次の日の朝、たまたま校門前で西原と鉢合わせた。
「おはよぉ」
「おはよ!あの後どうだった?陽子ちゃんと」
「あぁ、別に何もないけど」
 駅まで送るとか言いながら途中降りたこと校内で会ったら謝んねぇと。
「シホちゃん送ったんだろ?」
「もちろん!シホちゃん激かわだわー。連絡先聞きそびれたんだけど、聞いていいと思う?」
「いんじゃね?」
 廊下を歩き進むと田中がいた。
「田中おはよー」
「おはよう。2人とも昨日さんきゅーね」
「全然。お前フミちゃんと良い感じじゃん」
「あーあの後告られた」
「うぇ!?まじで!?じゃあ、もう付き合ったんだ」
「ううん、振った」
「はぁ!?」
西原は朝とは思えない声のデカさで反応する。
「何でだよ!?見るからにラブラブだったじゃん」
「可愛いし良い子なんだけど、彼女って感じがしなくってさぁ。それに付き合ったら束縛しそうなタイプかなって」
「お前まじかよぉ…。思わせぶり過ぎんだろ。フミちゃんに同情するわー。つーかお前のせいでシホちゃんに連絡先聞くの無理になったじゃねーか!どうしてくれんだよ!」
「えっ西原、シホちゃん狙いだったの?」
「狙いっつーか、また遊んでもいいかなって」
「聞いちゃえばいいじゃん」
「お前モテるくせに女の怖さ知らねーのかよ。仲良しの友達を振った男の友達も敵になんのが女子グループの怖いとこだから!」
「別に俺はフミちゃんの敵になってねーから。まだ好きでいてくれるみたいだし」
「はぁーん!?」
西原がヒートアップしてきたところに的場がやって来た。
「おはよう」
「お、的場おはよー」
「何してんの」
「田中のチャラさ加減に西原がキレてるとこ」

 昼休みになり、足早に西原たちと食堂へ向かう。頭の片隅に友利の言葉がチラついているが、弁当のない今日は腹ごしらえをしに行くのが最優先だ。
 「よっしゃ!まだカツ丼スペシャルあるー!」
「西原モバイルオーダーしてなかったの?」
「限定のメニューは食券じゃないと買えねんだよ」
 去年の夏休み明けから食堂で従来の食券機に加え、モバイルオーダー制度が導入された。朝から昼休みの間にスマホで注文しておけば、食堂に行き受け取るだけ済むし、支払いも電子決済が可能になり相当便利になった。

 「そもそもさ、彼女作る気ねーだろ!?」
カツ丼を頬張る西原は、まだ田中に突っかかっている。
「ありまくりだからー。でもさ、誰か1人のものになるのもたくさんの女の子を悲しませるわけじゃん?だったら残りの高校生活はフリーでもいっかなと思ったり」
「まじムカつくなお前。いつかすげー好きな子にバッサリ振られちまえ!」
「あはは」

 食べ終えた俺は、スマホの時間を確認する。
ー予鈴まであと10分ちょい…。
水を一気に飲み、西原たちに「用事思い出したから先出るわ」と伝え、食堂を後にした。

 踊り場への階段を静かに上ると、寝転んで眠っている友利がいた。そういや、再会した日も寝てたな。
 階段の段差にしゃがみ、友利の寝顔を眺めた。まつ毛なげーな、肌綺麗だな、そんなことを思いながら、ほんの少し開いている口元を見る。この唇と俺…
「せーんぱいっ…」
「えっ…うわぁ!?」
突如目を開けた友利に腕をぐいっと引き寄せられ、向き合うように腕まくらされた状態で寝転んだ。友利の顔が目の前に迫り鼓動が激しくなる。
「俺の顔、そんなに好きなんですか?」
少し意地悪な表情で問いかけてきた。
 見ていたことがバレた恥ずかしさ、今この状況の恥ずかしさ、色んな感情が爆発しそうで何も言えない俺に友利は言う。
「絶対来てくれるって思ってました」
あぁ、まんまと罠にハマった気分だ。
「…先輩、好きです。めちゃくちゃ好きです」
もう少しで鼻と鼻がぶつかりそうな距離で伝えてくるとか何なの。
「先輩のことドキドキさせる自信があるんですけど、それでも僕じゃだめですか?」
いやいや、すでにドキドキしてるからこっちは困ってんだよっ!
「つーか、お前は俺にドキドキすんのかよ…」
「…当たり前じゃないですか」
そう言い俺の手を自分の心臓あたりに当てた。
「分かります?こんなドキドキしてるんですよ」
シャツ越しでも分かるくらいにドクドクと鼓動が伝わってきた。
 え、いつも余裕ぶっこいて平然としてたのに、こんなドキドキしてたわけ?…こいつ俺のことすげぇ好きじゃん。
「…そろそろ付き合ってくださいよ」
胸に手を当てたまま至近距離で言われ、もう返す言葉は一つしかなかった。
「…いいよ」
俺の返事を聞いた友利は、ぎゅっと強く抱きしめてきた。
「ありがとうございます。めちゃくちゃ嬉しいです」
そして、照れている俺を見つめながら優しく言った。
「幸せにします」

