【柱】帝都・久遠家本邸・午前

【ト書き】
久遠家の大広間には、朝日が鏡面のような白磁の床を照らし、反射した光が天井まで揺らめいている。
花弁模様の欄間から光が落ちていた。
その中心に立つのは——
久遠家の長女、紫苑。
薄紫の衣を揺らし、長い黒髪は絹のように艶やかで、誰もが振り返る美貌を持っていた。
だが、瞳は冷たく、鋭い。

侍女「紫苑様……お加減はいかがでございますか?」

紫苑(微笑みながら、しかし目は冷たい)「ええ。とても元気よ。……ただね、少しだけ。気になる話を耳にしたの」

【ト書き】
紫苑はゆらりと扇を開き、唇を隠す。

紫苑(心の声)「朧月皇子が……山奥の小屋で一夜を過ごした……?しかも……誰かに助けられたですって……?誰……?誰が、皇子様を……?」

【ト書き】
隣に控えていた侍女が、視線を泳がせる。

侍女「宮中の間では……雪の姫が皇子様を救ったと……囁かれております」

紫苑(扇をぱたりと閉じ、低く)「——雪の姫?……もしかして、あの娘?」

【ト書き】
紫苑の瞳が射抜くように細められる。

紫苑(心の声)「雪沙……あの娘の名前を聞くだけで……胸がざわつく。父の妾腹の子。声を奪われ、山に閉じ込められている、あの……役立たず。そんな娘が——皇子様を?」

【ト書き】
紫苑は庭に目を向ける。

紫苑(心の声)「皇子妃として最も相応しいのは、この私。帝都の誰もが知っているし、皇子様だって……そう思っているはず。なのに……雪の姫などという妙な噂が出るなんて……許せない」

【柱】久遠家・紫苑の私室・昼

【ト書き】
紫苑の私室は紫の香木が焚かれ、淡い香りが漂っている。
金糸の刺繍が施された寝台、宝石の散る鏡台。
紫苑は侍女たちを呼びつけ、細い指をくいと曲げた。
ただそれだけで、全員が凍りつく。

紫苑「朧月皇子が山で倒れ……誰かの家で夜を明かした?ふふ……随分と親切なことね。もし、その相手が、あの娘だったのなら……そのあとに私が望むことも、理解しているわね?」

侍女たち「は、はいっ……!」

【ト書き】侍女たちは怯えたように慌てて走り出す。

【ト書き】
紫苑は扇を閉じ、胸元に当てて微笑む。
だがその笑みは、決して温かくない。

紫苑(心の声)「皇子様が……あの娘なんかに救われた?そんなこと、あるはずがない……あってはならない……!」

【ト書き】
紫苑は鏡に映る自分を見つめ、ゆっくりと笑う。

紫苑「思い出させてあげるわ。雪沙……あなたは呪われた娘だということをね。私と同じ舞台に立つ資格なんて……ありえない」

【柱】帝都・街中・昼

【ト書き】
市場には人々のざわめきが満ちている。
色鮮やかな果物を売る声、鍛冶屋の打つ金属音、子どもたちの笑い声。

侍女(小声で)「聞いた?雪の姫は……呪われているらしいのよ」

行商人「呪い……?」

侍女「幼い頃から不吉な声を持っていて……声を封じる呪符を貼られたんだとか。声なき娘とも呼ばれているらしいわ」

書簡師「そんな娘が……皇子様を助けたと?」

侍女(意味ありげな微笑で)「まぁ……どうでしょうね。山奥には……いろんな噂がありますもの」

【ト書き】
噂は静かに広がっていく。

【柱】久遠家・庭園・夕刻

【ト書き】
夕陽が屋敷の庭を黄金色に染めている。
白梅が満開で、甘い香りが風に乗って漂う。
紫苑は白梅の木の前に立ち、長い髪を風に揺らしながら空を見上げる。

紫苑(心の声)「皇子様が選ぶのは……私。誰よりも美しく、誰よりも賢い私が、誰よりも皇子妃にふさわしい。……そのはずなのに……」

【ト書き】
白梅がぱらり、と散る。
紫苑の瞳が鋭く輝く。

紫苑「雪沙。あなたを……呪われた娘として葬るのは……簡単よ」

【ト書き】
風が吹き、梅の花片が舞う。
その景色の中で、紫苑は静かに目を細めた。

紫苑(心の声)「あなたなんかに……皇子様を渡すつもりはない。たとえ……どんな手を使ってでも」