと?」
「今のって何……」
「あら、わからない? 「碧くんは僕が好きなんだから、君たちは相手じゃないよ。なーんて、ね……」って言っていたじゃない」
僕の口調を真似して行動と言動を再現していた。恥ずかしくなってきぃちゃんの口を勢いよく塞いだ。
「ななな何を。てか聞いてたの!?」
「ぷふぁ、私は碧がグラウンドで練習していたから応援しに行かないかと誘いに来たらたまたま聞こえちゃったのよ。朱里は碧が好きなの?」
いつかはきぃちゃんに話そうと思っていたが、まさかこんな形で告白することになろうとは思わなかった。
「す、きだって言ったらダメかな? というか既に碧くんから告白されたから返事になるんだろうけど」
「待って、なにそれ。聞いてない、告白された話なんて」
窓から僕の肩にきぃちゃんの手がガシッっと掴まれた。きぃちゃんからの教えるまで離さないという圧がすごく、順を追って説明した。
修学旅行で告白されたことから家に連れていかれたこと、気持ちに自覚したこと。そして現地点どうすればいいのかなど全て。
「そっかー、そんなことになってたんだね」
「うん、そうなってた。それでね、きぃちゃんに聞きたいんだけど僕がToRiくんのファンとして好きから急に恋愛対象として碧くんを好きになったこと、どう思う?」
「そうねー、私はそういうのもあっていいと思うけど。漫画の人物だって最初は嫌いだったけど関わるにつれて好きになったりするものでしょう? それ私は朱里も碧もToRiも好きだから、2人がカップルになれば推しカップリングとして新たに推すわよ!」
自信満々に話すきぃちゃんに安心した。彼女はToRiくんが1番好きだからこそ、引かれたり縁を切られることだってあっただろう。でも僕の話も聞いてくれると信じていたからこうして話すことができた。
「僕、体育祭が終わって落ち着いたら告白する」
「いいじゃない! 碧だって待ってくれてるよ」
ガッツポーズしている姿に応援の気持ちが伝わってくる。僕も覚悟して告白について考えることにした。
◇
──パン、パン、パン。
『ただいまより、第57回体育祭を開催いたします』
体育祭当日、学校の雰囲気はまるでお祭りのように盛り上がっている。スピーカーから流れてくる放送部の放送は、いつもと違ってハイテンションだ。
「朱里―、今日はお互い違う組だけど頑張ろうね」
「うん、頑張ろうね」
組み分けはクラス内でランダムに赤組、青組、黄組、緑組、桃組の5組に配属される。きぃちゃんは桃組、僕と碧くんは青組だ。
「あ、きぃだ」
別の場所にいた碧くんが姿を現し、僕たちの元へ歩いてくる。ジャージと言えど、腕と裾を少しだけ捲り上げて青色のハチマキを首からかけていた。
(碧くんがカッコいい。直視できないよー)
顔を違う方に向けて極力見ないようにし、耳だけを傾けた。見ないのは本当にもったいないけど僕の心臓を考えたら仕方がない。
「碧、今日はお互い敵ね。負けないわよ」
「僕らも負ける気ないからね」
碧くんは僕の肩を引き寄せて、きぃちゃんに負けないと宣言している。
(うひぇ。肩、肩ぁー)
僕はきぃちゃんにだけ見えるように限界ですとサインを出して、碧くんの手を肩から下ろしてトイレに逃げた。
「ごめん、始まる前にトイレ行ってくるね」
「気をつけてね」
見送られながら校舎に戻ってトイレに駆け込んだ。トイレにある鏡を見ると、顔が赤くなっている自分の顔が写っている。これじゃあ好きなことが丸わかりだ。
(碧くん、変に思ったかな? もし気づかれそうならきっときぃちゃんが誤魔化してくれてたよね?)
