「上手く行ってるみたいだね」
「うわっ! ビックリした……」
部屋に入ると、黒猫がわたしを出迎えてくれた。机の上で、くあぁぁ……とあくびをしている。
「……ちょっと……どこから入ったのよ」
いぶかし気に黒猫を見るわたしに、「あそこだよ」と指し示したのは窓だった。
「ちょっと開いてたよ?」
「あっ……」
「気を付けなよ? 入ってきたのが僕で良かったよ」
そう言うと、ぴょんとベッドに飛び移る。最近お気に入りの定位置らしい。
「ま、でも良かったじゃん。また仲良くなれて」
「真衣ちゃんのこと?」
「そう。だって表情……全然違うよ?」
「そんなに違う?」
「うん。別人みたい」
「……そっか」
いつもは窓の外をぼんやりと見て、感情を殺す毎日だった。考えてしまうと、後悔ばかりして涙がこぼれてしまうから。
「どう……? 砂時計は」
「これ……すっごいねぇ」
「でしょ。凄いんだよ。それ」
「でも……残り1回か」
「……」
「ね、そういえば……聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何?」
わたしはカバンを床に放っぽり投げて、砂時計を机の上に置く。
「何かさ……様子が違うっていうか」
「……様子?」
「そう。みんなの様子。上手く言えないんだけど……無視されてるわけじゃないんだけど……」
「……」
「あれ? わたしのこと……気付いてる? みたいなことが増えた気がする」
「……」
「これってさ、気のせいなのかな」
「……気付いちゃった?」
「えっ?」
ベッドの上に、カカカカカカ……ッッ……と後ろ足で耳をかく。首をブルルルルル……!と回転させて、じっとわたしを見つめる。
「それが、『消える』ってことだよ」
「えっ?」
「僕、言ったよね。忘れちゃったの?」
そうだ。確かに黒猫は言っていた。砂時計を使うと「君は消えていく」って。最初は意味が分からなかったし、それに前回わたしが聞いた時……「まぁ使ってみれば分かる」って言ってたから。それほど深くは考えていなかった。
「消えるって……そういうことなの?」
「そう。君の話を聞いてると、まだそこまで重くは無さそうだけどね」
「……」
「段々、消えていく。みんなの前からね」
「……えっ?」
「どうする。残り1回。まだあるんでしょ?」
いつもは好奇の目でわたしのことを見つめる黒猫……。でも今は、とても真剣な表情に見える。
「何よ……最後、死んじゃうの? わたし」
「死にはしないよ。『いなくなる』だけだ」
「何よそれ……」
消沈気味にわたしに、黒猫がゆっくりと語りかけた。
「でも君は、人生を大きく変えることができたんだろ」
「どっちが良いんだよ」
「真衣ちゃんをはじめ、女子全員に嫌われてしまっていた君」
「真衣ちゃん達に、嫌われはしないけど、気付かれない君」
「どっちが良い?」
あまりの衝撃で言葉が出ない。毎日毎日……色々あり過ぎて、理解が全く追い付かない。今だって……よく分からないけど思考が止まってしまっている。
「ねえ」
「何?」
「これってさ……もっと酷くなっていくものなの?」
「さあ」
「さあって……無責任ね……」
「違うよ。分からないんだ」
「……分からない?」
「うん。考えてくれよ。誰だって使えるものじゃないんだよ? それ」
「……まあ、確かに」
「それに僕は魔女の使いじゃない」
「はぁ?」
「すべての人の所に……僕は行ってるわけじゃないんだ」
「……そう」
「うん。だから『分からない』としか言えない」
悩む。黒猫の言う通り、これまでのわたしは、「やらかしの人生」を送ってきた。それが砂時計を使うと……毎日が、人生がこんなに彩豊かになったんだもん。
「これってさ、2回で止めても良いの?」
「うん。良いよ。それなんだったら、もう返してもらうけど? 砂時計」
「……うん」
「どうする? ここまでにしとく?」
考え込むわたしに、黒猫はぼそりと呟いた。
「もう1回……使えば良いのに」
「えっ?」
好奇心で言ってるのではなく、心配しているような面持ちに見える……。なぜだろう?
