「ばいばーい」
「また明日ねー! ばいばーい!」
終業の時間はわたしが一番落ち着く瞬間の一つ。クラスが賑やかに笑顔で揺れる中、わたしは荷物を鞄に詰め込む。

口をへの字にしてしまうと、女子たちの思うつぼ。口角を少し上げて荷物を片付けるのは……わずかばかりの抵抗。

「ははっ……猫のキーホルダーだって」
「……だっさ」

真衣ちゃんたちが鼻で笑いながら、教室を出ていった。

(……)

もうだいぶ慣れたとはいえ……特に真衣ちゃんからの言葉は、まだまだ心に突き刺さる。本当は教室の前に言って「何よ!!」と腹の底から叫びたいけれど……わたしにそんな勇気はない。次の日から間違いなく、学校へ行けなくなってしまうから。

「でさぁー……」
「……なんだよねー」
「え! 本当に……なの?」

家路につく時も、前後左右に細心の注意を払わなくてはいけない。同級生の会話が耳に入らないように、絶妙に距離を保ちつつ歩く。特に信号待ちの時は、苦労する。

(ふぅー……)

わたしは学校に何をしに行っているんだろう?と時々思う。昔、お父さんが「仕事か……面倒くせぇな」と言っていたことがあったけれど、わたしの気持ちと同じだったのかな。

「ただいま」
ちらりと玄関の足元に目をやると、泥だらけの靴が1足。

どうやら帰ってきているらしい。リビングに向かうと、お笑い番組でも見ているのか、笑い声が聞こえてくる。

「健二」
「……」
「健二ってば」
「……何だよ」
「いるなら、何か言いなさいよ」
「うるせえなぁ……」
「……」

はぁとため息をつき、わたしは2階へと上がった。

弟の健二は小学6年生。お父さんやお母さんに対して急に反抗的な態度になった。……わたしにも。「あいつも反抗期に入ったのか」とお父さんが言っていたけれど……他に何か理由があるのかは分からない。

2階には部屋が2つある。手前の少し大きい部屋が、わたしと健二の部屋。2年前に工事をしてくれて壁が付いたから、今は2つに分かれている。そして奥の部屋はお兄ちゃんの部屋。

もう2年間ほど、ずっと引き籠ってしまっている。お母さんがご飯を部屋の前に持っていく。お風呂とかどうしているんだろう?と思うけれど、きっとわたしたちの知らない時に入っているんだと思う。……1年以上、わたしはお兄ちゃんの顔を見ていない。

いつからわたしの人生は、こんなになっちゃんだろう?
どうして……こうなってしまったんだろう――
ギイとドアを開いて、わたしはカバンをベッドの横に放り投げた。