5分後、落ち着きを取り戻した僕はグラウンドに戻るため廊下を歩いていた。すると「信代くん」と同じクラスの青組の女子から呼び止められた。
「あのね、今日借物競争に出る予定の子が休みで他に探してみたんだけど、みんな複数の競技に出るから難しそうで。信代くん代わりに出てもらえないかな?」
「……わ、わかった。1位になる可能性は低いだろうけどそれでもよければ」
彼女は「借物競争は速さより運だから!」と言って先生に伝えるために先に戻っていった。借物競争で僕の意識が少しでも逸れればいいのだが。
テントに戻ると「朱里」と僕の名前を呼んで碧くんだけが出迎えてくれた。きぃちゃんは自分のテントに戻ったようだ。
プログラムは知らぬ間に3番まで進んでおり1年生のクラス対抗リレーが行われていた。
「次1000メートル走です。出番の方は入場門に──」
「俺、次出ないとだ。朱里見ててね」
「うん、見てるね」
実行委員の案内の声を聞いて碧くんは入場門の方へ行った。テントの中でもできるだけ前の方に陣取ろうとした時スマホからチャットの通知が届いた。
相手は宇治洲からで、【朱里のところの体育祭来てるんだけど、どこいる?】というものだった。僕は保護者席当たりを指示して向かった。
「何しに来たの? てか暇なの?」
「暇じゃねーし、今日は部活も休みだし休日だったから。それに俺の想い人に会えるかなーって思ってさ」
「あっそ」
きょろきょろとカラフルなテントに視界を向けている。この間は情けなくこいつに話を聞いてもらったからな。少しくらいならきぃちゃんに合わせてもいいかもしれない。
「ちょっと待ってな」
「何が?」
「好きな人に会わせてあげるよ」
チャットを開いてきぃちゃんに【少し保護者席の方に来てもらえる? 会ってほしい人がいて】と送るといつものオッケースタンプで返ってきた。
数分後きぃちゃんは伝えていた場所にやってきて、宇治洲と初対面ができた。
「彼女は俺のオタク友達の絲井きいちゃん。そして彼が僕を中学のころいじめた主犯で今は和解をしている友達」
「どんな紹介だよ。初めまして、宇治洲鴇です。あの、前にここ来た時に見かけて一目惚れしました。つき合ってください」
きぃちゃんも驚いていたはずだ。だって僕も今告白するとは思っていなかったのだから。両者の顔を交互に見ているときぃちゃんは笑顔で、「友達からでよければ」と話していた。
それからは僕いらずで会話が弾んでいるようで入りこみずらくなった。テントから女子の歓声が響き、グラウンドを見ると碧くんが懸命に走っているのが見えた。後ろに続く走者を見ると先頭を走っているのがわかる。
「やっぱりカッコいいね」
「そうだね。さすがだ」
「あいつ、俺がお前といる時鋭い視線向けてくるんだよ。いつか噛みつかれそうでヒヤヒヤしてんだよなー」
話が終わったのか僕の隣に2人が並ぶ。
「ねぇ、声出して応援しようよ」
「「え」」
「ちゃんと届くかわからないならあの子たちより大きい声を出して応援するの! 朱里も自信持って!」
きぃちゃんが指を指している方を見ると、他の組みにも関わらず団結して大きい声を出している女子が目に入った。
「しゃーない、俺も一緒に応援してやるよ」
宇治洲に背中を叩かれて一瞬は痛いと言いたくなったけど、2人は僕のために言ってくれていること。僕は頷いて、きぃちゃんの「せーの」という合図で「碧―! 頑張れー!」とそれぞれ声援を送る。
「がんばれー」
「声小さくてそれじゃあ届かないよ?」
小さい声を出していることは自分が1番わかっている。でも周りからどう思われるのか、それを考えると怖くて出せない。
「あ、碧の後ろに赤組迫ってきてるよ。もうすぐでゴールなのに追い越されたら負けちゃう」
「あ……」
(碧くんは頑張っているのに、僕は声援さえも送れないの? 違う、僕は碧くんに釣り合う男になりたい。そのために僕はここを乗り越えないといけないんだ)
落ち着こうとしても心臓のドキドキがさらに増すばかり。収まれと思うほど余計に落ち着けなくなる。
「オレが隠してやる。それならいけるか?」
僕より背の高い宇治洲が横から見られないように本当に隠してくれている。きぃちゃんも言葉にはしていないが、反対側を隠してくれているように思える。
僕はもう一呼吸だけ置き、「碧くーん! 頑張れー!!!」と思っていたより大きな声を出して声援を送った。
2人とも驚いていたけど、グッジョブと手で表していたので僕も同じポーズをとった。そしてグラウンドでは碧くんが焦った様子もなくにこやかな笑顔で堂々とゴールしていた。
ゴールして1位の列に向かう碧くんとバチッと目が合った。口元を見ると「ありがとう」と言っているように見えるのは気のせいだろうか?