「どういうこと……?」
「いや。まだ……使う人っていうか……香織ちゃんにはあるような気がするけどね」
「……」
「……ま、ちゃんと考えたら?」
「……うん」
「もし終わりにするなら、砂時計、返してもらうからさ」
「分かった」
「じゃね!」
トットットッ……と窓に向かってリズミカルに跳ねて、窓からぴょんと出ていった。
「あと1回か」
わたしはさっきまで黒猫がいたベッドにごろんと横になる。
「……」
「どうしようかな」
「黒猫の言ってこと……気になるな」
お父さんお母さんの仲。そして真衣ちゃん。ずっとずっと気になっていた関係。これは……砂時計を使って何とかなった。
(……健二)
小学生の頃は、あんなに一緒に遊んで……いっつも笑ってた健二。お父さんたちは「どうせ反抗期だろう」って言ってたけど……ずっと気になっている。
(本当に反抗期だからなのかな……)
それならば、放っておくのが一番なんだろうか。それに……もし使ってしまったら、わたしはさらに消えていくのか?気になる。
(わたし……最後どうなるのよ……)
黒猫も分からないらしい。「ちょっと怖いな」と思いつつ目を瞑ると、いつの間にやら眠りに落ちていた。
「うわっ! ビックリした……」
部屋に入ると、黒猫がわたしを出迎えてくれた。机の上で、くあぁぁ……とあくびをしている。
「……ちょっと……どこから入ったのよ」
いぶかし気に黒猫を見るわたしに、「あそこだよ」と指し示したのは窓だった。
「ちょっと開いてたよ?」
「あっ……」
「気を付けなよ? 入ってきたのが僕で良かったよ」
そう言うと、ぴょんとベッドに飛び移る。最近お気に入りの定位置らしい。
「ま、でも良かったじゃん。また仲良くなれて」
「真衣ちゃんのこと?」
「そう。だって表情……全然違うよ?」
「そんなに違う?」
「うん。別人みたい」
「……そっか」
いつもは窓の外をぼんやりと見て、感情を殺す毎日だった。考えてしまうと、後悔ばかりして涙がこぼれてしまうから。
「どう……? 砂時計は」
「これ……すっごいねぇ」
「でしょ。凄いんだよ。それ」
「でも……残り1回か」
「……」
「ね、そういえば……聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何?」
わたしはカバンを床に放っぽり投げて、砂時計を机の上に置く。
「何かさ……様子が違うっていうか」
「……様子?」
「そう。みんなの様子。上手く言えないんだけど……無視されてるわけじゃないんだけど……」
「……」
「あれ? わたしのこと……気付いてる? みたいなことが増えた気がする」
「……」
「これってさ、気のせいなのかな」
「……気付いちゃった?」
「えっ?」
ベッドの上に、カカカカカカ……ッッ……と後ろ足で耳をかく。首をブルルルルル……!と回転させて、じっとわたしを見つめる。
「それが、『消える』ってことだよ」
「えっ?」
「僕、言ったよね。忘れちゃったの?」
そうだ。確かに黒猫は言っていた。砂時計を使うと「君は消えていく」って。最初は意味が分からなかったし、それに前回わたしが聞いた時……「まぁ使ってみれば分かる」って言ってたから。それほど深くは考えていなかった。
「消えるって……そういうことなの?」
「そう。君の話を聞いてると、まだそこまで重くは無さそうだけどね」
「……」
「段々、消えていく。みんなの前からね」
「……えっ?」
「どうする。残り1回。まだあるんでしょ?」
いつもは好奇の目でわたしのことを見つめる黒猫……。でも今は、とても真剣な表情に見える。
「何よ……最後、死んじゃうの? わたし」
「死にはしないよ。『いなくなる』だけだ」
「何よそれ……」
消沈気味にわたしに、黒猫がゆっくりと語りかけた。
「でも君は、人生を大きく変えることができたんだろ」
「どっちが良いんだよ」
「真衣ちゃんをはじめ、女子全員に嫌われてしまっていた君」
「真衣ちゃん達に、嫌われはしないけど、気付かれない君」
「どっちが良い?」
あまりの衝撃で言葉が出ない。毎日毎日……色々あり過ぎて、理解が全く追い付かない。今だって……よく分からないけど思考が止まってしまっている。
「ねえ」
「何?」
「これってさ……もっと酷くなっていくものなの?」
「さあ」
「さあって……無責任ね……」
「違うよ。分からないんだ」
「……分からない?」
「うん。考えてくれよ。誰だって使えるものじゃないんだよ? それ」
「……まあ、確かに」
「それに僕は魔女の使いじゃない」
「はぁ?」
「すべての人の所に……僕は行ってるわけじゃないんだ」
「……そう」
「うん。だから『分からない』としか言えない」
悩む。黒猫の言う通り、これまでのわたしは、「やらかしの人生」を送ってきた。それが砂時計を使うと……毎日が、人生がこんなに彩豊かになったんだもん。
「これってさ、2回で止めても良いの?」
「うん。良いよ。それなんだったら、もう返してもらうけど? 砂時計」
「……うん」
「どうする? ここまでにしとく?」
考え込むわたしに、黒猫はぼそりと呟いた。
「もう1回……使えば良いのに」
「えっ?」
好奇心で言ってるのではなく、心配しているような面持ちに見える……。なぜだろう?
「どういうこと……?」
「いや。まだ……使う人っていうか……香織ちゃんにはあるような気がするけどね」
「……」
「……ま、ちゃんと考えたら?」
「……うん」
「もし終わりにするなら、砂時計、返してもらうからさ」
「分かった」
「じゃね!」
トットットッ……と窓に向かってリズミカルに跳ねて、窓からぴょんと出ていった。
「あと1回か」
わたしはさっきまで黒猫がいたベッドにごろんと横になる。
「……」
「どうしようかな」
「黒猫の言ってこと……気になるな」
お父さんお母さんの仲。そして真衣ちゃん。ずっとずっと気になっていた関係。これは……砂時計を使って何とかなった。
(……健二)
小学生の頃は、あんなに一緒に遊んで……いっつも笑ってた健二。お父さんたちは「どうせ反抗期だろう」って言ってたけど……ずっと気になっている。
(本当に反抗期だからなのかな……)
それならば、放っておくのが一番なんだろうか。それに……もし使ってしまったら、わたしはさらに消えていくのか?気になる。
(わたし……最後どうなるのよ……)
黒猫も分からないらしい。「ちょっと怖いな」と思いつつ目を瞑ると、いつの間にやら眠りに落ちていた。



