【柱】北の国・雪に閉ざされた山荘・昼
【ト書き】
雪は途切れることなく降り積もっている。
山荘の屋根は厚い雪に覆われている。
雪沙は薄い毛皮を肩にかけ、凍える指先で軒下に吊るした薬草の束を一本一本たしかめている。
雪沙(心の声)「……まだ、足りない。これじゃ冬越しには不安」
【ト書き】
声に出さず、心の中だけで呟いた瞬間、喉に埋め込まれたように貼られた呪符が、ちり、と痛む。
雪沙(心の声)
「……この呪符、まだ痛む……。あの日、義母上の指が私の喉に触れた感触……ずっと忘れられない。私の声には雪霊を呼ぶ力があるから……そのせいで、私は……」
【ト書き】
雪沙は天に向かって息を吐く。白い霧がふわりと舞い上がる。
雪沙(心の声)「……雪、止まないな。今日も街道まで降りるのは無理そう」
【ト書き】
風が唸り、古い窓枠がみしりと軋む。
ガタンッ、と激しい音が扉の外で響く。
雪沙はびくりと肩を震わせ、凍りつくように振り返る。
雪沙(心の声)「……また?」
【ト書き】
雪沙は慎重に扉に近づき、きしむ音を立てながら扉を開ける。
外の木箱がひっくり返され、干しておいた保存肉が雪の中に散乱している。
雪沙(心の声)「……義母上の命で、いつも食糧を隠したり、薪をどこかへ持っていったり、薬草を踏みつけたり……この雪国じゃ、それが命取りになるのに……」
【ト書き】
雪沙は膝をつき、冷気で痛む指先で肉を拾い集める。
雪沙(心の声)「……拾わないと、もう使えなくなる」
【ト書き】
雪沙は肩に積もった雪を払い、小さく息を吸い込む。
雪沙(心の声)「いつまで続くんだろう……」
【柱】同日・山荘・夜(吹雪)
【ト書き】
ゴオオオォォ——ッ!
吹雪が山荘を襲い、扉の隙間から吹き込む雪で焚き火が何度も揺らぐ。
雪沙「……っ」
【ト書き】
雪沙は身を丸める。
外は地獄のような吹雪。
——ドサッ。
突然、重いものが雪の上に倒れ込む音がする。
雪沙は思わず息を呑む。
雪沙(心の声)「……え、なに?」
【ト書き】
雪沙は毛皮を肩から羽織り、小さく頷いて扉に手をかける。
外に出た途端、視界は白い暴風の中で霞み、前がほとんど見えない。
雪沙「……っ」
【ト書き】
耳を塞ぎたくなるほどの吹雪の音。
雪沙は両腕で身を抱くようにしながら、一歩、また一歩と外へ踏み出していく。
やがて、かすかな黒い影が視界に映る。
雪沙(心の声)「……人?」
【ト書き】
雪の中、誰かが倒れている。
雪に埋もれかけ、身体の輪郭さえ見えにくい。
雪沙「……!」
【ト書き】
雪沙は駆け寄り、必死に積もった雪を払い落とす。
その下から現れたのは黒い衣をまとった青年。
血の気が失われ、唇からかすかな血が流れ落ちている。
近くで見ると、その顔立ちは息を呑むほど美しい。
月の淡い光を浴びたような肌に、凍てついた睫が影をつくっている。
雪沙(心の声)「……このままじゃ……死んでしまう」
【ト書き】
雪沙は凍える指先で彼の身体を支えながら引きずり、山荘へと戻る。
【柱】同日・山荘内・焚き火の前・夜
【ト書き】
屋内に入ると、雪沙は青年を焚き火の前に寝かせる。
青年は苦しげに胸を押さえ、喉から荒い息を漏らしている。
青年「……ま、た……これか……月影の……呪いが……」
【ト書き】
その言葉に、雪沙は息を飲む。
雪沙(心の声)「……月影の呪い。黒い影が胸を締めつけて、最後には心臓まで……。たしか、朧月皇子様が患っているって……山奥の私のところにさえ噂が届いている」
【ト書き】
青年は苦しみに顔を歪め、胸を押さえたまま荒い呼吸を繰り返す。
雪沙は反射的に、青年の手を両手で包み込む。
——ひたり、と。
胸を締めつけていた黒い影のような気配が、すうっと消えていく。
雪沙「……え……?」
【ト書き】
青年の呼吸が急に落ち着き、さっきまで死の淵にいたはずの苦しみが嘘のように薄らぐ。
それと同時に——雪沙の喉奥が、焼けつくように熱を帯びる。
蘭江の呪符が震え、封じられていた声が奥底からこぼれ落ちようとする。
雪沙「……っ、ぁ……」
【ト書き】
微かな声が漏れ、雪沙はその事実に戸惑っている。
青年はその声に反応したように、まぶたを震わせ——ゆっくりと目を開く。
深い夜を閉じ込めたような双眸。
その視線が、まっすぐに雪沙を捉える。
青年「……お前は……誰だ……?」
【ト書き】
弱々しい声。
雪沙は震えながら首を振る。
雪沙(心の声)「……だめ……十年も声が出せなかったから……上手く出てこない」
【ト書き】
青年は彼女の様子を見て、微かに眉を緩める。
青年「……不思議だ……。さっきまで……息ができなかったのに……苦しみが……消えた……」
【ナレーション】
この瞬間が、ふたりの運命を大きく動かしたことを——