「届いたようでよかったわね」
「うん……! 僕、碧くん迎えに行ってくるね」
きぃちゃんのいってらっしゃいの言葉に背中を押され、入場門に向かって走った。丁度着いた時に1000メートルリレーに参加した生徒がゾロゾロと出てきていた。
碧くんを探すけど、人が立ち替わり入れ替わりでどこにいるのかわからなかった。
「朱里!」
「え? あ、碧くん!」
「さっきは応援ありがとう。朱里のおかげで勝てたよ」
「いやいや、あれは碧くんの実力だよ。僕は大きな声を出して応援するの一瞬躊躇ったから……」
「そう? でも俺はあれがなかったら赤組の奴に抜かされてたと思うし、凹んでたかも。朱里からの応援がないって」
(力に鳴れたなら、大きい声で応援できてよかったな)
テントに戻りながら話していると「すみません」と女子生徒からお声がかかった。相手の用事はもちろん碧くんなんだけど。
視線で僕のことを気にしてくれているけど、僕も彼女たちの気持ちはわかるからどうぞと手を出して許可を出す。
(やっぱり人気なのは知っていたけどここまでとは。さすがと言いますか)
「あの、写真お願いしてもいいですか?」
「ちょ、その子は……」
1人がスマホを手渡してくるから思わず「いいですよ」なんて言っちゃっていい人ぶった。画面越しに彼女らと碧くんを見れば引っついていてモヤつく。
「……はい終わりましたよ」
「ありがとうございました! やっと透坂先輩の写真手に入ったー!」
スマホを渡すと、彼女は泣きだしていた。その姿は碧くんを想っていたのが伺える。
「朱里、行こう」
碧くんは僕の手を引いて自席に戻った。しばらくお互い出番はなくずっとテントでの待機だ。
「碧くんはあと組み対抗リレーだっけ」
「そうだね、最後に盛り上がるかららしいよ。朱里はもう終わりでしょ?」
「それが、借物競争に出ることになった」
経緯を話すと碧くんは納得していた。休んでいる人が多いこと、そして青組は競技参加率が高いことも気づいていたらしい。それと碧くんにもこの話がされていたとか。
「僕、運動苦手だけど、任されたからには頑張ろうって思ってて」
「朱里はすごいね。えらいじゃん」
碧くんは僕の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。
「朱里、あんまり可愛い顔しないで。他の人にも見られるから」
「ふぇ!?」
周りに人がいるのを忘れて、僕は全体で嬉しさを表していたっぽい。顔に集まる熱を抑えようと手で仰ぐけど、それじゃいつまで経っても変わらなそうなくらい熱かった。
時間は経ち、終盤に差しかかっていた。そしてそろそろ僕が出る予定の借物競争が始まろうとしていた。
『次は借物競争です。出られる方は──』
実行委員の呼び込みがあり、僕は立ち上がって上着を脱いで準備した。ハチマキを頭に巻こうとした時ふとあることを思った。
「あのさ、1個お願いしてもいい?」
「俺にできることなら」
「ハチマキを結んでほしくて」
「そんなことでいいの?」
僕は持っていたハチマキを差し出して頼んだ。想像していたよりスケールの小さいお願いだったからか、碧くんは口をぽかんと開けている。
「いいよ。じゃあ朱里が上手くいくように勇気も追加してあげよう。ほら後ろ向いて」
そう言って碧くんはくるっと身体を回し、僕からハチマキを受け取らず自身のハチマキを僕の頭に当てて結んだ。
「はいできた。これで頑張れるね。今度は俺が大きな声で応援するね」
普通のハチマキなのに、碧くんのハチマキってだけで特別勇気が湧いてくる。
「じゃあ僕のハチマキは碧くんに」
さすがに出番ではない碧くんの頭に巻けるはずはなく、代わりに手首に巻いてヒラヒラと可愛い感じにしておいた。
入場してすぐ競技は始まり、走り始めた走者は声を出して物や人を集め、ゴールへ一直線に走っている。一向に見つからなくて困っている人も、本当にないときにのみリタイアが許されている。
僕の走る番が来てスタート位置に着いてパンッという音で走り出した。数メートル先にあるお題の入った箱に手を突っ込み、1枚紙を選んだ。
(簡単なお題が出ますように!!)
