修学旅行から早2週間が経過した。僕も風邪が治って通常通りの生活を送れている。今日は久々に全校集会があり参加している。
「えーもうしばらくすると体育祭がありますが、怪我がないよう練習を行うように」
校長先生が体育祭の話をすると、周りから楽しそうに盛り上がる声があがった。僕は運動が苦手だから、どっちかというと盛り上がれないタイプだった。
「ですが、その前に中間試験あることも忘れないようにね」
にこやかな笑顔で突き落とした校長先生に生徒からは「空気読めねーのかよ」と大バッシング。
そんなこんなで集会を終えて教室に戻る時、久々にきぃちゃんと会った。修学旅行でも会わなかったから、それ以前ぶりだろうか。
「朱里、風邪治った?」
「無事に回復しました。連絡くれてたのに、返事遅くなってごめんね」
碧くんが家に来た時、きぃちゃんからメッセージを貰っていたけど返せたのは回復した2日後だった。
「気にしなさんな。碧が来てたならそっち優先するよね」
「違うから、ただ返し忘れてただけだから!」
碧くんが僕の家を知っていたのは、きぃちゃんが教えたからだと聞いている。
ありがとうというべきか、個人情報教えちゃダメだよと注意すべきかわからないから放っておいている。
「そういえば中間テストあるって言ってたよね。2人は前のテストはどうだったの?」
碧くんが僕たちの間に入り、さっき校長先生が話していた中間テストの話を持ち出してきた。
「僕はそこそこいい点取れてた気がする」
「そんなことないでしょ。朱里前回のテスト学年15位以内に入っていたじゃない!」
僕の代わりに自慢そうに話しているきぃちゃん。僕もきぃちゃんの成績には記憶がある。
「きぃちゃんの方が頭いいよ。確か3位じゃなかった?」
「え、すごいね」
「仕方ないよ、家から自由にしたかったら勉強ちゃんとしなさいって言われてるだけ」
苦笑いを浮かべる気ぃちゃんだけど、僕は十分にすごいと思うし尊敬する。
「こっちに来てから初めてのテストだし、俺も頑張らないと」
「私たち応援してるね。もしわからないことあったら聞いてね」
僕もうなずき同意した。できることと言ったら勉強を教えることくらいと思っていたから。
「きーいー! 次体育だよー」
「あ、そうだった! またね2人とも」
友達に呼ばれきぃちゃんは立ち去って行った。
「僕たちも教室戻ろうか。次、小早川先生の授業だったはず」
「朱里、戻る前に少しいい?」
「え、うん」
連れていかれたのは屋上、ではなく手前の踊り場だった。ここに何があるのかわからず、僕はただついていくだけ。
「碧くん、ここには何が……」
声をかけたと同時に思いっきり腕を引っ張られ碧くんの胸に飛び込む。体勢を整えようとモゾモゾ身体を動かすけど、背中に手を回されて起こすことができない。
「み、碧くん?」
「ちょっとだけ、朱里補充したい」
「アカリホジュウ?」
聞いたことない単語に僕の頭はハテナが浮かんだ。背中に回る腕の力が強くなっている気がする。離してくれなさそうな雰囲気だが一か八か。
「碧くん、あのよくわからないけど楽な体勢になりたいのですが……」
そう伝えるとこっちを一瞬見てゆっくりと力が緩くなる。自分で動こうと思ったけどヒョイっと抱えられて、あぐらをかいている足の上に向かい合わせで乗せられた状態になった。僕の首筋に頭を預け、ギュッとまた抱きつかれている。
「あ、あの」
「もう少し待って」
(どう待つのが正解なのかわからない……)
僕は困るが目の前にある銀の髪に軽く触れてみる。ふわふわで綺麗な髪。
「朱里?」
名前を呼ばれた時には無意識に頭を撫でていた。僕は咄嗟に手を上に挙げて謝った。
「ごめん。勝手に触って。もうしない!」
「朱里にならいいよ。だからもっと触って」
離した手を頭に戻され撫でる許可を得た。こんなこと僕以外にできる人がいるのだろうか。そう思いながら僕はありがたく頭を撫でさせてもらう。しばらくすると耳元から寝息が聞こえてきた。
──キーンコーンカーンコーン。
「あ、予鈴。碧くんそろそろ戻ろう」
「……」
寝ている碧くんを起こすのは大変心苦しく寝かせておいてあげたいが、授業も大切に思っているから仕方なく起こすしかない。
「碧くん予鈴鳴ったよ」
「んー」
(あ、起きそ)