 予鈴が鳴り、やっと現実に引き戻された。
「先輩、これ僕の連絡先なんで登録お願いしまぁす」
階段を下りながら1枚の紙を渡され、お互いの連絡先すら知らなかったことを改めて認識する。
 「じゃあ、改めて今日からよろしくお願いしますねぇ」
別れ際そう言われて、友利と付き合うんだと実感し、小っ恥ずかしくなった。
「おう、よろしく…」

 教室のドア前で、あのまま1人で踊り場に居ればよかったと後悔した。あんなことがあって、一体どんな顔で教室に入ればいいんだよ…。まだ心臓の音がうるさいし。
「はぁ…」
小さくため息をつき、席に向かう。

 夜、自分の部屋でベットに仰向けになり、ぼーっと天井を見た。今日あった出来事がまだ夢じゃないかと思ってしまう。
 俺、あいつのこと恋愛として好きってことだよな…?男と付き合うとか、俺の人生計画になかったんだけど。…さすがに誰にも言えねーよなぁ。
 ちょうど友利から連絡があった。
『お疲れ様です。よかったら明日から朝一緒に行きませんか?』
こいつ早速カップルみてーなこと提案してくんじゃん。…まぁ、別にいいけど。
 いいよ、と返信して表示されている友利の名前をじっと見た。
 友利…瑠衣っていうんだ。下の名前初めて知ったかも。瑠衣…似合ってるな。


 「おはようございまーす」
改札口付近で待っていた友利がいつもの調子で挨拶してくる。
 ただ挨拶されただけなのに、友利がすげぇ輝いて見えた。…え、もしかしてこれが好きフィルターってやつ?
「…おはよぉ」
朝から顔が熱くなる。

 電車内はいつもより混んでいた。
ーあちぃ…。
「大丈夫ですか?」
友利は俺が人に潰されないように腰あたりに片手を囲うように添えてくる。満員電車とはいえ、密着していることに落ち着かない。
ー俺、汗臭くねぇかな…。
そんなこと気にするなんて女子かよ俺は。
 チラッと友利の顔を見たら目が合った。口角を少し上げた表情にまた心臓がうるさくなる。え、恋愛中の俺ってこんな感じだったっけ…。

 4時間目をサボることにした俺は、第3校舎の踊り場へ。
 1人で踊り場にいるのは久々な気がする。最近はここで友利と会うことばっかだったし。
「ふぅー…」
廊下に設置されている巨大な冷房機器によって、この蒸し暑い時期でも耐えられる空間になる。

 チャイムが鳴り響き、西原から電話が来る。
「どこいんのー?的場と購買行くけど千賀も行く?」
「あー行きたいかも。直で購買向かうわー」

 購買の前は人だかりができている。
「やべぇ、出遅れた!行くぞ2人とも!」
西原は人混みの中をガンガン進んでいき、的場もクールな表情で前進する。
 購買の前はいつもは7割男子だが、今日は女子も多い。なぜなら今日は月に一度のなめらかぷるるんプリンの販売日だからだ。この学校に通えば一度は食べるべき一品。一度味わってしまうとまた食べたい衝動に駆られる悪魔のような美味さ。
「プリンあと3個ー!!」
前の方から男子生徒が叫んだ。
 あと3個か。今日は無理そうだな。西原が手に入れたら一口もらうか。
 参戦することは諦め、西原たちの帰還を待つことにした。
「瑠衣ー、戻ろうぜ」
瑠衣…?
 声の方を見ると友利が友達と歩いてきていた。隣にいる奴は友利よりも背が高く、爽やかな見た目をしている。
 近づいてきた友利と目が合った。俺たちが付き合い始めたことは誰も知らないから、ただの先輩後輩として挨拶や会釈するだけになるよな。
「先輩!」
友利は駆け寄ってきて「これあげます」とプリンを渡してきた。
「えっ…いやいやお前が食えよ。俺、食ったことあるから」
「僕はまだまだ食べるチャンスありますし、ぜひもらってくださーい」
俺の返事を聞かず、友達の元へ戻っていった。
「え、いつの間にプリンを!?」
ちょうどパンと飲み物を手に西原と的場が来た。
「後輩にもらった…」
「お前、後輩パシリにしたのかよー、ずりーぞ」
「してねぇよ。勝手にくれたんだよ」
「千賀に善意でプリンくれるような後輩いるわけねぇ」
「うるせぇー。そんなん言ってると一口やらねーからな?」
「ごめんごめん、嘘です。仲良くぷるるんしようぜ!」