2つ折りにされている紙を開くと【推し】と書かれていた。これが僕のお題だった。
(これはグッズを持って来いってことだよね。でも僕の推しはすぐそばにいる碧くんだし、連れて行っても問題ないのかな? でも知らない人のが多いし……)
僕はお題の意味を深く考えてしまいその場に立ち尽くした。隣にいた走者は既に声をかけに行っている。
「朱里―! 頑張ってー!!」
「周りがなんて言おうと、お前が思う通りに動いてみろ!」
きぃちゃんと宇治洲の声が聞こえた。
(僕が思う通りに動くか。あ、勇気だ……僕になかったもの)
頭のハチマキに触れて僕は青組テントに向かって走った。必死に走っているけど数十メートルの距離が長く感じる。
「はぁはぁ、碧くん。僕と来てくれませんか!」
僕は周りからの視線が少し怖くて差し出した手は微かに震えている。碧くんは「もちろん、朱里の頼みなら」と手を繋いで一直線にゴールを目指した。
走るペースを僕に合わせてくれているのがわかる。他の走者は誰1人ゴールしておらず、受理されれば1位だ。
マイクを持っている審査員が紙を受け取って話し始めた。
「はーい、お題確認しますね。お題は……推し?」
首を傾げるのも無理もない。すると碧くんがマイクを受け取り「俺が昔歌い手の活動してまして、その時のファンが彼なんです。ね?」と代弁してくれた。
いつも碧くんは助けてくれる。僕も何かで返したいと思ったら無意識に口から出していた。
「……です」
「え?」
「碧くんは推しでした。でも今は好きな人です!!」
マイクから会場中に広がり、ここにいる人は全員耳にしたはずだ。シーンとする空気感にやってしまったと僕も顔面蒼白になって、結果を聞かずにその場を逃げ出した。
(何やってんだよ。告白は体育祭が終わった後にって決めてたじゃんか)
碧くんの優しさが心に染みて気持ちが溢れたんだ。僕は体育館の裏手にある非常階段まで来て、碧くんのハチマキを取って見つめて後小さく丸まった。
「見つけた」
少し汗をかいている碧くんは、僕を見た瞬間ホッとした表情になって隣に座った。
「碧くん……。あの、ごめ」
「さっき言ってたの、本当?」
「……うん。僕は透坂碧くんを推しじゃなくて1人の男の人として好き。ずっと返事待たせてごめんなさい」
どうしてだか気持ちを伝えると涙がドッと溢れた。溢れた次いで仁いつも言いたかったことをも伝えた。
「碧くん、いつも助けてくれてありがとう。まだ君にふさわしい僕とは言えないけど、これから頑張る。だからどうか──」
「いっぱい考えてくれてありがとう。俺にふさわしいとか考えず、朱里はそのままでいいんだよ。俺はそんな朱里に支えられてきたんだから。抱きしめていい?」
碧くんも泣きそうな顔で両腕を広げた。僕は迷いなく抱きついた。多分、こうしたいとどこかで思っていたのかも。
いつものように優しく、力強く抱きしめられる。
(あぁ、好きだな。伝えてよかった)
「朱里、キスしていい?」
「……うん」
僕のファーストキスは推しとなった。グラウンドでは盛り上がっている声が聞こえているが、僕たちの周りは静かでリップ音が鳴り響く。
目を合わせれば恥ずかしさで消えたくなったけど、すぐそんなことはどうでもよくなった。それほど今は幸せに満ちている。
僕は好きがどんなものか知った。それは自身を強くしてくれる新しい武器だ。
テントの方へ歩いて向かうと「朱里!」と放送席から兄ちゃんがすごい形相で向かってくる。
「さっきの告白はなんだ。兄ちゃんは絶対に」
「絶対に、なんでしょうか。信代先生」
