「青葉のペンかわいい〜! ラメラメだ」
二年C組の教室で、休み時間に私の席に近寄ってきた中川咲良が言った。
教室後方窓側。
私たちのいつもの光景。
今日もわたあめみたいなふわふわした甘い声。
合唱パートは毎回アルトの、低めな私の声とは正反対。
「かわいいよね、これ。描いた線のフチだけちょっと色が違うのが」
ペンケースからラメ入りのパープルのペンを取り出して、ノートの端にハートを描いてみせた。その線は、フチの部分だけ少し色が濃くなっていてまるで文字の輪郭をなぞったように見える。
「いつ見てもすごいね、青葉のペンケース」
咲良がふふっと笑う。
「だって、かわいものが多すぎるんだもん」
ドット柄のビニール素材のペンケースを、ペットにでもするようにヨシヨシと撫でながら言う。
水色のハサミに小さめのマステが三本、蛍光ペンは推し色のツインカラー、それにボールペンから水性マーカーまでカラーペンが二十本は入っていようかという私の相棒。
中学生の頃から中身がどんどん増殖中。
「今日のノートもカラフルだね」
「ラクガキだらけって言いたいんでしょ」
私が口を尖らせたら、「そんなことないよ〜」って咲良が眉を下げて笑う。
声だけじゃなくて髪だってダークブラウンのふわふわロングで、くりっくりの目に、きゅるんきゅるんのまつ毛。身長は高すぎない一五八センチ。
咲良のビジュアルにはかわいいしかない。
クラス一どころか、学年一……ううん、学校一かわいいかもしれない私の親友。
「私、青葉のイラストも字も大好きなんだから。青葉のファンだよ」
そう言って、指でハートを作ってくしゃっとした子犬みたいな笑顔を見せる。
性格もいいんだから、モテないはずがない。
「これも駅前の本屋さんで買ったの?」
「あそこ文具売り場も広くて、かわいいものいっぱい売ってるから」
私が文房具を買うのは駅前の大きな書店。
本も文房具もたくさんあるし、商品のセレクトが私好み。
「青葉、目がキラキラしてる。ほんと好きだね」
この愛嬌バッチリな咲良にはちょっと意外なところもあって……。
「ところで咲良、それ」
彼女のスマホケースに入ったステッカーを指差す。
「ふふ。いいでしょ」
咲良が自慢げに見せてくるけれど、私は「ん、んー……? 悪くはないけどぉ」と、手放しには褒められずに微妙なリアクションをしてしまう。
「咲良のイメージには、ちょっといかつくない?」
だってそのステッカーが『反逆のリベリオン』という少年マンガのものだから。
確かに人気の作品だけど、不良の抗争がどうだとか復讐がどうだとか……表紙も中身も黒がいっぱいでかなり血生臭くて怖い雰囲気。
ステッカーも、咲良の推しの背景にドクロが描いてある。
「いいでしょ〜? 好きなんだから」
「咲良のそのふわふわの雰囲気に合わないよー。どっちかっていったら私のイメージかも」
私こと小山青葉は高めの身長に猫みたいにツンとした目、硬くはないけどふんわりとも言えない髪質の黒髪ショート。
何もかもが彼女とは違っていて、人によってはちょっぴり怖いと思うみたい。
だから私の方が少年マンガが似合うんじゃないかなって思う。
「そんなことないでしょ」
咲良はまた、ふふって笑った。
それから顔を近づけて「恋する乙女の青葉は誰よりもかわいいもん」って耳打ちするから、つい反射的に耳を押さえて身体を後ろに引いてしまった。
「赤くなっちゃって。かーわいー!」
「もー! 咲良!」
「あ、ほら」
咲良が教室の前の方に視線を送る。
視線の先には背の高い男子が一人。
咲良が「噂をすれば」と今度はこちらをチラリと見る。
「噂? 俺の? 何?」
