【柱】雪の里・雪沙の祖母の家・雪の夜(回想・数十年前)

【ト書き】
幼い雪沙は祖母の膝の上で、白い息をはしゃぐように吐いて笑っていた。
囲炉裏の火が弾け、外はしんしんと雪が降り積もっている。

祖母(目尻に皺を寄せ、優しく)「雪沙や……よくお聞き。お前には雪霊の血が流れとる。雪霊が呼べる……特別な声じゃよ」

幼い雪沙「せつれいのち……?」

祖母「そうじゃ。その声は祝福でもあり、刃にもなるほど強い。けれど……心が澄んでいれば、精霊はお前を守ってくれる」

【ト書き】
幼い雪沙は嬉しそうに笑い、ふわりと歌い始めた。

幼い雪沙「ゆき……ゆき……しろく……」

【ト書き】
その瞬間、空気がきらめき始めた。
白い光の粒がふわりと舞い、雪沙の小さな手にそっと触れる。

幼い雪沙「……きれい……!」

祖母(涙ぐみながら)「これが……雪霊だよ。お前の声に応えて……舞い降りてきたんじゃ……」

【ト書き】
祖母は雪沙を抱きしめ、震える声で言った。

祖母「雪沙……この声を……誰にも傷つけさせちゃいけんよ……。絶対に……」

【柱】雪の里・雪沙の祖母の家・昼(雪沙の祖母の葬儀の場)

【ト書き】
雪沙の祖母の葬儀の場面。
義母・蘭江は幼い雪沙を冷え切った眼差しで見下ろす。

蘭江(嫌悪を隠さず)「その声……聞くたびに不吉なものが寄ってくる。まるで呪いのようね」

【ト書き】
雪沙は怯えて後ずさるが、蘭江は素早く顎をつかんだ。

蘭江「黙って生きなさい。喋らなければ……我が家の恥にならないわ」

【ト書き】
蘭江は薄い札を取り出し、呪文を唱えた。
——ビリッ……!
紙札が雪沙の喉に貼りつき、焼けるような痛みが走る。

幼い雪沙「っ……ぁ……!」

蘭江「今日から……声なき娘。それがあなたの名よ」

【ナレーション】
その日から、雪沙は声を失った。

(回想シーン終了)

【柱】山荘・朝(2話続きの場面)

【ト書き】
雪沙は震える指で紙を皇子に差し出し終え、炭筆をそっと置いた。
皇子はしばらく沈黙し、手の中の紙を見つめ続けた。
やがて、静かな怒りと哀しみを宿した瞳で、雪沙を見る。

朧月皇子(深い、穏やかだが揺るがぬ声で)「……お前が……どれほどのものを奪われてきたか……。考えるだけで胸が痛む」

雪沙(心の声)「そんなふうに言わないで……。私……もう慣れてしまったのに……。でも……嬉しい……」

朧月皇子「お前の歌は……救う力だ。呪いなどではない。誰にも封じさせてはならない」

【ト書き】
皇子はそっと手を伸ばし、雪沙の肩に置く。

朧月皇子「必ず……また会いに来る。その声を……もう二度と誰にも奪わせない。約束だ」

【ト書き】
雪沙の胸が熱くなり、涙が溢れそうになる。

雪沙(心の声)「……また……会える……?彼が……私の声を……守ってくれる……?そんな未来……本当に……来るの……?」

【ト書き】
皇子、雪沙の目を見ながら。

朧月皇子(静かだが、確かな響きを持つ声で)「……名乗っていなかったな。私は朧月(ろうげつ)。この帝国の第一皇子だ。外遊先から都へ戻る途中、病が悪化し、その隙をつかれて刺客に狙われ、従者とはぐれた。あの吹雪の夜、あなたがいなければ……私は命を落としていた。……助かったのは、間違いなくあなたのおかげだ。ありがとう、雪沙」

【ト書き】
雪沙の瞳が大きく揺れ、息を呑む。
皇子はゆるやかに扉を開け、冷気を一身に浴びながら雪原へ踏み出す。
白い光が彼の黒い外套に降り注ぎ、背中が少しずつ遠ざかっていく。
雪沙はその姿が見えなくなるまで、ただ静かに見つめ続けた。