週明け月曜日の朝、電車に乗る俺は周りを警戒している。ひと通り確認をし、友利がいないことが分かると安心して空いている席に座った。
その日からサボる時は資料室、校内の移動は西原たちと行動することを徹底し、友利との接触を回避し続けた。
そうこうしているうちにテスト週間が始まり、柄にもなくテスト勉強に集中することで雑念を忘れようとしていた。
テスト最終日。最後の教科である数学のテストの終わりを告げるチャイムを聞き、俺は開放感でいっぱいになる。
「ふぅー…もう頭使いたくねぇ」
おでこを机につけ、伏せている俺に西原が声をかける。
「ごめん、千賀。なんか知らんけど職員室に呼び出しくらったから行ってくるわ。あ、別にカンニングしたわけじゃねーよ!?」
「わかったわかった。適当に時間潰しとくから終わったら連絡しろよ」
教室には数名の女子が残っていて、1人になりたかった俺は久しぶりに第3校舎の踊り場へ足を進める。
テストで脳みそを使い果たし、完全に気を抜いていたんだと思う。
「あ…」
踊り場に続く階段の手すりに体を寄せた友利が、俺を上から見下ろしている。
「お疲れです」
ーまじかよ…。
俺は上るのをやめ、友利に背を向け、廊下を歩き出した。
「待ってくださいよー」
後ろから追いかけてきた友利は俺の腕を掴んだ。
「…ちっ。…んだよ」
仕方なく歩みを止める。
「あのー、何で僕のこと避けてるんですかぁ?」
「…別に避けてねーよ」
「避けてるじゃないですかぁ」
「…はぁ、お前うぜぇ」
「あっ!もしかして、球技大会でキスしたこと怒ってます?」
忘れようと必死だったことをまた思い出し、顔が熱くなる。
「ばかっ!んなわけねーだろ…」
「ほんとですかー?ならどうして避けるんですか。僕はもっと先輩に意識してもらうために近づきたいのに」
こいつ…わざと言ってきてんのか?こっちが意識しまくって大変なの分かってて。
ガンッ、廊下の壁を背に立つ友利の股の間を片足で勢いよく蹴った。
「…あんま調子乗んなよ?」
下から見上げるように友利を睨んだ。
「これって…いわゆる股ドンですよね?」
「え?」
「急に積極的に来られたらびっくりするじゃないですかー。だけど…」
次の瞬間、友利は俺の上げた片足を持ち、そのままくるっと半回転した。立場は逆転し、俺は友利に肘ドンをされている状態になっている。
「…この方がしっくりきませんか?」
至近距離にある友利の顔に心臓が飛び出しそうになる。
「離れろって…」
「男だからだめなんですか?僕だからだめなんですか?」
…なんだよ、その2択。
「…っ、どっちもに決まってんだろ!」
友利の腕を振り払い、全速力で走り出した。
きっと今、俺の顔は恥ずかしいくらい真っ赤だと思う。
「あ!千賀ーどこ居たんだよー」
校舎から出て息を整えているタイミングで西原が現れた。
「悪りぃ、スマホ見てなかった。…先生に叱られた?」
平然を装い西原に問いかけるが、頭の中は友利の声と顔と匂いで埋め尽くされている。
家に帰り、制服姿のままベットにうつ伏せで寝転んだ俺は、自問自答をくり返す。
俺が好きなのは女だよな?…もちろん、そうだ。だって彼女ほしいじゃん?…うんうん、可愛い女子抱きたいし。だから友利にドキドキしたとか意識したとか嘘だよな?