その男子、垣崎桔平が飄々とした顔でたずねてくる。
「し、してないよ。噂なんて! するわけないでしょ! 桔平の噂なんか」
慌てて否定する私に、咲良はニヤニヤとした視線を送ってくるし桔平は「なんかってなんだよ」と不機嫌そうな声を出す。
鼓動のリズムが少しだけ落ち着かない。
「なんか用?」
「なんだよその言い方〜」
明るい表情のこのお調子者には、いつもツンツンした態度を取ってしまう。
「今日も小山の自慢のペンケース見にきたんだよ。なんか新作のペンとか見せてよ。あれ? 中川のスマホのやつなんだっけそれ」
「『反リベ』だよ」
「あー俺も好き」
「絶対嘘でしょ〜」
その軽い言葉に咲良がクスクスと笑う。
私にも咲良にも、他の子たちにも適当なことばっかり。だけど誰に対してもニコニコ愛想が良くて憎めないキャラ。
「桔平、どうせこれが目当てなんでしょ?」
そう言って胸元に掲げて見せたのは、直前に受けていた世界史のノート。
「おーさっすが! サンキュー」
即座に受け取ろうと差し出してきた桔平の手を避けるように、すかさずノートを引っ込めた。
「え」
「そう毎回毎回タダってわけにはいかないでしょ」
不敵な顔でイタズラっぽく笑ってみせると、彼は困ったように眉を下げて腕を組む。その顔がちょっとかわいい……なんて思ってしまう。
「よし、新作フラペ一杯おごる。金曜行こうぜ」
「え!? いいの?」
桔平はコクリとうなずいた。
それはつまり、放課後に二人でカフェに行くってこと? と、先ほどとは比べ物にならないくらい心臓が細かなリズムを刻む。
だってそれって放課後デー……
「空いてるやつ誘って、みんなで」
ですよね〜……と、わかってはいてもちょっぴりガッカリしてしまう。
「中川も空いてる? 金曜」
「ん? えと……」と咲良が気を使ったように、こちらをチラリと見る。
その目は〝二人で行きたいよね?〟と言っている。
「行こうよ、咲良も。桔平におごってもらお」
「げ、二人分おごりかよ」
「咲良が褒めてくれるからノートとるの頑張れるんだもん。当たり前でしょ」
唇を尖らせて、謎理論を展開しながらノートを渡す。
「サンキュー。小山のノート、マジでわかりやすいから助かってる」
顔の近くに私のノートを掲げて満面の笑み。
「字もすっげーきれいだし! ありがとな。フラペ楽しみにしとけよ」
その無邪気な笑顔に、心臓がキュンと鳴いて悔しい。
「良かったの? 二人じゃなくて。私、お邪魔虫じゃない?」
自分の席に戻る桔平の背中を見送りながら咲良が言った。
「いいの! 咲良が断ってもどうせ友だち何人も引き連れてくるよ」
超がつくほど鈍感なんだもん。桔平は。
「でも垣崎くん、ノートがわかりやすくて字もきれいって言ってたね」
咲良に言われて「えへへ」とはにかんで、小さくピースする。
頑張ってかわいいノートにして良かった。
「帰りに新しいスタンプ買いに行っちゃおうかな♪」
この前お店に行った時から目をつけているワンポイントのスタンプがある。
「咲良も行かない? 『反リベ』の新刊発売したんでしょ?」
「今日は用事があるんだ。それに私、電子派なの」
そう言って咲良が見せてくれたスマホの画面には、電子版の『反リベ』最新刊の表紙が映し出されている。しっかり発売日にダウンロードしたらしい。
「私は紙派だな〜。本屋さんで紙の本選ぶのが楽しくない? 予期せぬ出会いがあって」
「楽しくないとは言わないけど、私、大きい本屋さんてちょっと苦手なの」
彼女の意外な発言に思わず「なんで!?」と驚き気味に聞いてしまった。
「うーん……カラフルな本がたくさん並んでて、文字がいっぱいあって探し物に迷って目が回っちゃうの。情報過多っていうのかな」