 弁当とプリンを食べ終え、友利にお礼の連絡をした。
『プリンありがと。うまかった』
『いえいえ。
朝言いそびれたんですが、テスト期間に入る前にデートしませんか?』
…デート!?…いや、付き合ってるんだし、デートぐらいするよな。今まで歴代彼女と何回もしてるし、何焦ってんだ。

 「千賀先輩!」
放課後、校門へ向かう途中後ろから陽子ちゃんに声をかけられた。
「あ、お疲れ」
「お疲れ様です」
「そういや、この前ごめんな?駅まで送れなくて」
「全然です。あの…一緒に帰ってもいいですか?」
「うん」

 電車内は空いていて、2人とも座ることができた。
「フミが振られたこと聞きました?」
「あー聞いた。田中がごめんね?フミちゃん大丈夫だった?」
「簡単に付き合わないとこが逆に良いって好きが増してました」
「え、まじで!?メンタルやばいな」
「ですよね。うちらもびっくりしちゃって。田中先輩はイケメンで優しいから好きになる気持ちは分かるんですけど、彼女になるのは難しい気がして…。ま、こんなことフミには言えませんけど」
「あはは。まぁ、片思いは自由だし、気が済むまでいったほうが諦めつくんじゃね?」


 日曜日の朝。私服姿の俺と友利は電車を降りて数分、目的地にたどり着いた。
「先輩、行きますよぉー」
友利は立ち止まっている俺の腕を引く。
「…。」
…初デートが遊園地ってど定番過ぎんだろっ!
「男2人で遊園地とか…」
ぼそっと言った俺に友利が言う。
「カップルだからいいんです。でも安心してください。人前で手繋いだり、イチャイチャしたりしないようにするので」
「…うん」

 「絶叫系大丈夫ですか?」
「余裕!」
ジェットコースターにいくつか乗って、腹が減ったら軽食を買って食べ歩きして、またアトラクションに乗って…。
 2人で過ごす遊園地は予想外に楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。
「最後に乗りませんか?」
友利は大きな観覧車を指差す。

 ゴンドラに乗り込み、向き合い座った。
「はぁー生きかえる」
冷房が効いていて涼しい。
 ゴンドラ数台分進むと友利が隣に座ってきた。
「おい、傾いたらどーすんだよ」
文句を言いながら友利の顔を見ると、思ったより近くて焦る。
「今日は今しか先輩にゆっくり触れられないんで…頂上待たなくていいですよね…ちゅ…」
観覧車内でキスとか…ベタ過ぎじゃね?
 頬に手を添えられ、されるがままな気もするけど…あぁ、やっぱこいつキスうめぇな。

 ガタンッ!!
ゴンドラが大きく揺れた。
ーえ、なんだ…!?
窓の外を確認するとゴンドラが動いていない。
「停止してますね」
「ヤバくね?」
 上から園内を見下ろしてみたが、まだ気付いていない人ばかりだ。そこに場内アナウンスが流れ始めた。
 どうやら機器のトラブルでモーターが停止したらしい。
「これって何時間も閉じ込められるパターン?」
「どうですかねぇ。一時的な故障ならすぐ動きそうですけど」
「つーか、冷房切れたんじゃねぇの?」
「あ、ほんとだ」
「まじかよぉ…。とりあえず窓開けるか」
 あと少しで頂上に着く位置にある俺たちのゴンドラ。夕方とはいえ、太陽はまだまだ眩しく、暑さでイライラしそうになる。
 テーマパークデートして別れるカップル多いって聞くし、遊園地もそういうジンクスあんのかな。最後の最後にこんなこと起こるとか縁起悪くね?…やべ、思考が悪い方にいってる。
「今日のデート一生忘れませんね」
「えっ…」
「乗ってる観覧車が止まるなんて人生でほぼ起きないじゃないですかぁ。そんな宝くじに当たる並のことを先輩と経験できてよかったです」
友利は優しく微笑んだ。
 あ、こいつってこんな時でもそういう考えになれるんだ。すげぇな。…それに俺とだからそう思ってくれたとか…どうしよ、すげぇ嬉しい。
 ニヤけそうになる口元を手で隠し、窓の外を眺めた。ちょうどアナウンスが流れ、機器が直り再始動すると説明があり、ひと安心する。
「良かったですね」
「おう。…あと半周こうしとくか…」
内心ドキドキしながら隣に座ったままの友利の左手を握った。どう思われたか心配する前に強く握り返されて、同じ気持ちで良かったと思い、またニヤけそうだ。

 閉じ込められた俺たち含む10数組は、事務所内に呼ばれ、謝罪を受けた。その後、体調が悪くなっていないかなどの質問をされ、入場無料券をもらい帰ることになった。
 「これでまた一緒に行くきっかけができましたね」
閉じ込められたのに、また来てもいいと思えたのは友利のおかげだ。
「次は涼しい時がいい」
「そうですね」