「あらー? 春ちゃんじゃない」
「お疲れ様です。ちょっと買い物に」
春おばちゃんが、店員さんと仲良く会話する。……いつも働いているから、当たり前か。
「この子。うちの姪っ子なんですよ」
わたしの背中をぽんと押すように手を置いた。
(えっ……わたし?)
「あら! 可愛いね。高校生?」
「あっ……はい。雪乃です、高校2年です……」
まさか自己紹介することになるとは思っていなかったから……顔が真っ赤。熱くなる。
「大分市内?」
「いえ、横浜……神奈川県です……」
「えー! 都会だねぇ。こんな田舎……何も無くて退屈でしょ」
「いっ……いえ、空気も綺麗で……大好きです」
「あははっ! それしか無いとこだけどねぇー」
レジのおばちゃんは優しそうに笑ってくれる。「あまり訛って無いんだな」とわたしは思った。
「じゃあ……この野菜と、お米貰おうかなぁ……」
わたしがレジで話をしているうちに、春おばちゃんはお目当ての品を既に選び終わっていた。少し重そうにお米を抱えて、レジへと運んでくる。
「雪乃ちゃん、これ……車に入れておいて」
「あ、はい」
車の鍵を受け取り、裏に止めてある車へと向かった。
お米の見た目はお母さんが買ってくるのと変わらないけれど……野菜は何だろう。土がついていたり……緑の葉っぱがすごく長かったり……とっても自然な感じがする。
「よいしょっと……」
後部座席のドアを開けて、お米と野菜をゆっくりと座席に置く。何か視線を感じて……ドアを閉めると、目の前には真っ白の猫ちゃんが立っていた。
(あ……猫ちゃんじゃん……)
「こんにちはー……」
ゆっくり、ゆっくり……膝を下ろし、しゃがみ込む。「にゃーん」と小さく鳴いて、猫ちゃんがこっちに向かって歩いてくる……
(来たぁー……)
ほっそりとした白猫。畑の土と逆の色をしているので、とっても目立つ。
「あらぁー……可愛いねぇー、あなた」
手の甲にすりっ……すりっ……と頭を擦り付けてくる。思わず「良い子! 良い子!」と連呼しながら、頭をよしよししてしまう。
(いやぁー……この子も可愛いー……)
「にゃあー……ん」
「こんにちはー! あなた、綺麗ねー……」
グロロロ……グロロロ……と喉を鳴らしてる。……たまに「フガッ……」って聞こえるのが、これまた愛おしい。ちょっと笑ってしまいそうだけど。
「あら、タビじゃない」
春おばちゃんが、いつの間にかわたしの真後ろに立っている。猫ちゃんに夢中で、全く気付かなかった。
「……タビ?」
「そう。この猫ちゃんの名前。この畑にいつも遊びに来るのよ。この子」
「へぇ……タビちゃんか。よろしくねぇータビちゃん」
「にゃっ!」
嬉しそうに、タビちゃんは鳴いた。
「凄い畑だね。ここ」
「でしょ? 代表がずっと大切に耕してきてるみたい」
「へぇ……」
「都会にいるとさ、ただスーパーで買ってきて、食べるだけでしょ? 何も分からないよね。実際にわたしもそうだったしね」
「……わたしも。お母さんの作ったご飯を食べるだけ」
「はははっ! 高校生だと、なおさらだよね」
そう言うと、おばちゃんは畑の方にゆっくりと歩いていく。
わたしもタビちゃんにバイバイを言ってから、後を追う。
「ここでさ、ちょっとサンダル脱いでごらん」
畑の隅で、黒い土を指さしながら言った。
「ここで?」
「そう。で、この土……踏んでみると良いよ」
サンダルを抜いで、言われた通りに畑の真っ黒になった土に足を踏み入れる。……恐る恐る。
「どう?」
「……ひんやりしてるね。気持ち良いかも」
「でしょ? ひんやりしてるよね」
「うん。あぁ……土、ふかふかだねー……」
土が、足の指の間に……むにゅっと入り込んでくる。ふかふかのフワフワ……こんな土、横浜じゃ見たこともないし……触ったこともない。
「他の畑とは違うのよ。ここの土」
「へぇ……もっと固いのかと思ってた」
「土を素足で踏むなんて、向こうじゃあり得ないでしょ?」