「えーなにそれー! それが本屋さんのいいところじゃない」
そんな考えの人がいるなんて思いもしなかったから、びっくり。
「まあ、そうなんだけどぉ」
咲良は書店好きの私に気を使うように、バツの悪そうな顔で「えへへ」と苦笑い。
そして放課後。
咲良にフラれてしまった私は一人寂しく……なんてことは全く無く、ワクワクした気持ちで駅前の書店に立ち寄った。
しょっちゅう入り浸ってるから店員さんともなんとなく顔見知りで、文具コーナーのおばちゃんに「新作入荷したわよ」なんて声をかけてもらう。
「あ、この色素敵!」
「でしょでしょ! 絶対好きだと思ったの」
私がブルー系が好きだということもバレている。
ペンにスタンプに、葉っぱの形のクリップ。同じシリーズの桜の形のものは咲良におみやげ……って感じで、やっぱり予定よりたくさん買ってしまった。
でもこれでまたノートがかわいくなるって思うとついつい口元がゆるむ。
散財したけど満足。
なぜかおばちゃんも満足げで笑ってしまう。
「あ」
大好きな恋愛ものの少女マンガの発売日が過ぎていたことを思い出した。
ついでにコミックコーナーものぞこうと足を踏み入れた時だった。
「え、桔平?」
見慣れた制服の後ろ姿が、驚いたように肩を上下させる。振り向いた顔はやっぱり桔平。
その顔を見た瞬間に、心臓が小さく跳ねてしまうんだから重症だ。
金曜はダメだったけど、思いがけず放課後に二人きりになるチャンスが巡ってきたんだから仕方ないでしょ……なんて、自分に言い訳する。
「桔平もマンガ? 良かったらおすすめ教え……」
そこまで言って、彼の手に抱えられているマンガ数冊に心臓がヒュッと一気に冷え込む。
「……何? 『反リベ』読み始めるの?」
桔平の手には『反リベ』の一巻から五巻。
「え? う、うん。人気あるじゃん? これ」
一瞬、声が上擦ったんですけど。
「咲良には『俺も好き』って言ってなかったっけ?」
「え、え? そうだっけ?」
――『中川も空いてる? 金曜』
あれ、本当に誘いたかったのは咲良だったってことですか。
心の中で「はぁっ」と大きなため息をつく。
ふーん。ふーん。ふーん……そっかぁ。そうですか。
ついさっきまでの楽しい気分が急降下。
だけどこんなところで泣くわけにもいかないから無理やり口角を上げる。
「咲良は七巻が好きだって言ってたよ」
「え!? いや別に中川とか関係ねーし」
そう言いながら、桔平は六巻七巻も手に取った。
その隠しごとができない素直な性格がやっぱりかわいくて……好きだな、なんて思ってしまう。
鼓動がずっと忙しい。
「じゃあ、私帰るから。また明日、学校でね。バイバイ」
「お、おう。バイバイ」
――『予期せぬ出会いがあって』
出口に向かいながら、マヌケな自分の言葉を思い出す。こんな出会いは求めてなかった。
――『情報過多っていうのかな』
咲良の言った通りだ。
この情報は心が処理するのにちょっと時間がかかりそう。
まあ、咲良ってかわいくっていい子だもん。私が男子だったとしてもきっと好きになる。
……だけど、だからって!
私を利用しようとしたのはムカつくに決まってるでしょ。
だから桔平には教えてあげない。
『反リベ』は、咲良の彼氏の趣味なんだって。
あの子の彼氏は年上で、ちょっといかつい性格らしい。
きっと桔平とは正反対のタイプだと思う。
そうとも知らずに、金曜までに咲良の好きなマンガのお勉強って……。
「健気すぎるでしょ」
店を出たところで思わずポツリとつぶやいた。
やっぱり好き。その性格。
しょうがないから、失恋したら慰めてあげようかな。
fin.
