まずは酢飯を作り、椎茸と小さく切った人参をお出汁で煮て、輪切りにしたきゅうりとしらすを合わせて混ぜ込む。
 次は、錦糸卵。薄く焼くのだけど、裏返す時にくしゃけてしまった。

「うーん、やっぱり難しい……」

 ポイントは、卵の真ん中に菜箸を一本入れ込んで、くるっと返すこと。
 なぜか頭の中で閃いて、私はもう一度作り直す。
 火力は弱火よりの中火にして、表面がぷつぷつしてきたら、そっと菜箸に乗せるように向こう側へ。

 ──カフカも、きっと魔法が使える。だって、おばあちゃんの孫だもの。


「……できた」

 破れることなく美しく焼けた卵に、包丁を入れていく。ところどころ不揃いではあるけど、綺麗な錦糸卵ができた。
 ご飯の上に卵を丁寧に乗せ、さいの目切りにしておいたサーモンとマグロを散らばせる。仕上げに、小さく切ったチーズを飾りつけ、海苔をパラパラとさせて完成。

「ナツメさん、お待たせしました。どうぞ食べてください」

 桜色の平皿に盛り付けたちらし寿司を、カウンターから差し出した。初めての料理だから、味の保証はないけど、見た目は悪くない。

「このちらし寿司……、チーズが入ってるんですね」
「あっ、そう、みたいですね」

 入れていいのか迷ったけれど、レシピには書いてあったから。寿司にチーズはあまり聞かないし、やめた方がよかっただろうか?
 ナツメさんは、しばらく止めいた手を合わせて。

「美しいですね。いただきます」

 神妙な面持ちで口へ運ぶと、ちらし寿司が花びらのようにひらひらと輝き出した。
 映画のシーンが変わるように、一瞬にしてトキの庵はアパートの一角へとなる。リビングのソファーに、ナツメさんと母親らしき人が座っていた。

「えっ、なに? もしかして」
『夢の架け橋が現れたのでございます。時間が来るまで、見守りましょう』

 二人には、私たちが見えていない様子だ。いつもあった日常の一部が、目の前で繰り広げられている。

「お母さん、ごめんなさい。ワタシって、親不孝よね」
『まったくその通りだよ。なんで私より先に逝っちゃうんだ。悲しくて悔しくて、毎日眠れないよ』

 目を擦る仕草を隠すように、ナツメさんの母親はキッチンへ向かう。小皿になにかを持って戻ってきた。

『夢の中に出てきたってことは、最後に、なにか言いたいことがあるんだろ?』

 優しく笑いながら、母親はナツメさんの前へ腰を下ろす。
 一度開けた口を、彼女はギュッと結ぶ。言いづらいことなのだろう。意を決した表情をしつつ、なかなか声が出ない。
 私たちは、ここにいない方がいいのではないか。右足を少し浮かせると、ぽてまろは動くなと言うように、ポンと前足を添えた。