『このほん、さかします』
 差し出されたメモ書きと、スマートフォン。俺はそれを覗き込んでから、頭一つ分は背の高い男を見上げる。
 日本人とも外国人ともつかない、美しい顔立ちの彼は、
「え、と……これ、これは」
 と、スマートフォンの中の画像を指さした。
「探してる?」
「あ、それ。さがしてる!」
 ようやく見つけた言葉であるように、緑と青が入り混じった美しい双眸を輝かせる。彼が首を縦に振る度に、美しい長めの栗毛がさらさらと踊っていた。
 俺はもう一度画面を覗き込んでみる。
『小学校三年生、漢字ドリル』
 デフォルメされたうさぎとクマが、楽しそうに笑っているイラストともにそう書かれた、大判のドリル。
 日本語の練習してるのかな。
 そう思うと、何となく微笑ましい気持ちになり、俺は「どうぞ、こちらへ」と、教材が並ぶ棚へと彼を案内した。
 見えてきた学習系の棚の前で、
「えっと、……ぷりーず、うぇいと、あ、もーめんと」
 そう言いながら彼に振り返ると、男は少し嬉しそうに頷いた。
 俺は腰を屈めて、小学生向けのドリルの棚を指でなぞりながら、その教材を探した。つるつるした背表紙を一つ一つ確認していると、
「あ、これ」
 背後から長い腕が伸びて来て、一冊の教材の背表紙を指さす。その指は白く長く、そしてしなやかで柔らかそうだった。
「あ、ありましたね」
 自分よりも早く見つけられてしまい、少し恥ずかしいと思いながらも、振り返った彼は、教材を引き抜いて、嬉しそうに笑っている。ぺらぺらと中身を確認して、
「ありがとうございます」
 そう笑った。
 何もしてないけれど、喜んでもらえたなら何よりだ。
「あー……んー、かくはむずかしい」
「そうですね、難しい、ですよね」
「でも、たくさんべんきょうする。はなすことしたい」
「すごいですね、沢山話せたら、楽しいですよね」
 一生懸命、頭の中に巡っている言葉を掴むように、一つ一つ吟味しながら、彼はそれらを舌に乗せた。それが微笑ましくて、俺は彼の分かり易いように、文節を区切りながら、はっきりと話した。
 彼は単語だけになると、理解し易いのか、俺の言葉を聞き取り「通じた」と、何度も頷いて喜んだ。
 その笑顔に、自然と頬が緩んでしまう。
「きみは、やさしい」
 真っ直ぐな言葉を投げかけられると、他意がないとは言え、思わず心臓が弾む。誰かを優しいなんて、素直に伝える人はあまりいないし、目を見て真っ直ぐ伝えられると、こそばゆい。
 外国人だから、はっきりとした言葉に抵抗がないのか、それとも日本語の強弱があまり分かっていないのか。
 俺は照れ隠しに「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。
「やさしい、ありがと」
「どういたしまして」
「おかねは、どこに?」
「あ、レジは……お金はあちらです」
 そう言いながら、会計カウンターを指さすと、彼は天井から吊るされた『CASHIER』というプレートを見つけて、同じようにを指した。
「ありがと、ばいばい」
子どものような言葉遣いなのに、ひらりと手を振る姿は、大人の仕草そのもので、そのギャップに思わず見入ってしまう。俺は「ありがとうございました」と手を振った。
彼は腕に小学三年生の漢字ドリルを抱えて、行ってしまった。