二年C組の教室で、休み時間に私の席に近寄ってきた中川咲良が言った。
教室後方窓側。
私たちのいつもの光景。
今日もわたあめみたいなふわふわした甘い声。
合唱パートは毎回アルトの、低めな私の声とは正反対。
「かわいいよね、これ。描いた線のフチだけちょっと色が違うのが」
ペンケースからラメ入りのパープルのペンを取り出して、ノートの端にハートを描いてみせた。その線は、フチの部分だけ少し色が濃くなっていてまるで文字の輪郭をなぞったように見える。
「いつ見てもすごいね、青葉のペンケース」
咲良がふふっと笑う。
「だって、かわいものが多すぎるんだもん」
ドット柄のビニール素材のペンケースを、ペットにでもするようにヨシヨシと撫でながら言う。
水色のハサミに小さめのマステが三本、蛍光ペンは推し色のツインカラー、それにボールペンから水性マーカーまでカラーペンが二十本は入っていようかという私の相棒。
中学生の頃から中身がどんどん増殖中。
「今日のノートもカラフルだね」
「ラクガキだらけって言いたいんでしょ」
私が口を尖らせたら、「そんなことないよ〜」って咲良が眉を下げて笑う。
声だけじゃなくて髪だってダークブラウンのふわふわロングで、くりっくりの目に、きゅるんきゅるんのまつ毛。身長は高すぎない一五八センチ。
咲良のビジュアルにはかわいいしかない。
クラス一どころか、学年一……ううん、学校一かわいいかもしれない私の親友。
「私、青葉のイラストも字も大好きなんだから。青葉のファンだよ」
そう言って、指でハートを作ってくしゃっとした子犬みたいな笑顔を見せる。
性格もいいんだから、モテないはずがない。
「これも駅前の本屋さんで買ったの?」
「あそこ文具売り場も広くて、かわいいものいっぱい売ってるから」
私が文房具を買うのは駅前の大きな書店。
本も文房具もたくさんあるし、商品のセレクトが私好み。
「青葉、目がキラキラしてる。ほんと好きだね」
この愛嬌バッチリな咲良にはちょっと意外なところもあって……。
「ところで咲良、それ」
彼女のスマホケースに入ったステッカーを指差す。
「ふふ。いいでしょ」
咲良が自慢げに見せてくるけれど、私は「ん、んー……? 悪くはないけどぉ」と、手放しには褒められずに微妙なリアクションをしてしまう。
「咲良のイメージには、ちょっといかつくない?」
だってそのステッカーが『反逆のリベリオン』という少年マンガのものだから。
確かに人気の作品だけど、不良の抗争がどうだとか復讐がどうだとか……表紙も中身も黒がいっぱいでかなり血生臭くて怖い雰囲気。
ステッカーも、咲良の推しの背景にドクロが描いてある。
「いいでしょ〜? 好きなんだから」
「咲良のそのふわふわの雰囲気に合わないよー。どっちかっていったら私のイメージかも」
私こと小山青葉は高めの身長に猫みたいにツンとした目、硬くはないけどふんわりとも言えない髪質の黒髪ショート。
何もかもが彼女とは違っていて、人によってはちょっぴり怖いと思うみたい。
だから私の方が少年マンガが似合うんじゃないかなって思う。
「そんなことないでしょ」
咲良はまた、ふふって笑った。
それから顔を近づけて「恋する乙女の青葉は誰よりもかわいいもん」って耳打ちするから、つい反射的に耳を押さえて身体を後ろに引いてしまった。
「赤くなっちゃって。かーわいー!」
「もー! 咲良!」
「あ、ほら」
咲良が教室の前の方に視線を送る。
視線の先には背の高い男子が一人。
咲良が「噂をすれば」と今度はこちらをチラリと見る。
「噂? 俺の? 何?」
その男子、垣崎桔平が飄々とした顔でたずねてくる。