「…そうであってくれぇー…」
6月になり数日。久々に昼休みは西原たちと資料室で過ごしていた。
「次の日曜みんな暇ー?」
西原が口の中にパンを含んだまま問いかける。
「無理ー。その日は、2年のフミちゃんとデートっ」
スマホをいじりながら田中が答えた。
「え、フミちゃんってあのボブのタレ目の」
「そーそー」
「あの子彼氏いなかったっけ?」
「俺のこと好きになっちゃったみたいで、別れたんだってさ」
「はぁ!?え、じゃあ付き合ってんの?」
「ううん、とりあえずデートしてみよっかなって」
「んだよそれ!こんなチャラ男に弄ばれて、フミちゃんも可哀想なこった」
「チャラいんじゃねーよ、モテるだけ。あ、誰か紹介してやろうか?フミちゃん以外でね」
田中の発言に西原は悔しそうな顔を見せた。
あ、そうか。俺もさっさと彼女作れば友利のことなんてどうでもよくなるよな。
「田中、俺にも誰か紹介頼むわ」
俺の言葉に田中は一瞬驚いたが、スマホ内にある女子の連絡先を選び始めた。
数日後の放課後。帰りの電車で窓に滴がつき、雨が降り始めたことに気づく。
うわぁ、傘持って来てねぇよ。勿体ねーけどコンビニで買うか。
「申し訳ございません。ビニール傘は先程売り切れてしまいまして…」
コンビニの店員が申し訳なさそうに説明する。
まじかよ…。まぁ傘持ってないやつ多いよなぁ。今朝の天気予報じゃ、雨なんて一言も言ってなかったし。
コンビニを出て雨空を見上げる。止むどころか激しくなる雨に「はぁ…」とため息をついた。
「どーぞ」
折りたたみ傘を差し出してきたのは、今1番会いたくない男、友利だった。地元が近いと嫌でも会う確率が上がる。
「…いらねぇよ」
「この雨まだ止まないと思いますよぉ?」
「あと帰るだけだし、走るから大丈夫」
「それなら僕が走りますよ。先輩の家より僕の家の方がここから近いですし。なので、使ってくださーい」
再び折りたたみ傘を差し出してくる。
「…。」
受け取らず、頑固な態度を取る俺に友利はさらっと言う。
「じゃあ、一緒に濡れましょう」
「えっ?」
「2人で僕の家まで走りましょう。ほら!」
そう言い、俺の手を握り強引に走り出した。
雨に打たれながら走る間、繋がれた手は離れることなく、むしろ強く握り合っていた。
5分ほどで着いた友利の家。
「思ったより濡れちゃいましたね」
そう言いながら玄関を開ける友利の声はどこか嬉しそうだ。
玄関でタオルを受け取り、顔や髪を拭く。
「今、誰もいないので、シャワー浴びてください」
「いや、そこまでは申し訳ねぇって」
「この時期でも風邪引いちゃいますよ。上がってください」
「…お邪魔します」
シャワーを浴びていると浴室の外から友利が声をかける。
「シャツとか洗濯しますねー。とりあえず僕の服置いとくんで、これに着替えてくださぁい」
「あ、おん…ありがと」
冷静に考えて…何この状況。友利の家でシャワー浴びて、友利の服着て、制服乾くまで待つ感じだよな?
「服ありがと…な…」
リビングのドアを開けた俺は、目の前の光景に言葉を失った。
上半身裸でタオルを頭にかけ、ペットボトルを飲む友利の姿が目に映る。綺麗に割れたシックスパックは同じ男として嫉妬するほどで、元バレー部だからなのか程よく鍛えられた上腕二頭筋が目立つ。そこにまだ乾いていない濡れた髪が加わり、俺が女なら抱かれたくなるほどの色気を生んでいた。
「…先輩も飲みますか?」
飲みかけのペットボトルを差し出してくるなんて、確信犯じゃねーか!…でもここで断ったら変に意識してるみたいになるし…。
無言で受け取り、ゴクゴクと飲む俺のことを友利はじっと見ている。
「乾くまでもう少しかかるんで、部屋行きましょうか」
「え、部屋?」
…って何焦ってんだよ俺。男同士で部屋行くなんて普通にあるだろ。
階段を上がり、1番奥にある友利の部屋に少し緊張しながら入った。
部屋の中は俺の部屋とは違い、きちんと整理整頓され、清潔感のある空間だ。机の上にバレー部時代の集合写真が飾られている。
ーバレー部のユニフォームこんなだったんだ。
そんな事を思いながら突っ立ってた俺が悪いのかもしれない。
「キスした相手の部屋に簡単に入るなんて…」
ぎゅっ…友利に後ろから抱きしめられる。
「先輩って意外と隙ありまくりですね…」
耳元でそう囁かれ、一気に耳が熱くなる。
「いきなりなんだよ。離せって…」
「嫌です。僕の服着てる先輩を目の前にして、我慢なんて出来るわけないじゃないですか」
変態かよ…。
「…。」
…変態は俺か。
脱衣所で友利の服を着た時、今までふわっと香ってた友利の匂いがダイレクトにして、ドキッとした。
え、待てよ。今って、なかなかヤバい状況じゃね?友利は自分の服着てる俺に興奮して、友利の匂いにドキドキした俺は本人に抱きしめられてて…。これって、今振り向いたら…。
ゆっくり振り向くと、友利は待ってましたと言わんばかりにニコッと笑みを見せ、キスをしてきた。
「…んっ…」
前回と違う長く深いキスに戸惑いつつも、経験したことのない気持ち良さに身体中の力が抜けていく。やばい、完全に友利のペースに飲まれてる。つーか、なんでこいつこんなキス上手いの?
