黒猫が入ってきたであろう窓。猫の体ぶんだけ開いていて、涼しい風がわたしの髪を揺らす。その間も目の前の黒猫は……微動だにしない。

「ちなみに」
ようやく黒猫が口を開いた。

「戻すこと、できるよ」
「……えっ? 戻す……?」
「うん。そう。今までのことを無かったことにできるってこと」
「……」
「どうする?」
「何で? せっかく……せっかくみんなと昔みたいにやっていけるのに?」
「それって、本当にそうなの?」
「え? ……どういうことよ」
「だってさ、君はこの後……『気付かれなく』なっていくんだよ?」
「……」
「お父さんにだって、お母さんにだって。健二にだって……もちろん真衣ちゃんにもだ」
「……止めてってば!」

確かにそうだ。今のところは、そこまで大したことになっていない。でも……今後はどうなっていくのか、わたしには分からない。もちろん目の前の黒猫にも。

「前に戻ればさ、『気付かれない』ことはないでしょ」
「まぁ……そうだけど……」
「砂時計」
「えっ? 砂時計が何よ……」
「砂時計。それをひっくり返せばいい」
「どういうこと?」
「今回使ったのと同じ人の前で……もう一度使えば良いんだ」
「そしたら戻るってこと?」
「そう。戻る」

淡々と黒猫は説明した。
お父さんやお母さんに健二。そして真衣ちゃん……みんなの前でもう一度砂時計を握れば……これからの未来、わたしは気付いてもらえるってことか……。

(でも……)

真衣ちゃんたちに無視されたり、冷たい言葉を浴びせられたり……お父さんたちが喧嘩をしていたりする毎日に戻るんだ……それも嫌だな……

「どうするの?」
「今のままが……良いかな……」
「ふぅん。そう」
「やっていけんの?」
「……前の方が、もっと嫌だもん」
「ふーん」

またお互いに無言になった。今までの人生のことを考えると……呼吸が苦しくなる。もちろん、それを作ってしまったのは、わたしのせい。それは分かっているけど……

「あー……もう……」
「悩んでるね。どうしたの」
「そんなの……決まってるじゃない。これからどうなるのかってこと」
「どうなるのかって?」
「さっき言ってたことよ。気付かれなくなるのって……どこまで何だろうって」
「……」

「あのさ」
「何」
「……」
「だから何よ。もったいぶらないで早く言ってよ」

じっとわたしの目を見つめながら、悲しそうに黒猫は言った。

「もう……分かってるんじゃないの?」
「気付かれないと……どんな感じになるかってこと」

わたしはまた、頭の中が真っ白になった。予想した内容と全然違ったから。