「し、してないよ。噂なんて! するわけないでしょ! 桔平の噂なんか」
慌てて否定する私に、咲良はニヤニヤとした視線を送ってくるし桔平は「なんかってなんだよ」と不機嫌そうな声を出す。
鼓動のリズムが少しだけ落ち着かない。
「なんか用?」
「なんだよその言い方〜」
明るい表情のこのお調子者には、いつもツンツンした態度を取ってしまう。
「今日も小山の自慢のペンケース見にきたんだよ。なんか新作のペンとか見せてよ。あれ? 中川のスマホのやつなんだっけそれ」
「『反リベ』だよ」
「あー俺も好き」
「絶対嘘でしょ〜」
その軽い言葉に咲良がクスクスと笑う。
私にも咲良にも、他の子たちにも適当なことばっかり。だけど誰に対してもニコニコ愛想が良くて憎めないキャラ。
「桔平、どうせこれが目当てなんでしょ?」
そう言って胸元に掲げて見せたのは、直前に受けていた世界史のノート。
「おーさっすが! サンキュー」
即座に受け取ろうと差し出してきた桔平の手を避けるように、すかさずノートを引っ込めた。
「え」
「そう毎回毎回タダってわけにはいかないでしょ」
不敵な顔でイタズラっぽく笑ってみせると、彼は困ったように眉を下げて腕を組む。その顔がちょっとかわいい……なんて思ってしまう。
「よし、新作フラペ一杯おごる。金曜行こうぜ」
「え!? いいの?」
桔平はコクリとうなずいた。
それはつまり、放課後に二人でカフェに行くってこと? と、先ほどとは比べ物にならないくらい心臓が細かなリズムを刻む。
だってそれって放課後デー……
「空いてるやつ誘って、みんなで」
ですよね〜……と、わかってはいてもちょっぴりガッカリしてしまう。
「中川も空いてる? 金曜」
「ん? えと……」と咲良が気を使ったように、こちらをチラリと見る。
その目は〝二人で行きたいよね?〟と言っている。
「行こうよ、咲良も。桔平におごってもらお」
「げ、二人分おごりかよ」
「咲良が褒めてくれるからノートとるの頑張れるんだもん。当たり前でしょ」
唇を尖らせて、謎理論を展開しながらノートを渡す。
「サンキュー。小山のノート、マジでわかりやすいから助かってる」
顔の近くに私のノートを掲げて満面の笑み。
「字もすっげーきれいだし! ありがとな。フラペ楽しみにしとけよ」
その無邪気な笑顔に、心臓がキュンと鳴いて悔しい。
「良かったの? 二人じゃなくて。私、お邪魔虫じゃない?」
自分の席に戻る桔平の背中を見送りながら咲良が言った。
「いいの! 咲良が断ってもどうせ友だち何人も引き連れてくるよ」
超がつくほど鈍感なんだもん。桔平は。
「でも垣崎くん、ノートがわかりやすくて字もきれいって言ってたね」
咲良に言われて「えへへ」とはにかんで、小さくピースする。
頑張ってかわいいノートにして良かった。
「帰りに新しいスタンプ買いに行っちゃおうかな♪」
この前お店に行った時から目をつけているワンポイントのスタンプがある。
「咲良も行かない? 『反リベ』の新刊発売したんでしょ?」
「今日は用事があるんだ。それに私、電子派なの」
そう言って咲良が見せてくれたスマホの画面には、電子版の『反リベ』最新刊の表紙が映し出されている。しっかり発売日にダウンロードしたらしい。
「私は紙派だな〜。本屋さんで紙の本選ぶのが楽しくない? 予期せぬ出会いがあって」
「楽しくないとは言わないけど、私、大きい本屋さんてちょっと苦手なの」
彼女の意外な発言に思わず「なんで!?」と驚き気味に聞いてしまった。
「うーん……カラフルな本がたくさん並んでて、文字がいっぱいあって探し物に迷って目が回っちゃうの。情報過多っていうのかな」
