(……あ! ぺぺちゃんもいるじゃん……)
10メートルほど先に、じっと地面を見つめるぺぺちゃん。どうやらハチくん、ぺぺちゃんの方に近づいているらしい。
「何だ。ぺぺちゃんと合流するんだ」
ハチくんに話かけるけど、どこ吹く風。ゆっくりとぺぺちゃんの側に向けて歩く。
「ね。ペペちゃん。何してんの?」
合流してぺぺちゃんに話かけても、相変わらずじーっと地面を見つめる。
「ねってば」
「ねえ」
いつもは返事をしてくれるぺぺちゃん。何一つ反応してくれない。
(ん……?)
視線の先には、バッタがじっと止まっていた。ずっと集中して見ていた理由はこれか。その瞬間、お尻をフリッ……フリッ……っと揺らし、飛びつく態勢に入るぺぺちゃん。
(……)
その様子を、じっと見守る。バッと飛びついた瞬間、バッタもぴょん!と跳ねて、草むらの中に一瞬で消えてしまった。……どうやら失敗したらしい。
(あちゃあ……)
ちらりとぺぺちゃんの顔を見る。少しむっとしているようにも感じた。ハチくんはその間、退屈そうに地べたで丸まっている。わたしが見ると、くあああ……と大きなあくびをして、また目を瞑った。
(みんな……自由にやってるなぁー……)
思わず、緑が敷き詰められた絨毯の上で、くすっと笑ってしまった。
寿司詰状態の満員電車。ペット不可のマンション。コンクリートに敷き詰められた灰色の道。向こうじゃ絶対に見ることができない光景……。まるでおとぎの国にいるみたい。
(あ……)
草むらの奥に、ピンクの花が風にサラリと揺れている。トンボが数匹、優雅に飛んではピンクの花で羽を休めているように見えた。
(何だっけな、あの花……後でおばちゃんに聞いてみるか……)
「あっ……ちょっと待ってよ」
気が付けば、ぺぺちゃんはさらに奥の方へとトコトコ歩いて行った。わたしは慌てて後を追う。……ここは緑に、黄色に、ピンクに……穏やかな風が吹く中、たくさんの色が浮かび上がる世界――
「ね! さっきね……ぺぺちゃん達に付いて行ったら、ピンク色の花がいっぱい咲いてたけど……あれ何だっけ?」
わたしは晩ご飯が終わった後に、おばちゃんに聞いてみた。
「あぁ。コスモスじゃないかな?」
(そうだ……コスモスだ)
名前はもちろん知っていたけど……実際にはそんなに見たことはない。ここに生えている花も雑草も。わたしのマンションの周りは管理人さんが全部むしってしまうから。
「そっか。その辺りまで一緒に行ったんだ」
「うん」
「……ちょっと食後のお散歩しようよ」
おばちゃんは立ち上がって、玄関へと向かった。
「雪乃ちゃん、明日だね」
そう。わたしは明日……家に帰らなないといけない。自分で気付いてはいるけど……考えるととっても寂しい気持ちになるから……気付かないふりをしていた。
「……うん」
「どうだった? 2泊3日。まぁまだ1日あるけどね」
「そうだなぁ……」
玄関先には、お客さんのためなのか、小さいサイズの縁側が作ってある。わたしたちは2人並んで腰を下ろした。
「……良いなぁ。ここ」
「あら。気に入ったみたいね」
「うん……目まい、今のところ出てないしね」
「……そう。良かったね」
夜が更け、辺り一面暗闇に包まれ始める。縁側だけは、家の中からの光で……蛍に照らされたかのように、おぼろげに浮かび上がる。
「……あ、クロちゃんかな?」
正面の暗闇の中から、黒い猫がゆらりと揺れる。少しずつわたし達に近づいて来た。
「お帰り」
「にゃあーん」
クロちゃんは足元まで来ると、ぴょんと跳ね上がってわたしの膝の上に乗る。「よいしょ」っと言わんばかりに、膝の上で丸まってしまった。
「よっぽど気に入ったみたいね。これじゃ雪乃ちゃん、帰れない」
気持ち良さそうに膝の上でゴロゴロ……と喉を鳴らすクロちゃんを見て、春おばちゃんは優しく微笑んだ。
「わたしも好き。クロちゃんも……ハチくんも、ぺぺちゃんも。……畑にいたあの子も」
「雪乃ちゃんを招待して良かったよ」
「うん。わたしも。来て良かった。おばちゃんに久し振りに会えたし……こんなのどかな場所があるなんて……初めて知ったもん」
「はははっ……雪乃ちゃんに都会は合わないんだね。前も言ったけど」