起きてくれたことが嬉しくて油断していると、寝ぼけた碧くんが僕の首をカプッと噛みついてきた。
「ひゃ。ちょっと。……っ」
はじめは歯を軽く当てたような甘噛みで、そのあと吸ってくる。
「碧くん……もう、起きて」
「ん……どうしたの、朱里?」
「へ?」
「顔赤くなってるけど」
誰のせいだと言いたくなるほど、明らか碧くんの所為だ。だけどそんなことを言えない僕は「何も」と言って立ち上がり、碧くんを置いて教室に向かう。
「朱里待ってー」
すぐに後ろから碧くんがあくびをして追いかけてくるけど、僕はそんな余裕がないから話しかけてきても右から左へ聞き流した。
◇
放課後になり碧くんは掃除当番として教室に残り、僕は邪魔にならないように先に帰ることになった。靴を履き替えて校門に向かって歩いていると、前から「あ、やっと出てきた」と知っている声がした。
「お前んとこ、HR終わるの遅いのな」
「……どうしてここにいるの」
校門前で待っていたのは、修学旅行の時に再会した宇治洲鴇。僕をいじめた主犯だ。
「なんでって、修学旅行の時言ったろ? 会いに行くからって」
(僕は会いたくなかったよ)
そんなことを言ってしまえば、あの頃のように何かされるかもしれないと思ったら言い返すことができない。
「ねぇ、あれって信代くんじゃない?」
「透坂くん以外といるなんて珍しいね」
「あの人どこかで……。私、碧に行ってくるから先に帰ってて」
きぃちゃんと友達の声が聞こえて近くにいることがわかった。
「とりあえずここじゃ目立つし、移動しようぜ」
門から離れて僕の帰る道とは反対を歩んでいく。僕は覚悟を決めて後ろをついて行った。
移動した先は近くの公園。小さい子が追いかけっこしていたりする中、宇治洲はベンチに荷物を置いて座った。隣に座るのが正解なのか、立っているのが正解なのかわからず立ち尽くしている。
「何してんだよ、座れよ」
宇治洲は隣を叩いて言ってきた。言われた通りに座るが、何かあった時すぐ逃げれるように荷物は抱えるようにして。
「そんな警戒するなよ、何もしねぇって」
警戒していることを悟られているのでは意味がなく、仕方なくカバンを横に置いた。
「……僕に何か用があるんでしょ。何もないなら帰る」
「話はある。オレ、謝りたいって思ってたんだ」
予想外の言葉に驚きと怒りが沸きあがる。僕が学校に行けなくなったのも、人が怖くなったのも全部宇治洲のせいだというのに。
「あの時、自分がクラスの中心で何なら1番の権力者的なことに調子乗ってお前を、朱里をいじめて楽しんでた。でもあの後自分のしてたことの大きさを感じたんだ」
話を聞いていくと、僕が先生に助けられて保健室に行っている間に担任から怒りの説教を受けていたらしく、特に宇治洲とその友達は親まで呼び出されいて転校の話を受けていた。
当時の宇治洲は「ただ遊んでいた」と話していたけど、それを聞いた母親がからビンタされ、僕の母親に必死に頭を下げて謝る姿と先生から漂う緊張感ある雰囲気でヤバさを感じたらしい。
その後はクラスメイトから遠巻きにされ、僕も登校しなくなって居ずらくなって転校したらしい。
「ハサミが危ないことも、度が過ぎていたこともどこかわかっていたけど周りが盛り上がってくれてるからって、本当にしょうもない。そのせいで自分も他人の人生を台無しにしたんだから」
宇治洲の反省している姿があの頃とは違う姿を物語っている。今の彼なら許してもいいかもしれない。
「朱里、あの頃は怖い思いをさせてごめん。許してほしいとも言わない。でも朱里さえいいなら友達として接してほしい」
急に立ち上がって僕に対して深く頭を下げてきた。適当に謝ってきたならキレて、今後一切会うつもりないというつもりだったのに、僕を忘れず真摯に考えてくれていたのか。
「あの時本当に怖かった。学校に行きたくても恐怖から過呼吸起こすし、人が怖くて避けだすしなんで僕だけって思うことあったけど、それがなかったら出会えなかった存在もあったから。完全には許せないけど少しだけ、友達分は許してあげる」
宇治洲の態度から考えた僕の決断。これでもしまたいじめてくるようならその時は完全に切ってやるつもり。
「ありがとう、朱里。これからよろしく。この前連絡するって言ったけど繋がらなくてさ、交換しねぇ?」
