初デートから1週間が経ち、テスト週間が始まった。
「千賀!全教科で赤点回避だぞ!!」
「おうっ!!」
受験生とは思えない低レベルな目標を掲げた俺と西原は、たまにしか開かない教科書を机に広げる。いつになく真剣なのは、期末テストで赤点を取れば夏休み中に補習に参加しなければいけないからだ。高校生活最後の貴重な夏休みを無駄にしたくない。

 3時間目後の10分休憩で、自動販売機に行くと田中がいた。
「おつー」
「お疲れ」
小銭を入れボタンを押す俺に話題を振ってくる。
「千賀さ、陽子ちゃんと進展してる?」
「進展?」
「一昨日だっけな、陽子ちゃんと帰り道で会ったんだけど、千賀と2人で遊びたいって言ってたよー」
「またみんなで遊びたいって前も言ってたわ」
ペットボトルを取り出し、田中と教室に歩き始めた。
「違う違う。2人でって言ってたから。ここ重要だよ?念願の脈ありってやつ」
そういや、彼女候補紹介してって田中に言ったな。もう必要ねーけど。
「俺よりも西原の方がいいんじゃね?」
「西原はシホちゃん狙いじゃん。的場は相変わらず興味ゼロだし。つーか、陽子ちゃんと連絡先交換してないとか、男としてどうなの!?女の子と2人になったら即聞くでしょ!」
こいつの脳みそは女子のことしかねーのか?
「うぜぇ。そんなガツガツいくほど欲求不満じゃねーわ」

 テストの3日間は、友利と一緒に朝行くこともやめ、勉強に集中した。


 やっとテスト期間が終わり数日後、久しぶりに踊り場でサボることにした。
 スマホをいじりながらふと思う。付き合い始めてから友利ここに来てなくね?付き合う前は授業中でも来てたのに。いや、元々1人で過ごす秘密の場所だったし、来なくてむしろ有難いんだけど…校内で唯一2人で居られる場所だったし…なんか…。


 次の日の朝、電車の中で友利に聞いてみた。
「あのさ、最近いつもの踊り場に来ねぇなど…何でなの?」
「えっ、あそこは先輩が1人でゆっくりしたい場所ですよねぇ?付き合う前はあそこしか会える所が無かったので行ってたんですけど、今はこうして毎朝会えますし」
「…そっか」
確かに毎朝会えてるけど…。
 電車が駅に着き、人混みの中を2人で降りていく。少しだけ心の中がモヤモヤしている気がする。
 改札を抜け、学校までの道のりで友利がさらっと言ってきた。
「先輩さえ良ければ、今日の昼休みに踊り場行ってもいいですか?」
「いいけど…」

 昼休み、コンビニで買ったパンを持ち、踊り場に着くと友利が待っていた。
「悪りぃ、遅くなった」
「僕もさっき着いたとこです」
 早々に昼飯を食べ終え、ゆっくり話をする。
「そういえば補習の最終日って空いてます?」
「補習になんなきゃ空いてるけど」
「その日僕誕生日なんですけど、デートしたいです」
「えっ、そうなの!?早く言えよ。補習なかったら1日空けるわ」
「ありがとうございます」
「プレゼントなんかほしいもんある?」
「聞いてほしいわがままがあるんで、それさえ叶えてもらえたらプレゼントなんていりません」
「わがままってなに?」
「当日のお楽しみです」
「もったいぶんなよ。つーか、その話したくてここ来たの?」
「いいえ」
「ん?」
「先輩、ほんとは僕と踊り場で会えなくなったのが寂しかったんでしょう?」
「えっ…別に…」
「そうですよね。学校で唯一触れ合える場所ですもんねぇ…」
友利の手が俺の頬に添えられ、ぐっと身体に力が入る。ゆっくりと顔が近づく。
「…寂しかった?」
甘く囁いて聞いてくる友利は、俺の心を見透かしているみたいだ。恥ずかしさで目線を下に逸らし、小さく頷いた。
「…僕もです。ちゅ…」
秘密の場所で、秘密のことをしてる。もうここは俺だけの場所じゃない。


 「テスト返却するぞー」
目を閉じ名前が呼ばれるのを待つ俺と西原は、このテストさえ赤点じゃなければ補習回避ができる。
「千賀ー」
 手にしたテスト用紙を恐る恐る確認する。
「…っ!!」
席に戻り、まだ目を閉じている西原を背に1人喜んだ。…これで友利の誕生日ちゃんと祝える!