「うん。便利だけど……満員電車に乗りたくない。こんな自然も無いし」
「自然なら……あるところはあるけどね」
「でも、人がめっちゃいるもん。こんなに……空気が綺麗じゃないよ。あそこにこんな自然は無い」
「にゃあー……ん」
細く長く鳴く声。わたし達を探しているかのように、ぺぺちゃんとハチくんも寄ってきた。
「あらあら……こんなにモテちゃって」
「みんな可愛いなぁー……」
3匹の猫たちを見ていると、うっとりしてしまう。いつまでも一緒にいたいって思う。
「帰りたくないなぁー……」
「言うと思った」
「……だってほんとだもん」
「ま、ゆっくりやったら良いよ」
「……」
「休み休み、やったら良いと思うよ? みんな……急ぎ過ぎなんだよね」
「……」
「こっちはほら……ゆっくりしてるでしょ?」
「もう……凄い! 時が止まってるみたいだもん」
ぴょん!ぴょん!とハチくんとぺぺちゃんも縁側に上がってきた。ハチくんはおばちゃんの膝にゆっくりと乗る。
「そうね。そんな感じかもね」
ハチくんの頭を撫でながら、おばちゃんは言った。
「でもね、みんな……めっちゃ活き活きしてるみたいだった……!」
「そうかもね。こっちに来るとさ、自然から活力もらえるのかもね」
「なるほど……そんな感じかも。向こうだとさ、電車の中の人……顔が死んでるもん」
「あははっ! 全員じゃないだろうけど……まぁ、人が多過ぎるのは事実よね」
「多過ぎだよ」
「でもね、人ごみに紛れていたい! って人もいるし、無機質なコンクリートの建物の方が落ち着くって人もいるんだよ」
「……」
「都会のギラギラしたネオンが好き! って人もいるからさ」
「……変なの」
「人それぞれで良いってことだよ。自分に何が合っているのか? 分かっていれば良いんじゃない?」
「まぁ……」
「合わないとこにいると……苦しくなっちゃうんだよねー」
そう言うと、膝の上のハチくんを持ち上げて、縁側へと下ろす。ゆっくり立ち上がって、わたしに向けて言った。
「さっきさ、雪乃ちゃん『猫ちゃんたち、どっか行っちゃわないの』って言ったよね」
「あっ……うん。こんな外にいるのに……ちゃんとお家に帰ってくるの、すごいよ」
「わたしはね、猫を『飼ってる』んじゃないの」
「……何それ」
「猫とね『一緒に暮らしてる』の」
「……」
「この子たちは自由なんだよ。『出て行きたいな』って思ったら、勝手に出て行っちゃうだろうし。『一緒にいたいな』って思ったら……ちゃんと帰ってくるよ」
「そうなんだ……」
「そうだよ? 猫ちゃんは素直でピュアなんだよ? 勝手にコントロールしようとしているのは、人間だからね」
「……そっか」
「そう。見てて分かるでしょ? 好きな事は好き。嫌いなものは嫌い。すっごく素直な生き物だよ? この子たち」
「さっきのピンク色のコスモス。私が植えたんだよ」
「えー! そうなんだ! 絨毯みたいで……凄かったよ?」
「でしょ? 『一面コスモスにしてやるー!』って頑張って植えたからね」
「綺麗だったなぁー……」
ぺぺちゃんがわたしの横で大きなあくびをした。
「で、今はデイジーを植えてるのよ。すぐそばに」
「デイジー?」
「黄色い花」
「あぁー……黄色かぁ。それも良いなー」
「色々な色があるんだけどね。黄色にしたのよ」
「ふぅーん……」
「花言葉はね、『あるがままで良い』とか『あなたらしく』って意味」
「……」
「猫ちゃん達から、学んだでしょ? 雪乃ちゃんも……雪乃ちゃんらしく生きて良いんだよ? じゃないと……壊れちゃう」
少し間をあけて、春おばちゃんは言った。
「黄色のデイジーが咲く頃に、また来たら良いよ」
「この子達も、待ってるから」
そう言うとおばちゃんは小さく笑った。
10メートルほど先に、じっと地面を見つめるぺぺちゃん。どうやらハチくん、ぺぺちゃんの方に近づいているらしい。
「何だ。ぺぺちゃんと合流するんだ」
ハチくんに話かけるけど、どこ吹く風。ゆっくりとぺぺちゃんの側に向けて歩く。
「ね。ペペちゃん。何してんの?」
合流してぺぺちゃんに話かけても、相変わらずじーっと地面を見つめる。
「ねってば」
「ねえ」
いつもは返事をしてくれるぺぺちゃん。何一つ反応してくれない。
(ん……?)