「あぁ、中学2年の時に機種変したときに変えた」
僕はスマホを取りだしてチャットのQRコードを表示して見せた。それを宇治洲は読み取ろうとした時、間に割って入ってきた人物がいた。
「お前、朱里に何してんだよ」
「碧くん!?」
制服が着崩れて、汗をかいている碧くんが僕と宇治洲の間にいる。そしてなぜかスマホを持つ手を掴まれている。
「どうしてここに。碧くんの帰る方向違うよね?」
「きいから朱里が警戒した様子で他校の男子と一緒にどこかへ行ったって聞いて、探してた」
はぁはぁと肩で息をしている碧くんを見て、相当長い間探し回ってくれていたことを感じる。カバンの中に入れていたタオルを出して顔に当てて汗を拭いてあげた。
「連絡くれたらよかったのに」
「チャットも電話もしてたよ」
「え、嘘でしょ。あ、ほんとだ」
通知が20件以上、不在着信が5件ほどあった。僕が気づかなかったのは通知音をオフにしていたからだった。
「ごめん、音消してて気づかなかったみたい」
「朱里が無事ならいいよ、ほら帰ろう」
掴まれている手を離さず、ベンチに置いていた僕の荷物を取って公園から去ろうとした。だけど背後から「朱里!」と呼び止める宇治洲の声が聞こえたけど、引っ張る力が強すぎて止まることができなかった。
「碧くん、待って」
「もう少しだけ待って」
すたすたと歩く後ろをついて行くと学校まで戻ってきていた。だけど通り過ぎていつもの方向に向かって歩いている。住宅街が広がり、近くに駅があるせいか電車の音が聞こえてくる。
目の前には首を痛くしそうなくらい高いタワーマンション。そこに向かって入って行こうとしているのを察して、僕は勢いよく呼び止めた。
「ちょ、碧くんどこ行こうとしてるの!」
「俺の家」
「え? ここが?」
「そう。俺の部屋連れて行こうと思って」
「なんでぇ!?」
本当に碧くんの考えていることがわからなくて恐怖よりも困惑が勝つ。必死に引き留めてひとまず話し合う時間にしよう。
「僕はToRiが活動していた本拠地=聖地に足を踏み入れるわけにはいかないよ。もし踏み入れたらファンから殺されかねない」
「普通のタワマンだよ。殺される心配しているなら俺が守るから、とりあえず一緒に部屋いこう」
そういうことじゃないんだよなと心の中でツッコんでしまう。
「わかった、じゃあ玄関まででいいから行こう」
「うえ、ちょっと!!」
正面から抱きかかえられてマンションの中に入っていく。ロビーにはマンションコンシェルジュが「透坂様おかえりなさいませ」と気にしてなさそうに挨拶をしてくる。
僕はその人と目が合い、ペコっと頭を下げて恥ずかしさを紛らわした。
抵抗できないままエレベーターに乗り12階に降りた。ある部屋の前に止まると碧くんがズボンから鍵を出して開錠して入った。
「お待たせ」
「あ、ありがとう」
やっと下ろしてもらえたと思ったら、玄関から碧くんの匂いが部屋中から感じ取れて緊張しちゃう。
直立していた僕をギュッと力強く抱きしてきた。修学旅行前にもこんなことがあったような気がする。
「碧くん?」
静かな碧くんは僕にこうして何を求めているのやら。
「あいつとは和解できたんだ?」
「あー宇治洲のこと。あの時のこと謝ってもらったし、話し合った上で友達として接することにしたんだ」
「そうなんだ。よかったね」
よかったと言う割にはどこか不機嫌そうなで不満そう。僕の腰に回る碧くんの腕が力強くなって話し始めた。
「朱里がトラウマの相手と和解できたのは嬉しい。だけど仲良くしてほしくないって言うのが本音」
「どうしてか聞いてもいい?」
「……きいと仲良くしているのはまだ俺としても許せるけど、同性相手だったら絶対嫉妬してカッコよくない姿見せそう。あとこれは俺の我儘でもあるから気にしないで」
碧くんは悩みながら言葉を選ぶよう話してくれている。それより碧くんが嫉妬する人だとは思っていなかった。
(碧くんが可愛い。僕が幸せにしてあげれるとしたら……)
「もう友達って言っちゃったから絶対関わらないのは難しいだろうけど、何かあればちゃんと言うって約束する。それでどうかな?」
僕なりの提案をしてみたけど、まだ少し不満があるようで顔をしかめている。何が問題か聞いてみると2人きりはダメとか、どこに行くか必ず連絡するとか約束ごとが増えた。