「うん。……小さい頃に、砂場で遊んでたくらいかなぁー……それに土が全然違んだけど……」
「でしょ?」
「うん。ふかふか……何これ」
「向こうの土が変なの。これがね、自然の土なんだよ」
小学校の低学年の頃。友達と一緒に近くの公園で遊んでいたことを、急に思い出した。でも土は……全然違う。
「春おばちゃんとも……一緒に行ったな」
「そうだったね。土が……思い出させてくれたんだね」
「……」
「良かったじゃない」
何だか、もの凄く懐かしい感覚になった。子供の頃に戻ったかのような……。
「……帰ろっか。ご飯の支度もあるしね」
おばちゃんは足を洗い流すための、水道の場所を教えてくれた。
お店を出ると、またさっきの道を反対方向に進んでいく。本当に一面の森。どこを見渡しても緑色しか見えない。のどかな風景。
「もう帰るんだ」
「うん。雪乃ちゃんに体験してもらったからね」
「……何を?」
「土」
「さっきの黒い土?」
「そう。良かったでしょ? 直接素足で触れると」
「……凄かった」
「都会にいるとさ、ああいう経験が無くなるからね」
「……」
「私は……初めてあの土っていうか……土を素足で踏んだ時、涙が止まらなかったよ?」
「……あぁ……」
「不思議だよね。自然に出てくるの」
おばちゃんの話を聞いて、なるほどなと感じた。わたしは涙までは出なかったけど……小さい頃を思い出して、何だかとっても懐かしくなったから。あの真っ黒でふわふわの土。どこかすごく懐かしい……。
「あなたはね、まだギリギリなのよ」
「……わたし?」
「そう。私ほどまで行っちゃうと……戻すの大変だから。気を付けてね」
「聞いてたんだ」
「お母さんから、この前電話で聞いたよ。私と同じで……目まい大変なんでしょ」
驚いた。お母さんには目まいのことは……内緒にしてたのに。
「え? お母さんが言ってたの?」
「ははっ……違うよ。予想」
「……予想?」
「うん。たぶん、同じなんだろうなって」
「……」
「メニエール病っていう所まで行っちゃうと……本当に大変だから。自分を大切にしてあげてね」
「……うん」
見渡す限りの森。そしてどこまでも続く青い空。
わたしの頭の中……そして心を癒してくれているように感じた。気持ち良い。
家に戻ると、昨日とは違って、ペペちゃん達のお出迎えは無かった。
「あれ……? どこ行っちゃったんだろ」
「どっかお散歩してるんじゃない?」
お米と野菜を、窓から家の中に運び入れる。
「どっか行っちゃわないの? あの子達」
「今のところはね」
「えー……何それ」
その時、ぬっと家の脇からハチくんが姿を現した。
「あー! ハチくんー。ただいまー」
「にゃーん!」
「すっかり気に入られたみたいね。雪乃ちゃん」
「えへへ……わたしも好きになっちゃった」
「ちょっとお散歩、付き合ってあげたら良いよ。この子たちも……雪乃ちゃんと外で遊びたいんじゃないかな」
じっとわたしを見つめていたハチくんは、おばちゃんの言葉を理解しているかのように、ゆっくりと家の周りを歩き出した。
「ふふ……付いていったら?」
そう言い残し、おばちゃんは家の中へと入っていった。
「えっ……? あっ……ちょっと待ってよ……」
わたしもゆっくりと立ち上がり、ハチくんの後を追った。
ハチくんは尻尾をゆらゆらと揺らしながら、生えているたくさんの草をクンクンと匂いのチェックをしている。特に行くあても無い感じで……。
「……ねえ? あなた、どこ行くの?」
「にゃぁー」
「お散歩、好きなの?」
「……にゃっ!」
わたしの膝に、頭をコツンとぶつけると、そのまま草に沿って歩き出して行った。
「お疲れ様です。ちょっと買い物に」
春おばちゃんが、店員さんと仲良く会話する。……いつも働いているから、当たり前か。
「この子。うちの姪っ子なんですよ」
わたしの背中をぽんと押すように手を置いた。
(えっ……わたし?)