視線の先には、バッタがじっと止まっていた。ずっと集中して見ていた理由はこれか。その瞬間、お尻をフリッ……フリッ……っと揺らし、飛びつく態勢に入るぺぺちゃん。
(……)
その様子を、じっと見守る。バッと飛びついた瞬間、バッタもぴょん!と跳ねて、草むらの中に一瞬で消えてしまった。……どうやら失敗したらしい。
(あちゃあ……)
ちらりとぺぺちゃんの顔を見る。少しむっとしているようにも感じた。ハチくんはその間、退屈そうに地べたで丸まっている。わたしが見ると、くあああ……と大きなあくびをして、また目を瞑った。
(みんな……自由にやってるなぁー……)
思わず、緑が敷き詰められた絨毯の上で、くすっと笑ってしまった。
寿司詰状態の満員電車。ペット不可のマンション。コンクリートに敷き詰められた灰色の道。向こうじゃ絶対に見ることができない光景……。まるでおとぎの国にいるみたい。
(あ……)
草むらの奥に、ピンクの花が風にサラリと揺れている。トンボが数匹、優雅に飛んではピンクの花で羽を休めているように見えた。
(何だっけな、あの花……後でおばちゃんに聞いてみるか……)
「あっ……ちょっと待ってよ」
気が付けば、ぺぺちゃんはさらに奥の方へとトコトコ歩いて行った。わたしは慌てて後を追う。……ここは緑に、黄色に、ピンクに……穏やかな風が吹く中、たくさんの色が浮かび上がる世界――
「ね! さっきね……ぺぺちゃん達に付いて行ったら、ピンク色の花がいっぱい咲いてたけど……あれ何だっけ?」
わたしは晩ご飯が終わった後に、おばちゃんに聞いてみた。
「あぁ。コスモスじゃないかな?」
(そうだ……コスモスだ)
名前はもちろん知っていたけど……実際にはそんなに見たことはない。ここに生えている花も雑草も。わたしのマンションの周りは管理人さんが全部むしってしまうから。
「そっか。その辺りまで一緒に行ったんだ」
「うん」
「……ちょっと食後のお散歩しようよ」
おばちゃんは立ち上がって、玄関へと向かった。
「雪乃ちゃん、明日だね」
そう。わたしは明日……家に帰らなないといけない。自分で気付いてはいるけど……考えるととっても寂しい気持ちになるから……気付かないふりをしていた。
「……うん」
「どうだった? 2泊3日。まぁまだ1日あるけどね」
「そうだなぁ……」
玄関先には、お客さんのためなのか、小さいサイズの縁側が作ってある。わたしたちは2人並んで腰を下ろした。
「……良いなぁ。ここ」
「あら。気に入ったみたいね」
「うん……目まい、今のところ出てないしね」
「……そう。良かったね」
夜が更け、辺り一面暗闇に包まれ始める。縁側だけは、家の中からの光で……蛍に照らされたかのように、おぼろげに浮かび上がる。
「……あ、クロちゃんかな?」
正面の暗闇の中から、黒い猫がゆらりと揺れる。少しずつわたし達に近づいて来た。
「お帰り」
「にゃあーん」
クロちゃんは足元まで来ると、ぴょんと跳ね上がってわたしの膝の上に乗る。「よいしょ」っと言わんばかりに、膝の上で丸まってしまった。
「よっぽど気に入ったみたいね。これじゃ雪乃ちゃん、帰れない」
気持ち良さそうに膝の上でゴロゴロ……と喉を鳴らすクロちゃんを見て、春おばちゃんは優しく微笑んだ。
「わたしも好き。クロちゃんも……ハチくんも、ぺぺちゃんも。……畑にいたあの子も」
「雪乃ちゃんを招待して良かったよ」
「うん。わたしも。来て良かった。おばちゃんに久し振りに会えたし……こんなのどかな場所があるなんて……初めて知ったもん」
「はははっ……雪乃ちゃんに都会は合わないんだね。前も言ったけど」
「うん。便利だけど……満員電車に乗りたくない。こんな自然も無いし」