「てか俺は朱里に告白したからこうして堂々と言えるけど、朱里は返事がないから俺の言葉に縛られる必要ないからね」
「もちろん、わかってる」
僕が無理をしてまで碧くんの声を聞いているわけではないということは知っていてほしい。推しだからじゃなくて、ただ大切な人を悲しませたくないから。
「じゃあそろそろ僕はお暇します」
「なんで? ここまで来たんだし上がって行けばいいのに」
「それは本当にごめん。またの機会にします」
「そっか、残念。下まで送る」
玄関のドアを開けてエレベーターの前で来るのを待った。碧くんから「エレベーター乗ってる間でいいから手繋いでもいい?」と控えめに言ってきた彼に僕は頷き手を繋いだ。
伝わってくる熱が、先ほどくっついていたよりも熱く感じる。
ロビーに着くと再びマンションコンシェルジュの人が頭を下げてくれたので、僕も返しておく。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
僕はスタスタと歩いて帰った。ドキドキして、手の感触がしばらくは忘れなさそうだ。
◇
「よ! 今日オレ暇だから遊びに行かね?」
「今日部活休みだから来ちゃった」
「朱里、今日はどこ行く?」
和解してからというもの週に1、2回ほど宇治洲が僕の通う学校へやってくるようになった。連絡先を交換しているはずなのに突如として現れるのが少しだけ厄介だ。
それに僕が用事がないことをいいことにあちこちと連れていかれている数週間。碧くんと約束した通りに連絡を行うが回数が増えていることに心配されている始末。
「あのさ、僕のところもう少しで体育祭だから準備とか練習につき合わないといけないんだけど」
「オレのところは夏休み前にしたから暑くて死にそうだったなー」
僕の話を聞いているのか聞いていないのかわからない返答に困る。
「朱里って勉強できたよな? 今度小テストあるんだけどわからないところあって、良かったら教えてくんね?」
「いいよ」
学校を出て駅前のファミレスに立ち寄った。席は程よく空いていて、窓側のテーブル席に座った。ドリンクバーとポテトを頼んで教科書やノートを出して本格的に始める。
「ここはこの公式使えば解けるはずだよ」
「えーっと、だから2はこっちに入れて-5がここに入るから……こうか?」
真剣に数学の公式とにらめっこをして1時間ほどが過ぎ、集中力が切れた宇治洲はポテトを口いっぱいに頬張った。休憩時間に入ったっぽいな。
「最近、気になってる子いてさ。朱里の学校の生徒なんだけど知ってる子だったりするかな?」
特徴を聞くと心当たりがありすぎた。黒髪ロングで僕よりも少し小柄、つり目で人当たりよく友達が多い。それに笑顔が可愛い。
(これってきぃちゃんのこと言ってる? でも聞いてると推し活している時のこと知らなそうな感じだな)
「多分知ってるかも? 同じ人なのかは不明だけど」
「なら1回紹介してくんね? 頼む!」
「相手がいいって言うならだけど。じゃあ1つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん? どした?」
何を聞いても応えてくれそうな恋をしている宇治洲に悩んだ末、好きとは何かを相談することにした。
「突然で変に思うかもしれないけど、恋愛の好きと推しの好きって何が違うと思う?」
「うーん? ちょっと待ってな」
腕を組み真剣に考えてくれている宇治洲が意外だった。おちょくられて話にならないと勝手に思っていたから。
「オレの基準になるけど、推しに対しての好きは一時的というか心を満たすための存在に対して起こるもので、好きな人に対しては愛おしいや可愛い、守りたい、ずっと一緒にいたいとかの感情があってこそなんじゃないか?」
そう言われて碧くんのことを考えてみれば心当たりがありすぎた。推し始めた時は僕の存在を肯定してくれたことが嬉しくて好きになった。
引退してクラスメイトとして過ごしていくうちに、推しとの関係では知ることのなかった碧くんの可愛さや愛おしさが増えていくのを感じていた。
それに告白されてかは、女の子と仲良くしているところを見ると胸がギュッと締めつけられて苦しい。これが好きってことなのかな?
