艶やかな黒い毛。凛とした立ち姿。ねこじゃらしのような細く太い尻尾。まさにわたしがイメージする黒猫そのもの。
切れ目ではなく、人間のように丸く見開いた目。くりくりっとしている。まるで漫画の世界から飛び出してきたかのようだった。
「やっと落ち着いてきたみたいだね」
胸の鼓動もようやく落ち着いてきた。
「……うん。まだ、びっくりはしているけどね……」
「……まぁ、そうだよね。無理もないよ。座ったら?」
わたしは驚きのあまり崩してしまった本を、元の位置に積み直してから、椅子に座った。
「それにしても……猫がしゃべってるなんて……」
「ははっ! じきに慣れると思うよ」
「……そうだと良いけど」
「香織ちゃんのこと、いつも見てたよ」
「えっ?」
「あれ? 僕が庭に来てるの……気付いてたんじゃないの?」
(そういうことか……だから、いつも庭にいたんだ……)
「知ってたよ。……てか、わたしを見てたの?」
「そう。いつお話しようかなぁって」
「探ってたんだ」
「まぁ、そういうことになるかな」
冷静に考えてみると……もの凄い話だなと思う。しゃべる黒猫が……庭をうろついて、いつわたしと話をするのか探ってた……?誰かに言っても、きっと信じてもらえない。
……そもそも言う相手もいないんだけど。
「で、本題なんだけど」
そう言うと、黒猫くんはピョン!とベランダから部屋の中に入り、わたしのベッドにドサッと座り込んだ。
「……何? 本題って」
「うーん」
「てかさ、そもそも何で、わたしに話をしたがってたのよ?」
「知りたい?」
「……そりゃ、知りたいに決まってるじゃない」
「香織ちゃんの顔」
「顔? わたしの?」
「そう。顔」
わたしは両手で自分の顔をぺとっと覆った。別に何か付いているわけでもない。
「つまらなそうな顔して、空を見てたから」
わたしははっとした。いつも家の中のこと、そして学校のことをぼんやりと考えながら、空を見つめていたから。感情を味わってしまうと……泣いてしまいそうだったから。わたしは、どんな顔をしていたんだろう?
「……そんな顔、してたんだ。わたし」
「そうだね。そんな顔してたね」
「……そう」
「うん」
黒猫くんは、わたしの方をじっと見つめたまま。
「で? そんなつまらなさそうなわたしに……しゃべる黒猫が何の用なの?」
「……」
さっきまで流暢にしゃべっていた黒猫くんが、ピタリを動くのを止めた。
「3回」
「えっ?」
「3回だよ」
「……何が、3回なのよ」
すぅーっと軽く息を吸い込んで、黒猫くんは言った。
「3回だけ……君はやり直すことができる」
「やり直すことが……できる? 何よそれ」
「香織ちゃんは、鈍いね」
「はぁっ?」
「僕の思った通りだ」
「……失礼ね」
にやにやと笑っているようにも見える。猫だから……笑うわけはないと思うけれど。
「嫌なことがあったんでしょ? これまでに」
「……」
「やり直せるって言ってるんだよ」
「……えっ? 本当……?」
じっとわたしを見つめる黒猫くん。少し間を置いてから、呟くように言う。
「そう」
「やり直せる」
今度はわたしが動けなくなってしまった。本当なの?そんなことがあるの?……胡散臭い気もするけれど……しゃべっている猫が目の前にいる時点で……誰かの魔法に掛かっているのかも知れない。
「それ……本当なの……?」
「うん。疑り深くなったんだ」
「そんなの……当たり前でしょ……そもそも猫がしゃべるのがおかしいんだから」
「まぁ、確かに。そっか」
くりっとした目が天井に向いた。
「で? どうする? やり直すの?」
「……やり直したい」
「そう来なくっちゃ」
頭の中を色々なできごとが駆け巡る。
弟のこと――
真衣ちゃんのこと――
最近喧嘩が多い、お父さんとお母さんのこと――
本当にやり直すことができるのだろうか?昔みたいに……楽しく、笑って毎日が過ごせるのだろうか……?色々な想いがぐるぐると目まぐるしく浮かんでは、消える。
「やるっ! やるよ。わたし!」
「うんうん。オーケー! ……ただし」
「……えっ?」
「3回。3回までなんだ」
「やり直すことができるのは」
「……さっき聞いたわよ。それ」
「で、もう1つある」
「えっ? 何?」
「3分間だけ。やり直すことができるのは3分だけなんだ」
黒猫くんは言い終わると、にこっと微笑んだように見えた。
「まぁ……今日はこの辺で帰るよ」
「あっ……ちょっと……」
「また来るね」
そう言い残すと、ベランダからピョンと木へと飛び移り、闇夜に消えていった。
(何なの今の……本当なの?)