俺は顔を横に向け唇を離し、一歩後ろに下がった。
「…勝手にキスすんじゃねぇ、馬鹿っ!」
「ダメでした?」
「ダメに決まってんだろ!?…俺はお前と違って、男なんか興味ねぇんだよ!」
「僕だってそうですよ」
「は?」
「僕は先輩が好きなんです。だから先輩以外の男には興味なんてありません。先輩だって僕以外は興味ないでしょう?」
「いや、何言ってんの…お前にも興味なんて…」
「気づいてないんですか?先輩、今…めちゃくちゃ可愛い顔してますよ」
え…俺、どんな顔してんの…?
一睡も出来ないまま迎えた次の日。なんとか遅刻ギリギリで席に着き、そのまま机に伏せ寝る体勢を整える。
「おいっ、昨日連絡見てねーだろ?」
後ろの席から西原が体を突っつく。
「んー?何の話?」
顔を伏せたまま返事をした。
昨日の夜は放心状態で、スマホなんて見る余裕はなかった。あの後、タイミング良く乾燥機の終了音がして、制服類を持ち、急いで友利の家を出た。
「田中からの紹介の話だよ。フミちゃん周りの子と一緒に遊ぶ流れになってんだって」
「まじか、あいつの行動力すげぇな。3対3?」
「的場も来るから4対4」
予想外の内容に思わず体を起こし、振り向いた。
「えっ、的場来んの?」
「びっくりだろ?ま、的場が来たいつーより、フミちゃん側が4人だから合わせるために半強制って感じ」
「あーなるほどな」
「女の子が1人余っちゃうのは可哀想だろって、自称モテモテ男が優しさアピールしてきたからな」
「真の優しい男は的場だろそれ」
「それな」
日曜日の午後。
「フミちゃーん!みんなー!」
待ち合わせ場所に向かって来るフミちゃんたちに田中が手を振った。先に着いていた俺たちに気を遣い、フミちゃんたちは駆け寄ってくる。
「遅くなってごめんなさい」
「ぜーんぜん。俺らが早く着いただけだから。つーか、みんな私服めちゃ可愛いね!もちろん制服姿も可愛いけど」
田中の口からスラスラと出てくる言葉に、こいつは女にモテるために生まれて来たのかと思ってしまう。天職はホストかもしれない。
大型ゲームセンターに着いた俺たちは、とりあえず半分に分かれて行動することにした。
「じゃあ、男女別でグッパするか」
西原の提案に田中が口を挟む。
「俺とフミちゃんは一緒になりたいから、残りの3人でグッパして」
田中の言葉にフミちゃんは嬉しさを隠しきれていない。
「あいあい、分かりましたよーだ」
田中と西原はフミちゃんとまみちゃん、俺と的場は陽子ちゃん、シホちゃんと一緒になった。
「よろしくー」
「お願いします」
「何からしよっか。2人ともどれしたい?」
「先輩達の好きなもので大丈夫ですよ!」
「うーん、的場は?」
「…エアホッケー」
「お、良いじゃん。じゃあ、男女ペア組んで対戦するか」
「陽子ちゃんナイスー!」
ハイタッチをし盛り上がる俺と陽子ちゃん。初対面にしては、なかなかのチームプレイだ。
西原たちは少し離れた所でレーシング対戦ゲームをしている。
試合は俺と陽子ちゃんの圧勝。的場チームの敗因は分かっている。的場の口数の少なさだ。シホちゃんへの意思疎通が無さすぎ。
再び8人で集まり、各自好きにクレーンゲームをしていると、陽子ちゃんがぬいぐるみを見ていた。
「取ってやろうか?」
顔を軽く覗き込むと「え、いいんですか!?」と嬉しそうに言った。
無事取れたぬいぐるみを渡し、他の奴らと合流する。
ゲームセンターの後は、ファミレスで夜ご飯を食べることに。田中の隣は安定でフミちゃんだ。
つーかもう、フミちゃんは田中の彼女になれると思ってんじゃない?