「あら! 可愛いね。高校生?」
「あっ……はい。雪乃です、高校2年です……」
まさか自己紹介することになるとは思っていなかったから……顔が真っ赤。熱くなる。
「大分市内?」
「いえ、横浜……神奈川県です……」
「えー! 都会だねぇ。こんな田舎……何も無くて退屈でしょ」
「いっ……いえ、空気も綺麗で……大好きです」
「あははっ! それしか無いとこだけどねぇー」
レジのおばちゃんは優しそうに笑ってくれる。「あまり訛って無いんだな」とわたしは思った。
「じゃあ……この野菜と、お米貰おうかなぁ……」
わたしがレジで話をしているうちに、春おばちゃんはお目当ての品を既に選び終わっていた。少し重そうにお米を抱えて、レジへと運んでくる。
「雪乃ちゃん、これ……車に入れておいて」
「あ、はい」
車の鍵を受け取り、裏に止めてある車へと向かった。
お米の見た目はお母さんが買ってくるのと変わらないけれど……野菜は何だろう。土がついていたり……緑の葉っぱがすごく長かったり……とっても自然な感じがする。
「よいしょっと……」
後部座席のドアを開けて、お米と野菜をゆっくりと座席に置く。何か視線を感じて……ドアを閉めると、目の前には真っ白の猫ちゃんが立っていた。
(あ……猫ちゃんじゃん……)
「こんにちはー……」
ゆっくり、ゆっくり……膝を下ろし、しゃがみ込む。「にゃーん」と小さく鳴いて、猫ちゃんがこっちに向かって歩いてくる……
(来たぁー……)
ほっそりとした白猫。畑の土と逆の色をしているので、とっても目立つ。
「あらぁー……可愛いねぇー、あなた」
手の甲にすりっ……すりっ……と頭を擦り付けてくる。思わず「良い子! 良い子!」と連呼しながら、頭をよしよししてしまう。
(いやぁー……この子も可愛いー……)
「にゃあー……ん」
「こんにちはー! あなた、綺麗ねー……」
グロロロ……グロロロ……と喉を鳴らしてる。……たまに「フガッ……」って聞こえるのが、これまた愛おしい。ちょっと笑ってしまいそうだけど。
「あら、タビじゃない」
春おばちゃんが、いつの間にかわたしの真後ろに立っている。猫ちゃんに夢中で、全く気付かなかった。
「……タビ?」
「そう。この猫ちゃんの名前。この畑にいつも遊びに来るのよ。この子」
「へぇ……タビちゃんか。よろしくねぇータビちゃん」
「にゃっ!」
嬉しそうに、タビちゃんは鳴いた。
「凄い畑だね。ここ」
「でしょ? 代表がずっと大切に耕してきてるみたい」
「へぇ……」
「都会にいるとさ、ただスーパーで買ってきて、食べるだけでしょ? 何も分からないよね。実際にわたしもそうだったしね」
「……わたしも。お母さんの作ったご飯を食べるだけ」
「はははっ! 高校生だと、なおさらだよね」
そう言うと、おばちゃんは畑の方にゆっくりと歩いていく。
わたしもタビちゃんにバイバイを言ってから、後を追う。
「ここでさ、ちょっとサンダル脱いでごらん」
畑の隅で、黒い土を指さしながら言った。
「ここで?」
「そう。で、この土……踏んでみると良いよ」
サンダルを抜いで、言われた通りに畑の真っ黒になった土に足を踏み入れる。……恐る恐る。
「どう?」
「……ひんやりしてるね。気持ち良いかも」
「でしょ? ひんやりしてるよね」
「うん。あぁ……土、ふかふかだねー……」
土が、足の指の間に……むにゅっと入り込んでくる。ふかふかのフワフワ……こんな土、横浜じゃ見たこともないし……触ったこともない。
「他の畑とは違うのよ。ここの土」
「へぇ……もっと固いのかと思ってた」
「土を素足で踏むなんて、向こうじゃあり得ないでしょ?」