「自然なら……あるところはあるけどね」
「でも、人がめっちゃいるもん。こんなに……空気が綺麗じゃないよ。あそこにこんな自然は無い」
「にゃあー……ん」
細く長く鳴く声。わたし達を探しているかのように、ぺぺちゃんとハチくんも寄ってきた。
「あらあら……こんなにモテちゃって」
「みんな可愛いなぁー……」
3匹の猫たちを見ていると、うっとりしてしまう。いつまでも一緒にいたいって思う。
「帰りたくないなぁー……」
「言うと思った」
「……だってほんとだもん」
「ま、ゆっくりやったら良いよ」
「……」
「休み休み、やったら良いと思うよ? みんな……急ぎ過ぎなんだよね」
「……」
「こっちはほら……ゆっくりしてるでしょ?」
「もう……凄い! 時が止まってるみたいだもん」
ぴょん!ぴょん!とハチくんとぺぺちゃんも縁側に上がってきた。ハチくんはおばちゃんの膝にゆっくりと乗る。
「そうね。そんな感じかもね」
ハチくんの頭を撫でながら、おばちゃんは言った。
「でもね、みんな……めっちゃ活き活きしてるみたいだった……!」
「そうかもね。こっちに来るとさ、自然から活力もらえるのかもね」
「なるほど……そんな感じかも。向こうだとさ、電車の中の人……顔が死んでるもん」
「あははっ! 全員じゃないだろうけど……まぁ、人が多過ぎるのは事実よね」
「多過ぎだよ」
「でもね、人ごみに紛れていたい! って人もいるし、無機質なコンクリートの建物の方が落ち着くって人もいるんだよ」
「……」
「都会のギラギラしたネオンが好き! って人もいるからさ」
「……変なの」
「人それぞれで良いってことだよ。自分に何が合っているのか? 分かっていれば良いんじゃない?」
「まぁ……」
「合わないとこにいると……苦しくなっちゃうんだよねー」
そう言うと、膝の上のハチくんを持ち上げて、縁側へと下ろす。ゆっくり立ち上がって、わたしに向けて言った。
「さっきさ、雪乃ちゃん『猫ちゃんたち、どっか行っちゃわないの』って言ったよね」
「あっ……うん。こんな外にいるのに……ちゃんとお家に帰ってくるの、すごいよ」
「わたしはね、猫を『飼ってる』んじゃないの」
「……何それ」
「猫とね『一緒に暮らしてる』の」
「……」
「この子たちは自由なんだよ。『出て行きたいな』って思ったら、勝手に出て行っちゃうだろうし。『一緒にいたいな』って思ったら……ちゃんと帰ってくるよ」
「そうなんだ……」
「そうだよ? 猫ちゃんは素直でピュアなんだよ? 勝手にコントロールしようとしているのは、人間だからね」
「……そっか」
「そう。見てて分かるでしょ? 好きな事は好き。嫌いなものは嫌い。すっごく素直な生き物だよ? この子たち」
「さっきのピンク色のコスモス。私が植えたんだよ」
「えー! そうなんだ! 絨毯みたいで……凄かったよ?」
「でしょ? 『一面コスモスにしてやるー!』って頑張って植えたからね」
「綺麗だったなぁー……」
ぺぺちゃんがわたしの横で大きなあくびをした。
「で、今はデイジーを植えてるのよ。すぐそばに」
「デイジー?」
「黄色い花」
「あぁー……黄色かぁ。それも良いなー」
「色々な色があるんだけどね。黄色にしたのよ」
「ふぅーん……」
「花言葉はね、『あるがままで良い』とか『あなたらしく』って意味」
「……」
「猫ちゃん達から、学んだでしょ? 雪乃ちゃんも……雪乃ちゃんらしく生きて良いんだよ? じゃないと……壊れちゃう」
少し間をあけて、春おばちゃんは言った。
「黄色のデイジーが咲く頃に、また来たら良いよ」
「この子達も、待ってるから」
そう言うとおばちゃんは小さく笑った。