(もっと核心的に好きだと気づくには……)
僕は碧くんにしてもらったことを思い出していた。友達になれたこと、お見舞いに来てくれたこと、過去の話を聞いてくれたこと、そして告白してくれたこと。
(あ……僕、碧くんが好きなんだ)
笑顔が素敵で感情が豊かで、嫉妬でハグを求めてきて安心したり、心配してどこにでもついて来たり、何より僕を1番に考えてくれて。
もしかしたら、僕もずっと前から好きだったのかもしれない。だけど気づかないフリをして、推しとファンの関係として蓋をして。
(会いたい。声が聞きたい。好きだ)
僕の目には涙が浮かぶ。流れるのを必死に堪えているけど結局流れて擦って拭いた。
「お前にもいるんだな、好きな奴」
「な、何が。誰もそんなこと言ってないじゃん……」
「動揺してるとこ見たらわかるぞ。お互い頑張ろうな」
宇治洲は拳を前に出していた。僕も1呼吸おいてコツンと拳を合わせた。
自分の気持ちを自覚してからは心が軽くなった気がする。
早く伝えたくてソワソワする。碧くんはどう思うのかな、嬉しい? 驚き? 不満? どれであれ僕は受け止めるよ。だって碧くんも受け入れてくれたからね。
「えーもうしばらくすると体育祭がありますが、怪我がないよう練習を行うように」
校長先生が体育祭の話をすると、周りから楽しそうに盛り上がる声があがった。僕は運動が苦手だから、どっちかというと盛り上がれないタイプだった。
「ですが、その前に中間試験あることも忘れないようにね」
にこやかな笑顔で突き落とした校長先生に生徒からは「空気読めねーのかよ」と大バッシング。
そんなこんなで集会を終えて教室に戻る時、久々にきぃちゃんと会った。修学旅行でも会わなかったから、それ以前ぶりだろうか。
「朱里、風邪治った?」
「無事に回復しました。連絡くれてたのに、返事遅くなってごめんね」
碧くんが家に来た時、きぃちゃんからメッセージを貰っていたけど返せたのは回復した2日後だった。
「気にしなさんな。碧が来てたならそっち優先するよね」
「違うから、ただ返し忘れてただけだから!」
碧くんが僕の家を知っていたのは、きぃちゃんが教えたからだと聞いている。
ありがとうというべきか、個人情報教えちゃダメだよと注意すべきかわからないから放っておいている。
「そういえば中間テストあるって言ってたよね。2人は前のテストはどうだったの?」
碧くんが僕たちの間に入り、さっき校長先生が話していた中間テストの話を持ち出してきた。
「僕はそこそこいい点取れてた気がする」
「そんなことないでしょ。朱里前回のテスト学年15位以内に入っていたじゃない!」
僕の代わりに自慢そうに話しているきぃちゃん。僕もきぃちゃんの成績には記憶がある。
「きぃちゃんの方が頭いいよ。確か3位じゃなかった?」
「え、すごいね」
「仕方ないよ、家から自由にしたかったら勉強ちゃんとしなさいって言われてるだけ」
苦笑いを浮かべる気ぃちゃんだけど、僕は十分にすごいと思うし尊敬する。
「こっちに来てから初めてのテストだし、俺も頑張らないと」
「私たち応援してるね。もしわからないことあったら聞いてね」
僕もうなずき同意した。できることと言ったら勉強を教えることくらいと思っていたから。
「きーいー! 次体育だよー」
「あ、そうだった! またね2人とも」
友達に呼ばれきぃちゃんは立ち去って行った。
「僕たちも教室戻ろうか。次、小早川先生の授業だったはず」
「朱里、戻る前に少しいい?」
「え、うん」
連れていかれたのは屋上、ではなく手前の踊り場だった。ここに何があるのかわからず、僕はただついていくだけ。
「碧くん、ここには何が……」
声をかけたと同時に思いっきり腕を引っ張られ碧くんの胸に飛び込む。体勢を整えようとモゾモゾ身体を動かすけど、背中に手を回されて起こすことができない。
「み、碧くん?」
「ちょっとだけ、朱里補充したい」
「アカリホジュウ?」
聞いたことない単語に僕の頭はハテナが浮かんだ。背中に回る腕の力が強くなっている気がする。離してくれなさそうな雰囲気だが一か八か。
「碧くん、あのよくわからないけど楽な体勢になりたいのですが……」
そう伝えるとこっちを一瞬見てゆっくりと力が緩くなる。自分で動こうと思ったけどヒョイっと抱えられて、あぐらをかいている足の上に向かい合わせで乗せられた状態になった。僕の首筋に頭を預け、ギュッとまた抱きつかれている。
「あ、あの」
「もう少し待って」
(どう待つのが正解なのかわからない……)
僕は困るが目の前にある銀の髪に軽く触れてみる。ふわふわで綺麗な髪。
「朱里?」
名前を呼ばれた時には無意識に頭を撫でていた。僕は咄嗟に手を上に挙げて謝った。
「ごめん。勝手に触って。もうしない!」
「朱里にならいいよ。だからもっと触って」
