「ねえ、アイザくん呼んでくれない?」
 放課後、帰る準備をしていると、良くアイザの隣にいる女の子に話しかけられた。
 驚いて「どうして?」と思ったけれど、女の子の顔が少し赤らんでいるのを見つけて、ああ、と落胆してしまう自分がいた。
 ――どうしよう。この頼みごとを受けたら、俺は彼女がアイザに告白する事を了承した事になってしまう。
「えっと……」
 そう思い、返事を迷ってしまうと、
「ねえ、ちょっと。応援してあげてもよくない? 分かるでしょ?」
 彼女に加勢するように、背後から女の子がもう一人出てきた。
「二人が付き合ったら、三波だって休み時間楽じゃん」
 俺は別にアイザをウザいと思ってるわけじゃない。
 確かに、一年が二年の教室に頻繁に来るのは、見た目としてどうかとは思うけれど、それはそれ、これはこれの話しだ。
「いいから呼び出してよ」
 強く一歩責め寄られて、思わず身を引いてしまう。二対一、というのは相手が女子であっても迫力があるものだ――でも。
「……自分で、アイザのクラスに行って、呼び出してくれないかな」
「はあ?」
 でもやっぱり……なんかやだ。
 俺の返事が予想外だったのか、二人の声が思った以上に大きく教室に響くと、一気にクラスメイトの視線がこちらに飛んできた。まだホームルームが終わったばかりで、教室には大半の生徒が残っていた。
「なんでそんなこというの? 性格悪くない?」
 さっきよりも声を控え目に、加勢して来た女の子から責められる。
「おいおい、何気ィ立ってんだよ、こえーよ」
 女の子と俺の間に入ってきたのは、橘だった。
「だって、三波がさあ!」
 感情が逆立ってしまった彼女は、橘に訴え始め、俺はうんざりしながらも、いよいよ自分で彼を呼び出さないと……許さないといけなくなるのかと、肩を落とす。
 ――まあ、男同士だしね。アイザも女の子が良いかもしれないし……そんな言い訳を苦々しく頭の中に連ねながら、けれど手はスマホへと動いてはくれなくて。
 やだな、どうしよう……。でもやっぱ許したくない。
「なにしてるの?」
 不意に頭上から声がして、はっと顔を上げると、
「ねえ、シュンのこといじめないで」
 アイザは橘を睨みつける。
「お前、俺になんか当たり強くね?」
「安心できない」
「何を疑われてんだ、俺は……」
 仲裁に入ったのに、とばっちりもいいところだと言わんばかりに、橘は肩を落とした。
「あ、アイザくん、話があって……!」
 機を掴んだというように、女の子がアイザに声を掛けた。
「うん、わかった」
 必死な女の子の声に、アイザは相変わらず安穏とした優しい声音で応じる。俺はその優しい声音に、勝手にひどく傷付いてしまった。告白されたら、あの声音で「うん」っていうのかな、と想像すると、泣きたくなってくる。
 こんな気持ちになりたくなかった。
「シュン、待ってて」
 待てるはずがない、こんな気持ちで。
「俺は先に」
「だめ」
 アイザはそう言い放ち、俺の手首を取った。
 顔を上げると、アイザはにこやかに俺に笑いかけてくれている――が、手首を掴む力には、あまり優しさがない。
「だめだよ、危ないから一緒に帰る」
「まだ明るいし」
「だめ、ここに、いて」
 真っ直ぐと胸を貫くような眼差しで告げられ、俺は思わず自席に腰を下ろした。それを見ていたアイザは「いいこ」と俺の頭を撫でると、女子と一緒にどこかに行ってしまった。
「あーあー、ありゃ女子の方が可哀相だぞ」
 橘は俺の前の席に腰を下ろすと、ため息交じりにそう呟く。
 クラスからの視線はすでに散り散りとなっており、もう誰も俺達に注目などしていない。
「なんで」
「……あのバカでか赤ちゃんが見てるの、どう考えてもお前だけじゃん」
 そう言うと、橘はさっとすぐに席を立ってしまった。
 ――アイザが見ているのは、俺だけ?
「また睨まれねーうちに、俺は帰るよ。この前言ってた小説よろしくな」
「悪い、忘れてた。明日持ってくるよ」
 手を振り合って、出ていく橘を見送ると、俺は机に置きっぱなしにしてある鞄の上に、顔を伏せた。――アイザは、なんて答えるんだろう。もし好きじゃなくても「お試しでもいい」なんて言われたら、どうするんだろう。そういうのって、文化的に違いってあるのかな。アイザ、今何考えてるんだろう。
 少しずつ減っていく教室の生徒を数えながら、俺は何度目かも忘れた、ため息を吐き出した。