的場の隣にはまみちゃんが座り、的場相手にマシンガントークを繰り広げている。
「西原とシホちゃんはバスだよな?残りは電車組だから一緒に行こっか」
「おう、じゃあまた明日な!」
西原は少し緊張気味に見えたが、シホちゃんを連れバス停に去って行った。
駅に着き、俺と陽子ちゃん以外は乗る線が違うため改札口を通りみんなと別れた。そして俺は陽子ちゃんと電車に乗り込む。
「今さらだけど、いきなり俺らと遊ぶとか緊張しなかった?」
「フミに誘われた時は不安でしたけど、すんごく楽しかったです!良かったらまた遊んでください」
あー素直でかわいい。うん、やっぱ女の子っていいな。陽子ちゃん見た目もいいし、胸もありそだし。俺の取ったぬいぐるみを大事そうに抱えてるとこも満点。
電車が次の駅に止まり、次々と人が乗ってくる。
ーえっ…。
人混みの中にいたのは、私服姿の友利だった。向こうはまだ気付いていない。
気付かれないように友利に背を向けたことで、陽子ちゃんに身体を向ける形になった。
「どうしたんですか?」
「あ、いや…。降りるの〇〇駅だっけ?」
「はい。千賀先輩はひとつ前の駅ですよね?」
「うん。でも女の子1人でこの時間は心配だし、俺も〇〇駅で降りるわ」
それに加えて、自分の駅で降りて友利と会ってしまう可能性を避けたい気持ちもあった。
本来降りる駅に電車が止まる。ドアが開き、俺に気付かないまま友利が降りているだろうと安堵していた。
「…先輩はここでしょ?」
ドアが閉まる直前、そう声がした時には俺の腕は掴まれ、そのまま電車を降りていく。
ホームに降り立った俺は、過ぎていく電車を背にして友利を見ている。
「…どういうつもりだよ」
「先輩はあの人と帰りたかったんですか?」
「帰りたいつーか、1人で帰らせるのはあぶねーじゃん」
「女の子には優しいんですね」
「どーゆー意味だよ」
「…僕にも優しくしてくださいよ」
え…なに。もしかしてこいつ…ヤキモチ妬いてんの?