「うん。……小さい頃に、砂場で遊んでたくらいかなぁー……それに土が全然違んだけど……」
「でしょ?」
「うん。ふかふか……何これ」
「向こうの土が変なの。これがね、自然の土なんだよ」
小学校の低学年の頃。友達と一緒に近くの公園で遊んでいたことを、急に思い出した。でも土は……全然違う。
「春おばちゃんとも……一緒に行ったな」
「そうだったね。土が……思い出させてくれたんだね」
「……」
「良かったじゃない」
何だか、もの凄く懐かしい感覚になった。子供の頃に戻ったかのような……。
「……帰ろっか。ご飯の支度もあるしね」
おばちゃんは足を洗い流すための、水道の場所を教えてくれた。
お店を出ると、またさっきの道を反対方向に進んでいく。本当に一面の森。どこを見渡しても緑色しか見えない。のどかな風景。
「もう帰るんだ」
「うん。雪乃ちゃんに体験してもらったからね」
「……何を?」
「土」
「さっきの黒い土?」
「そう。良かったでしょ? 直接素足で触れると」
「……凄かった」
「都会にいるとさ、ああいう経験が無くなるからね」
「……」
「私は……初めてあの土っていうか……土を素足で踏んだ時、涙が止まらなかったよ?」
「……あぁ……」
「不思議だよね。自然に出てくるの」
おばちゃんの話を聞いて、なるほどなと感じた。わたしは涙までは出なかったけど……小さい頃を思い出して、何だかとっても懐かしくなったから。あの真っ黒でふわふわの土。どこかすごく懐かしい……。
「あなたはね、まだギリギリなのよ」
「……わたし?」
「そう。私ほどまで行っちゃうと……戻すの大変だから。気を付けてね」
「聞いてたんだ」
「お母さんから、この前電話で聞いたよ。私と同じで……目まい大変なんでしょ」
驚いた。お母さんには目まいのことは……内緒にしてたのに。
「え? お母さんが言ってたの?」
「ははっ……違うよ。予想」
「……予想?」
「うん。たぶん、同じなんだろうなって」
「……」
「メニエール病っていう所まで行っちゃうと……本当に大変だから。自分を大切にしてあげてね」
「……うん」
見渡す限りの森。そしてどこまでも続く青い空。
わたしの頭の中……そして心を癒してくれているように感じた。気持ち良い。
家に戻ると、昨日とは違って、ペペちゃん達のお出迎えは無かった。
「あれ……? どこ行っちゃったんだろ」
「どっかお散歩してるんじゃない?」
お米と野菜を、窓から家の中に運び入れる。
「どっか行っちゃわないの? あの子達」
「今のところはね」
「えー……何それ」
その時、ぬっと家の脇からハチくんが姿を現した。
「あー! ハチくんー。ただいまー」
「にゃーん!」
「すっかり気に入られたみたいね。雪乃ちゃん」
「えへへ……わたしも好きになっちゃった」
「ちょっとお散歩、付き合ってあげたら良いよ。この子たちも……雪乃ちゃんと外で遊びたいんじゃないかな」
じっとわたしを見つめていたハチくんは、おばちゃんの言葉を理解しているかのように、ゆっくりと家の周りを歩き出した。
「ふふ……付いていったら?」
そう言い残し、おばちゃんは家の中へと入っていった。
「えっ……? あっ……ちょっと待ってよ……」
わたしもゆっくりと立ち上がり、ハチくんの後を追った。
ハチくんは尻尾をゆらゆらと揺らしながら、生えているたくさんの草をクンクンと匂いのチェックをしている。特に行くあても無い感じで……。
「……ねえ? あなた、どこ行くの?」
「にゃぁー」
「お散歩、好きなの?」
「……にゃっ!」
わたしの膝に、頭をコツンとぶつけると、そのまま草に沿って歩き出して行った。