離した手を頭に戻され撫でる許可を得た。こんなこと僕以外にできる人がいるのだろうか。そう思いながら僕はありがたく頭を撫でさせてもらう。しばらくすると耳元から寝息が聞こえてきた。
──キーンコーンカーンコーン。
「あ、予鈴。碧くんそろそろ戻ろう」
「……」
寝ている碧くんを起こすのは大変心苦しく寝かせておいてあげたいが、授業も大切に思っているから仕方なく起こすしかない。
「碧くん予鈴鳴ったよ」
「んー」
(あ、起きそ)
起きてくれたことが嬉しくて油断していると、寝ぼけた碧くんが僕の首をカプッと噛みついてきた。
「ひゃ。ちょっと。……っ」
はじめは歯を軽く当てたような甘噛みで、そのあと吸ってくる。
「碧くん……もう、起きて」
「ん……どうしたの、朱里?」
「へ?」
「顔赤くなってるけど」
誰のせいだと言いたくなるほど、明らか碧くんの所為だ。だけどそんなことを言えない僕は「何も」と言って立ち上がり、碧くんを置いて教室に向かう。
「朱里待ってー」
すぐに後ろから碧くんがあくびをして追いかけてくるけど、僕はそんな余裕がないから話しかけてきても右から左へ聞き流した。
◇
放課後になり碧くんは掃除当番として教室に残り、僕は邪魔にならないように先に帰ることになった。靴を履き替えて校門に向かって歩いていると、前から「あ、やっと出てきた」と知っている声がした。
「お前んとこ、HR終わるの遅いのな」
「……どうしてここにいるの」
校門前で待っていたのは、修学旅行の時に再会した宇治洲鴇。僕をいじめた主犯だ。
「なんでって、修学旅行の時言ったろ? 会いに行くからって」
(僕は会いたくなかったよ)
そんなことを言ってしまえば、あの頃のように何かされるかもしれないと思ったら言い返すことができない。
「ねぇ、あれって信代くんじゃない?」
「透坂くん以外といるなんて珍しいね」
「あの人どこかで……。私、碧に行ってくるから先に帰ってて」
きぃちゃんと友達の声が聞こえて近くにいることがわかった。
「とりあえずここじゃ目立つし、移動しようぜ」
門から離れて僕の帰る道とは反対を歩んでいく。僕は覚悟を決めて後ろをついて行った。
移動した先は近くの公園。小さい子が追いかけっこしていたりする中、宇治洲はベンチに荷物を置いて座った。隣に座るのが正解なのか、立っているのが正解なのかわからず立ち尽くしている。
「何してんだよ、座れよ」
宇治洲は隣を叩いて言ってきた。言われた通りに座るが、何かあった時すぐ逃げれるように荷物は抱えるようにして。
「そんな警戒するなよ、何もしねぇって」
警戒していることを悟られているのでは意味がなく、仕方なくカバンを横に置いた。
「……僕に何か用があるんでしょ。何もないなら帰る」
「話はある。オレ、謝りたいって思ってたんだ」
予想外の言葉に驚きと怒りが沸きあがる。僕が学校に行けなくなったのも、人が怖くなったのも全部宇治洲のせいだというのに。
「あの時、自分がクラスの中心で何なら1番の権力者的なことに調子乗ってお前を、朱里をいじめて楽しんでた。でもあの後自分のしてたことの大きさを感じたんだ」
話を聞いていくと、僕が先生に助けられて保健室に行っている間に担任から怒りの説教を受けていたらしく、特に宇治洲とその友達は親まで呼び出されいて転校の話を受けていた。
当時の宇治洲は「ただ遊んでいた」と話していたけど、それを聞いた母親がからビンタされ、僕の母親に必死に頭を下げて謝る姿と先生から漂う緊張感ある雰囲気でヤバさを感じたらしい。
その後はクラスメイトから遠巻きにされ、僕も登校しなくなって居ずらくなって転校したらしい。
「ハサミが危ないことも、度が過ぎていたこともどこかわかっていたけど周りが盛り上がってくれてるからって、本当にしょうもない。そのせいで自分も他人の人生を台無しにしたんだから」
宇治洲の反省している姿があの頃とは違う姿を物語っている。今の彼なら許してもいいかもしれない。
「朱里、あの頃は怖い思いをさせてごめん。許してほしいとも言わない。でも朱里さえいいなら友達として接してほしい」
急に立ち上がって僕に対して深く頭を下げてきた。適当に謝ってきたならキレて、今後一切会うつもりないというつもりだったのに、僕を忘れず真摯に考えてくれていたのか。
「あの時本当に怖かった。学校に行きたくても恐怖から過呼吸起こすし、人が怖くて避けだすしなんで僕だけって思うことあったけど、それがなかったら出会えなかった存在もあったから。完全には許せないけど少しだけ、友達分は許してあげる」
宇治洲の態度から考えた僕の決断。これでもしまたいじめてくるようならその時は完全に切ってやるつもり。
「ありがとう、朱里。これからよろしく。この前連絡するって言ったけど繋がらなくてさ、交換しねぇ?」
「あぁ、中学2年の時に機種変したときに変えた」