 机に伏せて魂が抜けている西原を放置し、友利に1日会えることを連絡した。
 そういや、あいつのわがままって何だ?あの言い方的に金のかからねーことっぽいけど…。え、もしかして、抱かせてくれとか言われる感じ?まだ付き合ったばっかだけど、友利なら言いかねない。

 夜、友利から電話があった。
「今、大丈夫でしたぁ?」
「うん」
「補習回避おめでとうございます」
「祝われても嬉しくねぇから」
「誕生日デート楽しみです」
「しっかり祝ってやるよ」
「あ、その日って家にご家族いますー?」
「いや、夕方までは帰って来ねーけど」
「なら出かけた後に先輩の部屋に行ってみたいです」
「えっ」
誰も居ない家で、俺の部屋に2人きり…やっぱそういうこと?


 終業式が終わり、生徒たちが体育館をぞろぞろと出て行く。体育館外のトイレに行った西原を待っていると「千賀先輩っ!」と陽子ちゃんとまみちゃんが近付いてきた。
「おーお疲れ」
「お疲れ様です。あの、良かったら夏休みまた遊びませんか?まみも的場先輩に会いたいみたいで」
「そっか。的場に言っとくわ」
「あ、じゃあ連絡先を…」
「お!陽子ちゃん、まみちゃんじゃーん」
「お疲れ様です」
「どしたの?」
「何でもねぇよ。ほら、行くぞ。じゃ、また」
「…あ、はい」

 「あー明日から夏休みなのに補習とか…しかも3日間も…千賀ーっ何で裏切るんだよー!」
「お前が勝手に脱落したんだろーが」
「はぁ…ひとまず今日は忘れて遊ぶか」
高校最後の夏休みは、なんとなく良い思い出になる気がした。


 友利の誕生日当日。朝から電車を乗り継いで向かったのは鍾乳洞。
「前から来てみたかったんですよー」
「俺も初めて来た」
 中に入るとひんやり涼しく、カラフルにライトアップされた空間が広がっていた。
「おぉ、すげー」
「綺麗。平日の朝だからですかね、誰もいませんね」
「ほんとだな」
「誕生日だし、誰もいないし…」
そっと手を握られる。
 なんだかんだで手を繋いで歩いたことなかったな。こんなカップルなら当たり前のことが、めちゃくちゃ特別な気がする。

 昼飯は友利の気になっていたラーメン屋へ。もちろん俺の奢り。
「うまー」
「暑いのにラーメンに付き合ってくれてありがとうございまーす」
「誕生日だから何でも付き合うよ」
「わーい」

