5分、10分と走っていくうちに、家や建物はどんどんと消え……驚くほどの緑の世界に入り込んでいく。

「田舎よ? 雪乃ちゃん大丈夫かな」
両手でハンドルを握り、真正面を向きながら春おばちゃんは言った。

「新幹線の中で、何だろ……岡山を越えた辺りから、めっちゃ緑ばっかになって……好きだなぁって」
「……へぇー……雪乃ちゃん大丈夫なんだ」
「うん。……何か……好き。上手く言えないけど」
「あははっ! そっかそっか。きっと……合ってるのかもね」
「……」
赤信号で止まっても、歩いている人もまばら。わたしの家の周りと違って、別世界に来たているような気分……。

「雪乃ちゃんはさ」
「うん」
「だいぶ頑張ってるみたいだね」
「……うん。何か……疲れたんだよね」
「疲れるんだ」
「何だろ。……人が多すぎるんだよ」
「人ねぇ……。確かに多いよねぇ、向こうはさ」

緑の世界。田んぼもいっぱいあるし……山に囲まれたエリアをどんどん進む。

「ねえ、窓開けて良い?」
「良いよ」
ガー……とゆっくりと助手席の窓が開いていく。ふわっと緑豊かな香りが心地良い。

「はぁー……空気が綺麗だね!」
「でしょ。排気ガスの臭いなんて、しないからね。ここ」
春おばちゃんは笑いながら言う。確かに澄んだ匂いしかしてこない。

「でも、うちは何にも無いからね? 覚悟しておいてよ?」
「えー……でも、それが良いなぁ」
「ふふっ……そう? あなたも『こっち寄り』なのかもね」
「もう嫌だもん。人ごみ」
「あっ、そうだ」
「……何?」
「うち、猫いるけど……猫、大丈夫?」
全く予想していなかった「猫」という単語に、一瞬驚いた。

「猫? 猫いるの? おばちゃんのとこ」
「いるっていうか、一緒に暮らしてるよ」
「へぇー……触ったこと無いなぁ」
「きっと楽しいと思うよ」
春おばちゃんは、意味深な笑みを浮かべる。わたしにはその意味が分からなかった。

「後、ちょっとだね」
「……凄いとこだね……」
「そう? じきに慣れるんじゃないかな?」

県道から脇道へ進み、ポツン、ポツンと家が建っているエリアに入ってきた。ゆらゆらと風に揺られながら、緑の世界がわたし達を出迎えてくれる。

「……のどかだね」
「のどかだよ。何にも無いからね」
軽自動車1台分しか通れないような細い道。アスファルトの道路は少し崩れていて、車が通る度に、ガクンガクンと揺れる。

「……もしかしてさ、あれ?」
細い道を目で追っていくと、正面に綺麗な1軒家が見える。

「そう。あれだよ」

家を出てから約7時間。わたしはようやく目的地に到着した。新幹線の中で食べたシウマイ弁当はすっかり消化されて、「何か食べたいな」とわたしは思った。