僕はスマホを取りだしてチャットのQRコードを表示して見せた。それを宇治洲は読み取ろうとした時、間に割って入ってきた人物がいた。
「お前、朱里に何してんだよ」
「碧くん!?」
制服が着崩れて、汗をかいている碧くんが僕と宇治洲の間にいる。そしてなぜかスマホを持つ手を掴まれている。
「どうしてここに。碧くんの帰る方向違うよね?」
「きいから朱里が警戒した様子で他校の男子と一緒にどこかへ行ったって聞いて、探してた」
はぁはぁと肩で息をしている碧くんを見て、相当長い間探し回ってくれていたことを感じる。カバンの中に入れていたタオルを出して顔に当てて汗を拭いてあげた。
「連絡くれたらよかったのに」
「チャットも電話もしてたよ」
「え、嘘でしょ。あ、ほんとだ」
通知が20件以上、不在着信が5件ほどあった。僕が気づかなかったのは通知音をオフにしていたからだった。
「ごめん、音消してて気づかなかったみたい」
「朱里が無事ならいいよ、ほら帰ろう」
掴まれている手を離さず、ベンチに置いていた僕の荷物を取って公園から去ろうとした。だけど背後から「朱里!」と呼び止める宇治洲の声が聞こえたけど、引っ張る力が強すぎて止まることができなかった。
「碧くん、待って」
「もう少しだけ待って」
すたすたと歩く後ろをついて行くと学校まで戻ってきていた。だけど通り過ぎていつもの方向に向かって歩いている。住宅街が広がり、近くに駅があるせいか電車の音が聞こえてくる。
目の前には首を痛くしそうなくらい高いタワーマンション。そこに向かって入って行こうとしているのを察して、僕は勢いよく呼び止めた。
「ちょ、碧くんどこ行こうとしてるの!」
「俺の家」
「え? ここが?」
「そう。俺の部屋連れて行こうと思って」
「なんでぇ!?」
本当に碧くんの考えていることがわからなくて恐怖よりも困惑が勝つ。必死に引き留めてひとまず話し合う時間にしよう。
「僕はToRiが活動していた本拠地=聖地に足を踏み入れるわけにはいかないよ。もし踏み入れたらファンから殺されかねない」
「普通のタワマンだよ。殺される心配しているなら俺が守るから、とりあえず一緒に部屋いこう」
そういうことじゃないんだよなと心の中でツッコんでしまう。
「わかった、じゃあ玄関まででいいから行こう」
「うえ、ちょっと!!」
正面から抱きかかえられてマンションの中に入っていく。ロビーにはマンションコンシェルジュが「透坂様おかえりなさいませ」と気にしてなさそうに挨拶をしてくる。
僕はその人と目が合い、ペコっと頭を下げて恥ずかしさを紛らわした。
抵抗できないままエレベーターに乗り12階に降りた。ある部屋の前に止まると碧くんがズボンから鍵を出して開錠して入った。
「お待たせ」
「あ、ありがとう」
やっと下ろしてもらえたと思ったら、玄関から碧くんの匂いが部屋中から感じ取れて緊張しちゃう。
直立していた僕をギュッと力強く抱きしてきた。修学旅行前にもこんなことがあったような気がする。
「碧くん?」
静かな碧くんは僕にこうして何を求めているのやら。
「あいつとは和解できたんだ?」
「あー宇治洲のこと。あの時のこと謝ってもらったし、話し合った上で友達として接することにしたんだ」
「そうなんだ。よかったね」
よかったと言う割にはどこか不機嫌そうなで不満そう。僕の腰に回る碧くんの腕が力強くなって話し始めた。
「朱里がトラウマの相手と和解できたのは嬉しい。だけど仲良くしてほしくないって言うのが本音」
「どうしてか聞いてもいい?」
「……きいと仲良くしているのはまだ俺としても許せるけど、同性相手だったら絶対嫉妬してカッコよくない姿見せそう。あとこれは俺の我儘でもあるから気にしないで」
碧くんは悩みながら言葉を選ぶよう話してくれている。それより碧くんが嫉妬する人だとは思っていなかった。
(碧くんが可愛い。僕が幸せにしてあげれるとしたら……)
「もう友達って言っちゃったから絶対関わらないのは難しいだろうけど、何かあればちゃんと言うって約束する。それでどうかな?」
僕なりの提案をしてみたけど、まだ少し不満があるようで顔をしかめている。何が問題か聞いてみると2人きりはダメとか、どこに行くか必ず連絡するとか約束ごとが増えた。
「てか俺は朱里に告白したからこうして堂々と言えるけど、朱里は返事がないから俺の言葉に縛られる必要ないからね」
「もちろん、わかってる」
僕が無理をしてまで碧くんの声を聞いているわけではないということは知っていてほしい。推しだからじゃなくて、ただ大切な人を悲しませたくないから。
「じゃあそろそろ僕はお暇します」
「なんで? ここまで来たんだし上がって行けばいいのに」
「それは本当にごめん。またの機会にします」
「そっか、残念。下まで送る」