「なっ」
2人が睨み合い険悪な空気になっているのを遮ったのはきぃちゃんと宇治洲だった。2人の距離が少し縮まっているきがする。
「朱里ビックリしたよ。体育祭後にって言ってたのに、まさかのタイミングで。それで、つき合えた?」
「うん。ありがとう、相談乗ってくれて背中を押してくれて。きぃちゃんは最高の友達だよ」
「そりゃそうでしょ。朱里の最高の友達なんだからこれくらいできないと、ね」
きぃちゃんにもそう思ってもらえてるなら僕は嬉しい。
「最後の競技、組み対抗リレーに出られる方は──」
碧くんが最後に参加する競技の収集がかけられた。それを聞き、碧くん僕の頬にチュっと軽くキスをして並びに行った。
こうさりげなくできるところが僕より大人な気がして、耐えられそうにない。好きのメーターが上昇していると感じていると、横からニヤニヤしているきぃちゃんが「ごちそう様」とひと言放つ。
ルンルンな足取りのきぃちゃんの後に続いて、グラウンドがよく見えるところへ移動した。背後から「朱里ぃ」と兄ちゃんから名前を呼ばれているだろうけど、無視した。
組み対抗リレーで碧くんはアンカーを任されていて、襷をかけて座っている。第1走者がスタート位置に着くと校長先生のピストルで走りだした。初めの順位としては青組は3位だった。
次々とバトンが渡り、2位と3位をグルグルしていたら2位の黄組の子がこけてしまって2位に躍り出た。そのままいけば碧くんが挽回する可能性も出てくる。
「透坂!」
「任せろ」
バトンが渡り、すごい速さで駆けていく。そしてゴールまで数メートルというところで順位は逆転し、そのまま1位でゴールを決めた。
終始盛り上がった体育祭は大成功に終わり、校長先生の話で幕を締めた。教室に戻るとお疲れ様会が行われようとしていたが、僕が入ってきたことにクラスメイトが集まってきて借物競争の話題を出した。
碧くんやきぃちゃんが代わりに受け答えしてくれる中で、「今どんな気持ち?」という質問に僕はとびきりの笑顔で「すっごく幸せ」と言葉を発した。
すると碧くんが自分のジャージの上着を被せてきて、僕を抱きしめてきた。
「お前ら朱里のこと見るな」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「いや減るね。俺の朱里が減るね」
何が起こっているのか僕だけがわからない状態だけど、声だけ聴いていたら楽しそうで何より。
お疲れ様会が終わり、手と繋いで2人で帰宅していた。今日はたくさんのことがあって疲れた。
「今日は疲れたね」
「うん、めっちゃ疲れた。でも僕は楽しくて、幸せで、勇気をもらった1日だった」
この1日は生きている限り忘れることはないと言い切れるほど、濃い日だった。それに碧くんとつき合えた記念日として残るだろう。
「明日休みだしどこか行く?」
「え、行きたい!」
「どこ行こうか。急だし俺の家でゆっくり映画でも見るのは……って朱里嫌だったね」
「行きたい」
「え?」
「碧くんの家」
碧くんは繋いでいる手をブンブン振って「よし、行こう!」と嬉しそう。前に玄関までと言ったのは、推しとの境界線をはっきりしたかったから。その点彼氏と関係性が少し変わったからいいかなって、勝手な判断だが僕が納得しているからいいとしよう。
これから僕たちはどんな試練があるのかわからない。だけどその時は話し合って決めて行こうと思う。
碧くんを助けないといけないなら、今度は僕が勇気を振り絞って助けに行くよ。君が僕にしてくれたように。