改めて友利の顔を見ると拗ねた表情をしている。
「…かわいいかよ」
思わず心の声が小さく出てしまった。
「あのぉ、ご迷惑じゃなければ服を取りにお家寄ってもいいですか?」
服…学校で返すのも気まずかったし、ちょうどよかったか。
「…うん」
「少し待ってて」
玄関前に友利を待たせ、急いで部屋に服を取りに行く。
部屋の隅に置いている紙袋に入った服を手に持ち、玄関へ向かった。
「お待たせ。…ありがと」
紙袋を受け取った友利は満足そうな顔をして「先輩の匂いがする」と口にした。
普通なら引く発言なのに、ドキッとした自分がいる。…こいつの前だと調子が狂うんだよ。
「じゃ、おやすみ」
「明日の昼休み、いつもの踊り場来て下さいね」
「…行かねぇよ」
「勝手に待ってます。じゃあ、おやすみなさーい」
帰って行く友利の後ろ姿を見えなくなるまで見ていた。
その日からサボる時は資料室、校内の移動は西原たちと行動することを徹底し、友利との接触を回避し続けた。
そうこうしているうちにテスト週間が始まり、柄にもなくテスト勉強に集中することで雑念を忘れようとしていた。
テスト最終日。最後の教科である数学のテストの終わりを告げるチャイムを聞き、俺は開放感でいっぱいになる。
「ふぅー…もう頭使いたくねぇ」
おでこを机につけ、伏せている俺に西原が声をかける。
「ごめん、千賀。なんか知らんけど職員室に呼び出しくらったから行ってくるわ。あ、別にカンニングしたわけじゃねーよ!?」
「わかったわかった。適当に時間潰しとくから終わったら連絡しろよ」
教室には数名の女子が残っていて、1人になりたかった俺は久しぶりに第3校舎の踊り場へ足を進める。
テストで脳みそを使い果たし、完全に気を抜いていたんだと思う。
「あ…」
踊り場に続く階段の手すりに体を寄せた友利が、俺を上から見下ろしている。
「お疲れです」
ーまじかよ…。
俺は上るのをやめ、友利に背を向け、廊下を歩き出した。
「待ってくださいよー」
後ろから追いかけてきた友利は俺の腕を掴んだ。
「…ちっ。…んだよ」
仕方なく歩みを止める。
「あのー、何で僕のこと避けてるんですかぁ?」
「…別に避けてねーよ」
「避けてるじゃないですかぁ」
「…はぁ、お前うぜぇ」
「あっ!もしかして、球技大会でキスしたこと怒ってます?」
忘れようと必死だったことをまた思い出し、顔が熱くなる。
「ばかっ!んなわけねーだろ…」
「ほんとですかー?ならどうして避けるんですか。僕はもっと先輩に意識してもらうために近づきたいのに」
こいつ…わざと言ってきてんのか?こっちが意識しまくって大変なの分かってて。
ガンッ、廊下の壁を背に立つ友利の股の間を片足で勢いよく蹴った。
「…あんま調子乗んなよ?」
下から見上げるように友利を睨んだ。
「これって…いわゆる股ドンですよね?」
「え?」
「急に積極的に来られたらびっくりするじゃないですかー。だけど…」
次の瞬間、友利は俺の上げた片足を持ち、そのままくるっと半回転した。立場は逆転し、俺は友利に肘ドンをされている状態になっている。
「…この方がしっくりきませんか?」
至近距離にある友利の顔に心臓が飛び出しそうになる。
「離れろって…」
「男だからだめなんですか?僕だからだめなんですか?」
…なんだよ、その2択。
「…っ、どっちもに決まってんだろ!」
友利の腕を振り払い、全速力で走り出した。
きっと今、俺の顔は恥ずかしいくらい真っ赤だと思う。
「あ!千賀ーどこ居たんだよー」
校舎から出て息を整えているタイミングで西原が現れた。
「悪りぃ、スマホ見てなかった。…先生に叱られた?」
平然を装い西原に問いかけるが、頭の中は友利の声と顔と匂いで埋め尽くされている。
家に帰り、制服姿のままベットにうつ伏せで寝転んだ俺は、自問自答をくり返す。
俺が好きなのは女だよな?…もちろん、そうだ。だって彼女ほしいじゃん?…うんうん、可愛い女子抱きたいし。だから友利にドキドキしたとか意識したとか嘘だよな?
