バイトの終わり十分前、
「出入り口に待ってるね!」
 当たり前のようにアイザが今日も迎えに来る。俺は手を振ってそれに応え、最後の搬入に解きにバックルームへと向かう。
「今日もお迎えですか、番犬くんは」
「王子じゃないんですか?」
「もう番犬でしょ、アレは」
 綾人さんに茶化されながら、残り十分で明日販売予定の雑誌の確認をしていると、途中であっても、
「もういいよ、上がって」
 と声を掛けられてしまう。
「いいんですか?」
「待ってるでしょ、わんちゃん」
「そうだけど」
「いいのいいの、俺噛まれたくないもーん」
 そう言いながら綾人さんが手を振るので、俺はその好意に甘える事にした。
 エプロンを外すだけの身支度を済ませて、俺は「お疲れ様です」とバイト先を後にし、待ち合わせている本屋の正面出入り口に急ぐ。
 夏を迎える準備の整った夜は気候が良く、気持ちがいい。俺は肩に鞄を掛け直すと、出入り口前で辺りをきょろきょろしている、アイザに手を振った。
 俺を見つけた彼は、ぱっとこちらが照れてしまう程、表情を輝かせて、駆け寄ってくる。
「おつかれさま!」
 そう言って、躊躇いなく抱き締められた。
「会いたかった、シュン」
 数年ぶりの再会のごとく、アイザの表現は相変わらず大げさだ。俺は「はいはい」とその背中を撫でてから、帰ろう、と彼を促す。そして、当たり前のように、アイザは俺の手を握って歩き出した。
 ――もうこんなのは慣れた。
 抱きしめたいと言われて、断っても断る理由が分からないと言うし、手をつなぐのは恥ずかしいと訴えても、シュンは自慢だから恥ずかしくないと言い張って、あれ以来アイザはべったりだ。
 嫌な気はしないけれど、綾人さんには呆れられて、王子から番犬に格下げされているのが、現状である。――まあ、やっぱり嫌な気はしないんだけど……。
「シュン、可愛い顔してる~」
 そう言いながら覗き込まれると、自然と意図せずに頬が熱くなる。……これが、惚れた弱みか。
「ていうか、俺のバイトが終わるまでに、ドリルやった?」
「はい!」
「じゃあ、カフェ寄って答え合わせしよっか」
「うん!」
 今度は俺がぐいっと手を引いてやると、アイザは嬉しそうに笑った。
「ねえ、シュン」
「うん?」
「好きだよ、すごく好き」
 突然の告白に、思わず心臓がどきりと音を立ててしまう。
 この言葉は、慣れないななんて思いながら、俺は彼の美しい双眸を見つめた。初めて会った頃から変わらない、青と緑を混ぜたような、綺麗で純粋な、澄んだ瞳。
 俺はずっとこの瞳の中に映っていたいと、見つめるたびに思う。
「俺も好きだよ、ずっと好き」
 俺が答えると、アイザは「へへ」と嬉しそうに幼く笑って、俺の手を握り返した。