好きだと自覚してしまえば、黒い感情が嫉妬である事を認めざるを得なくなる。
 俺はアイザを学校で見かけるたび、俺の教室に来るたび、その隣に並びたがる女の子を、もやもやした気持ちで見るようになってしまった。
 俺に会いに来てくれたはずなのに、積極的な女の子に比べて、消極的な自分が悪いのを棚に上げて、他人を責めようとしてしまう自分が情けない。
「勢田くん、取られちゃったね~」
 一軍グループを抜け出して、橘が何故か俺の席の前でくつろいでいる。俺は少しムッとしながら、女の子にせっつかれて移動してしまったアイザから目を逸らした。
「呼べば戻ってくるぜ?」
 橘がにやりと言ってくる。
「何なの、お前」
「初々しくて見守りたい気持ちなの、俺」
「きっも……」
「おい!」
 腕を軽く叩かれる。
「シュンのこと叩かないで」
 言い返そうと口を開きかけると、そんな声が頭上から降りて来たので顔を上げると、アイザが眉間に眉を寄せていた。その少し暗い表情が、何となく怖い……。
「突っ込んだだけじゃん」
「だめ」
「はいはい」
 橘は呆れたような溜息を吐くと、席を立った。
「またなー」
「おー……」
 にこやかに去って行く橘を見送り、二人で残されると、
「シュン、痛くない?」
 アイザは橘の座っていた椅子に腰を下ろし、俺の二の腕を摩ってくる。ブレザー越しに伝わってくる彼の大きな掌を感じながら、俺は「冗談だよ」と笑って見せたが、それでもアイザは「いやいや」と首を横に振った。
「優しいのじゃないとやだ」
「なんで」
「シュンは大事だから」
 ……外国人クオリティというか、なんというか……。
 俺を一々意識させる言葉を吐き出すアイザに、俺は期待しないように己を叱咤した。――こいつは無意識だぞ、殆ど何の意識もせず、言葉を吐いてるんだ――冷静にそう自分へと言い聞かせ。
「ただのじゃれ合いだよ」
 そう笑って見せる。
「じゃれあい……」
「おふざけ、冗談」
 そう言うと彼はまた眉を潜めた。
「アイザくん、ねえねえ」
 アイザを追ってきた女の子たちの声音に顔を上げると、アイザは曖昧に笑顔を作った。
 それは今までにない表情で、
「ごめんね、今はシュンといたい」
 そうはっきり言葉にした。
 一瞬場が凍ってしまう。
 驚いてアイザを見ると、彼はいつも通りのにこやかさで「あとでね」と笑った。はっきりとした口調に、驚いていた女の子達は言葉を濁すように頷くと、俺の机から遠ざかっていく。
「どうした?」
「なにも、ない」
 彼はそう呟くと、俺の机に肘を着いて、手の甲に顔を埋めながら、長い息を吐き出した。
「なんにもないがないよ~」
「なんだそれ」
 意味不明な造語を嘆きながら、アイザが机に突っ伏す。
「難しいね、日本語」
「そうだなァ」
 本当にそう思う。日本語……というか、言葉って難しい。自分の気持ち一つ、何の誤解もなく、百パーセント伝えることができないんだから。
 俺はアイザのつむじを眺めながら、本当に難しいねと、胸の内で呟く。
 どうやったら、彼に迷惑かけずに、好きだと伝えられるんだろう。
「俺もわかんないや」
 俺はそう呟くと、アイザの髪を、わしゃわしゃと乱すように撫でた。