「…そうであってくれぇー…」
6月になり数日。久々に昼休みは西原たちと資料室で過ごしていた。
「次の日曜みんな暇ー?」
西原が口の中にパンを含んだまま問いかける。
「無理ー。その日は、2年のフミちゃんとデートっ」
スマホをいじりながら田中が答えた。
「え、フミちゃんってあのボブのタレ目の」
「そーそー」
「あの子彼氏いなかったっけ?」
「俺のこと好きになっちゃったみたいで、別れたんだってさ」
「はぁ!?え、じゃあ付き合ってんの?」
「ううん、とりあえずデートしてみよっかなって」
「んだよそれ!こんなチャラ男に弄ばれて、フミちゃんも可哀想なこった」
「チャラいんじゃねーよ、モテるだけ。あ、誰か紹介してやろうか?フミちゃん以外でね」
田中の発言に西原は悔しそうな顔を見せた。
あ、そうか。俺もさっさと彼女作れば友利のことなんてどうでもよくなるよな。
「田中、俺にも誰か紹介頼むわ」
俺の言葉に田中は一瞬驚いたが、スマホ内にある女子の連絡先を選び始めた。
数日後の放課後。帰りの電車で窓に滴がつき、雨が降り始めたことに気づく。
うわぁ、傘持って来てねぇよ。勿体ねーけどコンビニで買うか。
「申し訳ございません。ビニール傘は先程売り切れてしまいまして…」
コンビニの店員が申し訳なさそうに説明する。
まじかよ…。まぁ傘持ってないやつ多いよなぁ。今朝の天気予報じゃ、雨なんて一言も言ってなかったし。
コンビニを出て雨空を見上げる。止むどころか激しくなる雨に「はぁ…」とため息をついた。
「どーぞ」
折りたたみ傘を差し出してきたのは、今1番会いたくない男、友利だった。地元が近いと嫌でも会う確率が上がる。
「…いらねぇよ」
「この雨まだ止まないと思いますよぉ?」
「あと帰るだけだし、走るから大丈夫」
「それなら僕が走りますよ。先輩の家より僕の家の方がここから近いですし。なので、使ってくださーい」
再び折りたたみ傘を差し出してくる。
「…。」
受け取らず、頑固な態度を取る俺に友利はさらっと言う。
「じゃあ、一緒に濡れましょう」
「えっ?」
「2人で僕の家まで走りましょう。ほら!」
そう言い、俺の手を握り強引に走り出した。
雨に打たれながら走る間、繋がれた手は離れることなく、むしろ強く握り合っていた。
5分ほどで着いた友利の家。
「思ったより濡れちゃいましたね」
そう言いながら玄関を開ける友利の声はどこか嬉しそうだ。
玄関でタオルを受け取り、顔や髪を拭く。
「今、誰もいないので、シャワー浴びてください」
「いや、そこまでは申し訳ねぇって」
「この時期でも風邪引いちゃいますよ。上がってください」
「…お邪魔します」
シャワーを浴びていると浴室の外から友利が声をかける。
「シャツとか洗濯しますねー。とりあえず僕の服置いとくんで、これに着替えてくださぁい」
「あ、おん…ありがと」
冷静に考えて…何この状況。友利の家でシャワー浴びて、友利の服着て、制服乾くまで待つ感じだよな?
「服ありがと…な…」
リビングのドアを開けた俺は、目の前の光景に言葉を失った。
上半身裸でタオルを頭にかけ、ペットボトルを飲む友利の姿が目に映る。綺麗に割れたシックスパックは同じ男として嫉妬するほどで、元バレー部だからなのか程よく鍛えられた上腕二頭筋が目立つ。そこにまだ乾いていない濡れた髪が加わり、俺が女なら抱かれたくなるほどの色気を生んでいた。
「…先輩も飲みますか?」
飲みかけのペットボトルを差し出してくるなんて、確信犯じゃねーか!…でもここで断ったら変に意識してるみたいになるし…。
無言で受け取り、ゴクゴクと飲む俺のことを友利はじっと見ている。
「乾くまでもう少しかかるんで、部屋行きましょうか」
「え、部屋?」
…って何焦ってんだよ俺。男同士で部屋行くなんて普通にあるだろ。
階段を上がり、1番奥にある友利の部屋に少し緊張しながら入った。
部屋の中は俺の部屋とは違い、きちんと整理整頓され、清潔感のある空間だ。机の上にバレー部時代の集合写真が飾られている。
ーバレー部のユニフォームこんなだったんだ。
そんな事を思いながら突っ立ってた俺が悪いのかもしれない。
「キスした相手の部屋に簡単に入るなんて…」
ぎゅっ…友利に後ろから抱きしめられる。
「先輩って意外と隙ありまくりですね…」
耳元でそう囁かれ、一気に耳が熱くなる。
「いきなりなんだよ。離せって…」
「嫌です。僕の服着てる先輩を目の前にして、我慢なんて出来るわけないじゃないですか」
変態かよ…。
「…。」
…変態は俺か。
脱衣所で友利の服を着た時、今までふわっと香ってた友利の匂いがダイレクトにして、ドキッとした。
え、待てよ。今って、なかなかヤバい状況じゃね?友利は自分の服着てる俺に興奮して、友利の匂いにドキドキした俺は本人に抱きしめられてて…。これって、今振り向いたら…。
ゆっくり振り向くと、友利は待ってましたと言わんばかりにニコッと笑みを見せ、キスをしてきた。
「…んっ…」
前回と違う長く深いキスに戸惑いつつも、経験したことのない気持ち良さに身体中の力が抜けていく。やばい、完全に友利のペースに飲まれてる。つーか、なんでこいつこんなキス上手いの?
