「あれ、今日はまた違う女の子連れてる~」
 綾人さんの声に顔を上げると、昼間の女の子に挟まれたアイザが、遠くに見えた。俺はそれだけの事で胸の奥が、ずんっと重くなるのを感じながら、目を逸らした。
「あの顔じゃモテるよね」
「ですね」
「なんか、親離れかな~」
「そんな頃かもしれませんね~」
「寂しくないの?」
「……べつに」
 嘘だ、分かってる。
 こんな簡単な嘘は、綾人さんに通用しないのは重々承知だ。けれど、俺にだってプライドというものがある。ひな鳥の旅立ちの足を引っ張る親鳥なんて、絶対嫌だ。
「……いいの? 旅立っちゃって」
 意地が悪いぞ。
 なんて訴えたい気持ちを堪えながら、俺はちらりと綾人さんに視線を流した。彼は目が合うと、にやりと笑う――確信犯。
「性格悪いです」
「ひどーい」
「どっちが」
 彼を無視して在庫リーダーに向き合うと、
「シュン!」
 と声を掛けられた。顔を上げると、女の子に挟まれたままのアイザが手を振っていた。俺を見つけるなり、母親を見つけた子どもみたいに、こちらに駆け寄ってくる。本当なら、今ま抱えている苛立ちをぶつけたいのに、あまりにも純粋な笑顔でこちらに来るから、そんな事できる訳ない気持ちになってくるのがもどかしい。
 いっそずるい。
「何時終わる?」
「八時……だけど」
「じゃあ待ってる」
 いやいや。
 俺は立ち上がって、首を横に振った。
「お前女の子達といるだろ?」
「うん、ばいばいする」
「いやいや……女の子と遊んでればいいじゃん」
 ああ、言葉に棘が出そうになる。むしろ少し刺々しくなってるかもしれない。
 感情に流された言葉遣いに、自己嫌悪が湧いてきた。
「俺の事はいいから」
「シュンと帰る。送るのしたい」
「いや、大丈夫だって」
「大丈夫ないかも。それに、一緒に居たい」
 ――一緒に居たい。
 その言葉に、心臓が大きく鼓動を打つ。その一方で、女の子といるくせに、と拗ねている自分も自覚して、俺は下唇を噛んだ。
「今日は綾人さんと帰る」
「え、俺?」
 バイト終わりの時間が違うので、もちろんこんなのは嘘だ。でも、なんとなく嘘を吐かずにいられなかった。
「だめだよ」
「ダメじゃない」
「シュン、どうしたの?」
 俺が知りたいよ。
 その一言も吐けないまま、あっち行って、と女の子の方を指さすと、アイザは俺を覗き込む。
「ねえ、シュン」
「待ってるぞ、あっち」
 そう突っ撥ねると、
「アイザくん」
 痺れを切らしただろう女の子の方から、声が掛かった。アイザは一瞬彼女たちに振り返るけれど、すぐに俺を見下ろして、
「シュン」
 と名前を呼ぶ。
 大きな手が、俺の手を取ると、そっとそのまま手を持ち上げ、俺の手の甲に唇を押し付けてきた。ふわりとアイザの薄い唇の感触が、柔らかく俺の手の甲に滲む。
 驚いて声も出ない。
「シュン、わがまましないの。待ってるからね」
 そう言うと、アイザは踵を返して、綺麗に女の子たちと去ってしまう。
「うっわぁ~……、待ってここ日本だよね?」
 綾人さんの声で我に返り振り返ると、彼は俺を見るなり、吹き出すように笑ってきた。
「何ですか……っ」
「何ですかじゃないよ。なんだよ、その顔! 真っ赤過ぎてうける!」
「笑ってないで仕事してください!」
「ふたりとも、うるさいよ~」
 店長の声に、俺は叫び出したい気持ちを飲み込んで、しゃがんでいる綾人さんの腰辺りを軽く蹴った。
「暴力はんたーい」
「後輩苛め反対です」
 断固として譲らずに、お互い主張をしてから、俺は在庫整理に戻った。
 アイザのばか。
 何だアレ。なんのつもりだよ、王子様気取りかよ。さっむ!
 ――でも、ちょっと嬉しい――なんて、お姫様気取りの自分が一番許せない。