短い間に色々あり過ぎて……狐につままれたようだった。
気が付けば、鈴虫たちの演奏会はとっくに閉演していて、月明かりだけがやたら眩しく映った。
切れ目ではなく、人間のように丸く見開いた目。くりくりっとしている。まるで漫画の世界から飛び出してきたかのようだった。
「やっと落ち着いてきたみたいだね」
胸の鼓動もようやく落ち着いてきた。
「……うん。まだ、びっくりはしているけどね……」
「……まぁ、そうだよね。無理もないよ。座ったら?」
わたしは驚きのあまり崩してしまった本を、元の位置に積み直してから、椅子に座った。
「それにしても……猫がしゃべってるなんて……」
「ははっ! じきに慣れると思うよ」
「……そうだと良いけど」
「香織ちゃんのこと、いつも見てたよ」
「えっ?」
「あれ? 僕が庭に来てるの……気付いてたんじゃないの?」
(そういうことか……だから、いつも庭にいたんだ……)
「知ってたよ。……てか、わたしを見てたの?」
「そう。いつお話しようかなぁって」
「探ってたんだ」
「まぁ、そういうことになるかな」
冷静に考えてみると……もの凄い話だなと思う。しゃべる黒猫が……庭をうろついて、いつわたしと話をするのか探ってた……?誰かに言っても、きっと信じてもらえない。
……そもそも言う相手もいないんだけど。
「で、本題なんだけど」
そう言うと、黒猫くんはピョン!とベランダから部屋の中に入り、わたしのベッドにドサッと座り込んだ。
「……何? 本題って」
「うーん」
「てかさ、そもそも何で、わたしに話をしたがってたのよ?」
「知りたい?」
「……そりゃ、知りたいに決まってるじゃない」
「香織ちゃんの顔」
「顔? わたしの?」
「そう。顔」
わたしは両手で自分の顔をぺとっと覆った。別に何か付いているわけでもない。
「つまらなそうな顔して、空を見てたから」
わたしははっとした。いつも家の中のこと、そして学校のことをぼんやりと考えながら、空を見つめていたから。感情を味わってしまうと……泣いてしまいそうだったから。わたしは、どんな顔をしていたんだろう?
「……そんな顔、してたんだ。わたし」
「そうだね。そんな顔してたね」
「……そう」
「うん」
黒猫くんは、わたしの方をじっと見つめたまま。
「で? そんなつまらなさそうなわたしに……しゃべる黒猫が何の用なの?」
「……」
さっきまで流暢にしゃべっていた黒猫くんが、ピタリを動くのを止めた。
「3回」
「えっ?」
「3回だよ」
「……何が、3回なのよ」
すぅーっと軽く息を吸い込んで、黒猫くんは言った。
「3回だけ……君はやり直すことができる」
「やり直すことが……できる? 何よそれ」
「香織ちゃんは、鈍いね」
「はぁっ?」
「僕の思った通りだ」
「……失礼ね」
にやにやと笑っているようにも見える。猫だから……笑うわけはないと思うけれど。
「嫌なことがあったんでしょ? これまでに」
「……」
「やり直せるって言ってるんだよ」
「……えっ? 本当……?」
じっとわたしを見つめる黒猫くん。少し間を置いてから、呟くように言う。
「そう」
「やり直せる」
今度はわたしが動けなくなってしまった。本当なの?そんなことがあるの?……胡散臭い気もするけれど……しゃべっている猫が目の前にいる時点で……誰かの魔法に掛かっているのかも知れない。
「それ……本当なの……?」
「うん。疑り深くなったんだ」
「そんなの……当たり前でしょ……そもそも猫がしゃべるのがおかしいんだから」
「まぁ、確かに。そっか」
くりっとした目が天井に向いた。
「で? どうする? やり直すの?」
「……やり直したい」
「そう来なくっちゃ」
頭の中を色々なできごとが駆け巡る。
弟のこと――
真衣ちゃんのこと――
最近喧嘩が多い、お父さんとお母さんのこと――
本当にやり直すことができるのだろうか?昔みたいに……楽しく、笑って毎日が過ごせるのだろうか……?色々な想いがぐるぐると目まぐるしく浮かんでは、消える。
「やるっ! やるよ。わたし!」
「うんうん。オーケー! ……ただし」
「……えっ?」
「3回。3回までなんだ」
「やり直すことができるのは」
「……さっき聞いたわよ。それ」
「で、もう1つある」
「えっ? 何?」
「3分間だけ。やり直すことができるのは3分だけなんだ」
黒猫くんは言い終わると、にこっと微笑んだように見えた。
「まぁ……今日はこの辺で帰るよ」
「あっ……ちょっと……」
「また来るね」
そう言い残すと、ベランダからピョンと木へと飛び移り、闇夜に消えていった。
(何なの今の……本当なの?)
短い間に色々あり過ぎて……狐につままれたようだった。
気が付けば、鈴虫たちの演奏会はとっくに閉演していて、月明かりだけがやたら眩しく映った。