雪沙はまだ知らない。
【ト書き】
雪は途切れることなく降り積もっている。
山荘の屋根は厚い雪に覆われている。
雪沙は薄い毛皮を肩にかけ、凍える指先で軒下に吊るした薬草の束を一本一本たしかめている。
雪沙(心の声)「……まだ、足りない。これじゃ冬越しには不安」
【ト書き】
声に出さず、心の中だけで呟いた瞬間、喉に埋め込まれたように貼られた呪符が、ちり、と痛む。
雪沙(心の声)
「……この呪符、まだ痛む……。あの日、義母上の指が私の喉に触れた感触……ずっと忘れられない。私の声には雪霊を呼ぶ力があるから……そのせいで、私は……」
【ト書き】
雪沙は天に向かって息を吐く。白い霧がふわりと舞い上がる。
雪沙(心の声)「……雪、止まないな。今日も街道まで降りるのは無理そう」
【ト書き】
風が唸り、古い窓枠がみしりと軋む。
ガタンッ、と激しい音が扉の外で響く。
雪沙はびくりと肩を震わせ、凍りつくように振り返る。
雪沙(心の声)「……また?」
【ト書き】
雪沙は慎重に扉に近づき、きしむ音を立てながら扉を開ける。
外の木箱がひっくり返され、干しておいた保存肉が雪の中に散乱している。
雪沙(心の声)「……義母上の命で、いつも食糧を隠したり、薪をどこかへ持っていったり、薬草を踏みつけたり……この雪国じゃ、それが命取りになるのに……」
【ト書き】
雪沙は膝をつき、冷気で痛む指先で肉を拾い集める。
雪沙(心の声)「……拾わないと、もう使えなくなる」
【ト書き】
雪沙は肩に積もった雪を払い、小さく息を吸い込む。
雪沙(心の声)「いつまで続くんだろう……」
【柱】同日・山荘・夜(吹雪)
【ト書き】
ゴオオオォォ——ッ!
吹雪が山荘を襲い、扉の隙間から吹き込む雪で焚き火が何度も揺らぐ。
雪沙「……っ」
【ト書き】
雪沙は身を丸める。
外は地獄のような吹雪。
——ドサッ。
突然、重いものが雪の上に倒れ込む音がする。
雪沙は思わず息を呑む。
雪沙(心の声)「……え、なに?」
【ト書き】
雪沙は毛皮を肩から羽織り、小さく頷いて扉に手をかける。
外に出た途端、視界は白い暴風の中で霞み、前がほとんど見えない。
雪沙「……っ」
【ト書き】
耳を塞ぎたくなるほどの吹雪の音。
雪沙は両腕で身を抱くようにしながら、一歩、また一歩と外へ踏み出していく。
やがて、かすかな黒い影が視界に映る。
雪沙(心の声)「……人?」
【ト書き】
雪の中、誰かが倒れている。
雪に埋もれかけ、身体の輪郭さえ見えにくい。
雪沙「……!」
【ト書き】
雪沙は駆け寄り、必死に積もった雪を払い落とす。
その下から現れたのは黒い衣をまとった青年。
血の気が失われ、唇からかすかな血が流れ落ちている。
近くで見ると、その顔立ちは息を呑むほど美しい。
月の淡い光を浴びたような肌に、凍てついた睫が影をつくっている。
雪沙(心の声)「……このままじゃ……死んでしまう」
【ト書き】
雪沙は凍える指先で彼の身体を支えながら引きずり、山荘へと戻る。
【柱】同日・山荘内・焚き火の前・夜
【ト書き】
屋内に入ると、雪沙は青年を焚き火の前に寝かせる。
青年は苦しげに胸を押さえ、喉から荒い息を漏らしている。
青年「……ま、た……これか……月影の……呪いが……」
【ト書き】
その言葉に、雪沙は息を飲む。
雪沙(心の声)「……月影の呪い。黒い影が胸を締めつけて、最後には心臓まで……。たしか、朧月皇子様が患っているって……山奥の私のところにさえ噂が届いている」
【ト書き】
青年は苦しみに顔を歪め、胸を押さえたまま荒い呼吸を繰り返す。
雪沙は反射的に、青年の手を両手で包み込む。
——ひたり、と。
胸を締めつけていた黒い影のような気配が、すうっと消えていく。
雪沙「……え……?」
【ト書き】
青年の呼吸が急に落ち着き、さっきまで死の淵にいたはずの苦しみが嘘のように薄らぐ。
それと同時に——雪沙の喉奥が、焼けつくように熱を帯びる。
蘭江の呪符が震え、封じられていた声が奥底からこぼれ落ちようとする。
雪沙「……っ、ぁ……」
【ト書き】
微かな声が漏れ、雪沙はその事実に戸惑っている。
青年はその声に反応したように、まぶたを震わせ——ゆっくりと目を開く。
深い夜を閉じ込めたような双眸。
その視線が、まっすぐに雪沙を捉える。
青年「……お前は……誰だ……?」
【ト書き】
弱々しい声。
雪沙は震えながら首を振る。
雪沙(心の声)「……だめ……十年も声が出せなかったから……上手く出てこない」
【ト書き】
青年は彼女の様子を見て、微かに眉を緩める。
青年「……不思議だ……。さっきまで……息ができなかったのに……苦しみが……消えた……」
【ナレーション】
この瞬間が、ふたりの運命を大きく動かしたことを——
雪沙はまだ知らない。