玄関のドアを開けてエレベーターの前で来るのを待った。碧くんから「エレベーター乗ってる間でいいから手繋いでもいい?」と控えめに言ってきた彼に僕は頷き手を繋いだ。
伝わってくる熱が、先ほどくっついていたよりも熱く感じる。
ロビーに着くと再びマンションコンシェルジュの人が頭を下げてくれたので、僕も返しておく。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
僕はスタスタと歩いて帰った。ドキドキして、手の感触がしばらくは忘れなさそうだ。
◇
「よ! 今日オレ暇だから遊びに行かね?」
「今日部活休みだから来ちゃった」
「朱里、今日はどこ行く?」
和解してからというもの週に1、2回ほど宇治洲が僕の通う学校へやってくるようになった。連絡先を交換しているはずなのに突如として現れるのが少しだけ厄介だ。
それに僕が用事がないことをいいことにあちこちと連れていかれている数週間。碧くんと約束した通りに連絡を行うが回数が増えていることに心配されている始末。
「あのさ、僕のところもう少しで体育祭だから準備とか練習につき合わないといけないんだけど」
「オレのところは夏休み前にしたから暑くて死にそうだったなー」
僕の話を聞いているのか聞いていないのかわからない返答に困る。
「朱里って勉強できたよな? 今度小テストあるんだけどわからないところあって、良かったら教えてくんね?」
「いいよ」
学校を出て駅前のファミレスに立ち寄った。席は程よく空いていて、窓側のテーブル席に座った。ドリンクバーとポテトを頼んで教科書やノートを出して本格的に始める。
「ここはこの公式使えば解けるはずだよ」
「えーっと、だから2はこっちに入れて-5がここに入るから……こうか?」
真剣に数学の公式とにらめっこをして1時間ほどが過ぎ、集中力が切れた宇治洲はポテトを口いっぱいに頬張った。休憩時間に入ったっぽいな。
「最近、気になってる子いてさ。朱里の学校の生徒なんだけど知ってる子だったりするかな?」
特徴を聞くと心当たりがありすぎた。黒髪ロングで僕よりも少し小柄、つり目で人当たりよく友達が多い。それに笑顔が可愛い。
(これってきぃちゃんのこと言ってる? でも聞いてると推し活している時のこと知らなそうな感じだな)
「多分知ってるかも? 同じ人なのかは不明だけど」
「なら1回紹介してくんね? 頼む!」
「相手がいいって言うならだけど。じゃあ1つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん? どした?」
何を聞いても応えてくれそうな恋をしている宇治洲に悩んだ末、好きとは何かを相談することにした。
「突然で変に思うかもしれないけど、恋愛の好きと推しの好きって何が違うと思う?」
「うーん? ちょっと待ってな」
腕を組み真剣に考えてくれている宇治洲が意外だった。おちょくられて話にならないと勝手に思っていたから。
「オレの基準になるけど、推しに対しての好きは一時的というか心を満たすための存在に対して起こるもので、好きな人に対しては愛おしいや可愛い、守りたい、ずっと一緒にいたいとかの感情があってこそなんじゃないか?」
そう言われて碧くんのことを考えてみれば心当たりがありすぎた。推し始めた時は僕の存在を肯定してくれたことが嬉しくて好きになった。
引退してクラスメイトとして過ごしていくうちに、推しとの関係では知ることのなかった碧くんの可愛さや愛おしさが増えていくのを感じていた。
それに告白されてかは、女の子と仲良くしているところを見ると胸がギュッと締めつけられて苦しい。これが好きってことなのかな?
(もっと核心的に好きだと気づくには……)
僕は碧くんにしてもらったことを思い出していた。友達になれたこと、お見舞いに来てくれたこと、過去の話を聞いてくれたこと、そして告白してくれたこと。
(あ……僕、碧くんが好きなんだ)
笑顔が素敵で感情が豊かで、嫉妬でハグを求めてきて安心したり、心配してどこにでもついて来たり、何より僕を1番に考えてくれて。
もしかしたら、僕もずっと前から好きだったのかもしれない。だけど気づかないフリをして、推しとファンの関係として蓋をして。
(会いたい。声が聞きたい。好きだ)
僕の目には涙が浮かぶ。流れるのを必死に堪えているけど結局流れて擦って拭いた。
「お前にもいるんだな、好きな奴」
「な、何が。誰もそんなこと言ってないじゃん……」
「動揺してるとこ見たらわかるぞ。お互い頑張ろうな」
宇治洲は拳を前に出していた。僕も1呼吸おいてコツンと拳を合わせた。
自分の気持ちを自覚してからは心が軽くなった気がする。
早く伝えたくてソワソワする。碧くんはどう思うのかな、嬉しい? 驚き? 不満? どれであれ僕は受け止めるよ。だって碧くんも受け入れてくれたからね。



