月が、血のように赤かった。

 風が夜の都を撫でるたび、破れた御簾が悲鳴のように鳴る。
 空気が焼け、土が震える。怨霊の叫びが、遠くまで響き渡っていた。

 ――京の都、禁裏。
 帝の身体を依代にした強大な怨霊が、黒く膨れ上がっていた。

その前に立つ男は、白衣に朱の紋を宿した衣をまとい、指先で印を結ぶ。
 安倍晴明。陰陽師の頂に立つ男。
 その目は、夜を切り裂くように鋭く、だがどこか深い静寂を湛えていた。

「退け、博雅。これ以上、近づくな。」

 晴明の声は低く、それでいて、どこか優しかった。
 近くでは笛を手にした源博雅が、歯を食いしばりながら晴明を見つめている。
「晴明、やめろ! お前まで呑まれる!」
「構わぬ。我が命など、千の怨念を鎮められるなら安い。」