  昼飯を食った後は、約束通り俺の家に友利を招いた。
「お邪魔しまーす」
「飲み物持ってくから先部屋行っといて。階段上ってすぐ左のドアな」
「わかりましたぁ」

 俺の部屋に友利がいるのは、不思議な感覚だった。
「友利…誕生日おめでと。はい」
机の上に置いていた紙袋を渡した。
「え、プレゼント用意してくれたんですか?」
「あたりめーじゃん」
「開けても大丈夫です?」
頷く俺を確認し、機嫌良く包装を開けていく友利。
「わぁ、ペンケースだぁ!!」
レザー素材のシンプルなペンケース。友利に合うと思って色味はネイビーにした。
「家で使って」
「何言ってるんですか。絶対学校用にしますよぉ。先輩と一緒に勉強してる気分になれそうですし。…ありがとうございます」
「いーえ」
「プレゼントもらったけど、わがまま言っていいですか?」
「なに?」
「…好きって言ってください」
「…は?」
「先輩から好きって言われたこと1回もないの気付いてます?」
「え、そうだっけ?」
「僕ばっかり言ってるじゃないですかー。僕たち両思いですよね?先輩も僕のこと好きだから付き合ってるんですよね?」
可愛い拗ね顔で聞いてくる。
「誕生日プレゼントのわがままって、俺に好きって言ってほしいってこと?」
「はい」
予想外のわがままに拍子抜けしてしまう。
「あははっ!そんなの普段の時に言ってくればいいだろ。何でそんなこと誕生日プレゼントにすんだよ!」
「そんなことじゃないですよぉ!簡単に好きとか言わない人って思ってたので」
「あぁ、確かにあんま好きとか言わねぇかも」
「なので特別な日に言ってもらえたら十分なんです」
たまに見せるこの子供っぽさに俺は弱いかもしれない。
「こっち来て」
友利の腕を引き、ベットの上で向き合った。何故か正座をしている友利の両手を握りしめ、あぐらをかいた太ももあたりに置いた。
「…俺は友利のことがすげぇ好き。…まだ付き合って少ししか経ってねーけど、大好きなんだよお前のこと」
柄にもなく甘いセリフを言って、恥ずかしさで死にそうだ。だけど、今日はちゃんと伝えなきゃ意味がない。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
今日一番の笑顔を見せた友利は、本当に嬉しそうだ。
「先輩っ…」
握っていた手を引かれ、強く抱きしめられた。
「うー、苦しいって」
「ふふっ…」
力を弱めた友利は、そのまま俺を押し倒し、覆い被さってきた。
「この部屋もこのベットも先輩の匂いしかしなくて…理性飛びそうです。…ちゅ」
…あ、これは…。
深く舌が絡んでいく。
 俺だって男子高校生だ。お盛んな年頃、好きな人を前に理性ぶっ飛ぶ気持ちはすげぇ分かる。これから初めて男に抱かれる…やべ、今さら緊張してきた。
 友利の唇が首筋に優しく触れる。
「…先輩」
いよいよだ…。
 ガチャ…と玄関のドアを開ける音がした。
「凌ー!友達来てるのー?」
1階から母さんの声が響く。
「…悪りぃ、母さん帰ってきた…」
「…残念。…お母さんにご挨拶してもいいですか?」
「うん」

 「中学からの後輩なのねー!」
リビングで母さんと挨拶を交わした友利。
「あ、良かったらご飯食べてって」
「そんな急に申し訳ないですー」
「いいのいいのー。この子の姉が急にご飯いらないって言ってきて困ってたのよ。ぜひ食べて帰って」
友利は俺の顔を見た。
「食ってけばいいんじゃね」

 「えっ!?今日お誕生日なの!?」
キッチンでご飯を作る母さんは、リビングのソファにいる俺らと話しながら驚いた。
「早く言ってよー!あ、お父さんに電話すれば間に合うかも!」
スマホを手に取り父さんに電話をかけ始める。
「もしもしー?今どこー?…ちょうどいいわ。近くにケーキ屋あるでしょ?そこでホールケーキ買ってきてよ。ロウソクは…」
 「え、ケーキとか申し訳ないですって」
珍しく焦っている友利に冷静に伝える。
「こーゆー時のウチの母さんの行動力やべぇから。誰も止められねーんだよ」

 仕事終わりの父さんが買ってきてくれたケーキにロウソクを立て、火を灯した。揺れる火を見ながら母さんは陽気にハッピーバースデーと歌い出す。俺や姉貴の誕生日にはケーキすら出てこなくなったのに…。
「おめでとうー!ほら、友利くん消して!」
「ふぅーー」
火を消した友利は幸せそうに「ありがとうございます」と笑顔を見せた。こういう時間も悪くねぇな。

 「友利くん、かっこいいし、背もあるし、凌なんかと仲良くしてくれてるし、うちの娘の彼氏になってほしいわぁ」
ケーキを頬張りながら母さんは上機嫌で言う。
「なんかってなんだよ」
「あはは。すみません、僕大切な人がいて…」
「やっぱいるよねぇ、可愛い彼女なんだろうなぁ」
…可愛い可愛い息子の俺だよ。

 玄関で父さんと母さんに見送られ、家の近くまで送り届けるため歩き始めた。
「ごめんな、いきなり母さんたちと誕生日会みたいになって」
「いえ、先輩のご両親にお祝いしてもらえて、すごく嬉しかったです。今は後輩としか思われてないですけど、いつか恋人として認めてもらえるように頑張りまぁす」
「頑張んなくていいから。それになんかあったら2人で解決すんの忘れんなよ?」
「…ありがとうございます。やっぱり先輩のそういうところ好きです」
「どーゆーとこだよ」

 「ここで大丈夫ですー。今日は最高の誕生日をありがとうございましたぁ」
「どういたしまして」
「先輩、今度はうちに泊まりに来てくださいねぇ」
「えっ、あー、うん。分かった」
友利は軽く周りを確認し、キスをしてきた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
誰かの誕生日をこんな気持ちで祝ったのは、初めてかもしれない。