「えーなにそれー! それが本屋さんのいいところじゃない」
そんな考えの人がいるなんて思いもしなかったから、びっくり。
「まあ、そうなんだけどぉ」
咲良は書店好きの私に気を使うように、バツの悪そうな顔で「えへへ」と苦笑い。
そして放課後。
咲良にフラれてしまった私は一人寂しく……なんてことは全く無く、ワクワクした気持ちで駅前の書店に立ち寄った。
しょっちゅう入り浸ってるから店員さんともなんとなく顔見知りで、文具コーナーのおばちゃんに「新作入荷したわよ」なんて声をかけてもらう。
「あ、この色素敵!」
「でしょでしょ! 絶対好きだと思ったの」
私がブルー系が好きだということもバレている。
ペンにスタンプに、葉っぱの形のクリップ。同じシリーズの桜の形のものは咲良におみやげ……って感じで、やっぱり予定よりたくさん買ってしまった。
でもこれでまたノートがかわいくなるって思うとついつい口元がゆるむ。
散財したけど満足。
なぜかおばちゃんも満足げで笑ってしまう。
「あ」
大好きな恋愛ものの少女マンガの発売日が過ぎていたことを思い出した。
ついでにコミックコーナーものぞこうと足を踏み入れた時だった。
「え、桔平?」
見慣れた制服の後ろ姿が、驚いたように肩を上下させる。振り向いた顔はやっぱり桔平。
その顔を見た瞬間に、心臓が小さく跳ねてしまうんだから重症だ。
金曜はダメだったけど、思いがけず放課後に二人きりになるチャンスが巡ってきたんだから仕方ないでしょ……なんて、自分に言い訳する。
「桔平もマンガ? 良かったらおすすめ教え……」
そこまで言って、彼の手に抱えられているマンガ数冊に心臓がヒュッと一気に冷え込む。
「……何? 『反リベ』読み始めるの?」
桔平の手には『反リベ』の一巻から五巻。
「え? う、うん。人気あるじゃん? これ」
一瞬、声が上擦ったんですけど。
「咲良には『俺も好き』って言ってなかったっけ?」
「え、え? そうだっけ?」
――『中川も空いてる? 金曜』
あれ、本当に誘いたかったのは咲良だったってことですか。
心の中で「はぁっ」と大きなため息をつく。
ふーん。ふーん。ふーん……そっかぁ。そうですか。
ついさっきまでの楽しい気分が急降下。
だけどこんなところで泣くわけにもいかないから無理やり口角を上げる。
「咲良は七巻が好きだって言ってたよ」
「え!? いや別に中川とか関係ねーし」
そう言いながら、桔平は六巻七巻も手に取った。
その隠しごとができない素直な性格がやっぱりかわいくて……好きだな、なんて思ってしまう。
鼓動がずっと忙しい。
「じゃあ、私帰るから。また明日、学校でね。バイバイ」
「お、おう。バイバイ」
――『予期せぬ出会いがあって』
出口に向かいながら、マヌケな自分の言葉を思い出す。こんな出会いは求めてなかった。
――『情報過多っていうのかな』
咲良の言った通りだ。
この情報は心が処理するのにちょっと時間がかかりそう。
まあ、咲良ってかわいくっていい子だもん。私が男子だったとしてもきっと好きになる。
……だけど、だからって!
私を利用しようとしたのはムカつくに決まってるでしょ。
だから桔平には教えてあげない。
『反リベ』は、咲良の彼氏の趣味なんだって。
あの子の彼氏は年上で、ちょっといかつい性格らしい。
きっと桔平とは正反対のタイプだと思う。
そうとも知らずに、金曜までに咲良の好きなマンガのお勉強って……。
「健気すぎるでしょ」
店を出たところで思わずポツリとつぶやいた。
やっぱり好き。その性格。
しょうがないから、失恋したら慰めてあげようかな。
fin.