俺は顔を横に向け唇を離し、一歩後ろに下がった。
「…勝手にキスすんじゃねぇ、馬鹿っ!」
「ダメでした?」
「ダメに決まってんだろ!?…俺はお前と違って、男なんか興味ねぇんだよ!」
「僕だってそうですよ」
「は?」
「僕は先輩が好きなんです。だから先輩以外の男には興味なんてありません。先輩だって僕以外は興味ないでしょう?」
「いや、何言ってんの…お前にも興味なんて…」
「気づいてないんですか?先輩、今…めちゃくちゃ可愛い顔してますよ」
え…俺、どんな顔してんの…?
一睡も出来ないまま迎えた次の日。なんとか遅刻ギリギリで席に着き、そのまま机に伏せ寝る体勢を整える。
「おいっ、昨日連絡見てねーだろ?」
後ろの席から西原が体を突っつく。
「んー?何の話?」
顔を伏せたまま返事をした。
昨日の夜は放心状態で、スマホなんて見る余裕はなかった。あの後、タイミング良く乾燥機の終了音がして、制服類を持ち、急いで友利の家を出た。
「田中からの紹介の話だよ。フミちゃん周りの子と一緒に遊ぶ流れになってんだって」
「まじか、あいつの行動力すげぇな。3対3?」
「的場も来るから4対4」
予想外の内容に思わず体を起こし、振り向いた。
「えっ、的場来んの?」
「びっくりだろ?ま、的場が来たいつーより、フミちゃん側が4人だから合わせるために半強制って感じ」
「あーなるほどな」
「女の子が1人余っちゃうのは可哀想だろって、自称モテモテ男が優しさアピールしてきたからな」
「真の優しい男は的場だろそれ」
「それな」
日曜日の午後。
「フミちゃーん!みんなー!」
待ち合わせ場所に向かって来るフミちゃんたちに田中が手を振った。先に着いていた俺たちに気を遣い、フミちゃんたちは駆け寄ってくる。
「遅くなってごめんなさい」
「ぜーんぜん。俺らが早く着いただけだから。つーか、みんな私服めちゃ可愛いね!もちろん制服姿も可愛いけど」
田中の口からスラスラと出てくる言葉に、こいつは女にモテるために生まれて来たのかと思ってしまう。天職はホストかもしれない。
大型ゲームセンターに着いた俺たちは、とりあえず半分に分かれて行動することにした。
「じゃあ、男女別でグッパするか」
西原の提案に田中が口を挟む。
「俺とフミちゃんは一緒になりたいから、残りの3人でグッパして」
田中の言葉にフミちゃんは嬉しさを隠しきれていない。
「あいあい、分かりましたよーだ」
田中と西原はフミちゃんとまみちゃん、俺と的場は陽子ちゃん、シホちゃんと一緒になった。
「よろしくー」
「お願いします」
「何からしよっか。2人ともどれしたい?」
「先輩達の好きなもので大丈夫ですよ!」
「うーん、的場は?」
「…エアホッケー」
「お、良いじゃん。じゃあ、男女ペア組んで対戦するか」
「陽子ちゃんナイスー!」
ハイタッチをし盛り上がる俺と陽子ちゃん。初対面にしては、なかなかのチームプレイだ。
西原たちは少し離れた所でレーシング対戦ゲームをしている。
試合は俺と陽子ちゃんの圧勝。的場チームの敗因は分かっている。的場の口数の少なさだ。シホちゃんへの意思疎通が無さすぎ。
再び8人で集まり、各自好きにクレーンゲームをしていると、陽子ちゃんがぬいぐるみを見ていた。
「取ってやろうか?」
顔を軽く覗き込むと「え、いいんですか!?」と嬉しそうに言った。
無事取れたぬいぐるみを渡し、他の奴らと合流する。
ゲームセンターの後は、ファミレスで夜ご飯を食べることに。田中の隣は安定でフミちゃんだ。
つーかもう、フミちゃんは田中の彼女になれると思ってんじゃない?
的場の隣にはまみちゃんが座り、的場相手にマシンガントークを繰り広げている。
「西原とシホちゃんはバスだよな?残りは電車組だから一緒に行こっか」
「おう、じゃあまた明日な!」
西原は少し緊張気味に見えたが、シホちゃんを連れバス停に去って行った。
駅に着き、俺と陽子ちゃん以外は乗る線が違うため改札口を通りみんなと別れた。そして俺は陽子ちゃんと電車に乗り込む。
「今さらだけど、いきなり俺らと遊ぶとか緊張しなかった?」
「フミに誘われた時は不安でしたけど、すんごく楽しかったです!良かったらまた遊んでください」
あー素直でかわいい。うん、やっぱ女の子っていいな。陽子ちゃん見た目もいいし、胸もありそだし。俺の取ったぬいぐるみを大事そうに抱えてるとこも満点。
電車が次の駅に止まり、次々と人が乗ってくる。
ーえっ…。
人混みの中にいたのは、私服姿の友利だった。向こうはまだ気付いていない。
気付かれないように友利に背を向けたことで、陽子ちゃんに身体を向ける形になった。
「どうしたんですか?」
「あ、いや…。降りるの〇〇駅だっけ?」
「はい。千賀先輩はひとつ前の駅ですよね?」
「うん。でも女の子1人でこの時間は心配だし、俺も〇〇駅で降りるわ」
それに加えて、自分の駅で降りて友利と会ってしまう可能性を避けたい気持ちもあった。
本来降りる駅に電車が止まる。ドアが開き、俺に気付かないまま友利が降りているだろうと安堵していた。
「…先輩はここでしょ?」
ドアが閉まる直前、そう声がした時には俺の腕は掴まれ、そのまま電車を降りていく。
ホームに降り立った俺は、過ぎていく電車を背にして友利を見ている。
「…どういうつもりだよ」
「先輩はあの人と帰りたかったんですか?」
「帰りたいつーか、1人で帰らせるのはあぶねーじゃん」
「女の子には優しいんですね」
「どーゆー意味だよ」
「…僕にも優しくしてくださいよ」
え…なに。もしかしてこいつ…ヤキモチ妬いてんの?
改めて友利の顔を見ると拗ねた表情をしている。
「…かわいいかよ」
思わず心の声が小さく出てしまった。
「あのぉ、ご迷惑じゃなければ服を取りにお家寄ってもいいですか?」
服…学校で返すのも気まずかったし、ちょうどよかったか。
「…うん」
「少し待ってて」
玄関前に友利を待たせ、急いで部屋に服を取りに行く。
部屋の隅に置いている紙袋に入った服を手に持ち、玄関へ向かった。
「お待たせ。…ありがと」
紙袋を受け取った友利は満足そうな顔をして「先輩の匂いがする」と口にした。
普通なら引く発言なのに、ドキッとした自分がいる。…こいつの前だと調子が狂うんだよ。
「じゃ、おやすみ」
「明日の昼休み、いつもの踊り場来て下さいね」
「…行かねぇよ」
「勝手に待ってます。じゃあ、おやすみなさーい」
帰って行く友利の後ろ姿を見えなくなるまで見ていた。
