『見たところ、キミは生身の人間だニャ。なーぜ入れたのかは不明だニャ、早くここから出て行った方が身のためだニャン?』

 ニャハハと不敵な笑みを浮かべた影丸は、『では、また来るニャン』と言い残して、煙のように姿を消した。
 黙ったまま、ぽてまろをじっと見つめると、ふにゃんとヒゲを下げる。

『魔法のレシピは、カフカ殿にしかできません。我々は、長らくお待ちしておったのです。カフカ殿がもう一度、このトキの庵を訪れる日を』

「……でも」

 祖母が生前、隠れ宿の女将としてお客さんに魔法の料理を出していたことはわかった。トキの庵が、天国へ行く前の立ち寄り場で、みんなの最後の夢を叶えていたとも。
 なくなってほしくない。できることなら、祖母の想いを引き継ぎたい。
 その反面、なんの才能もない私には無理だと、諦める気持ちの方が強い。

「ワタシは、ここが失くなって欲しくないです。残されるべきだと思う……ですが、自分だけではどうにもならないことが、人生にはいくつもあるとわかっています」

 目を真っ赤にしたナツメさんを見て、胸の奥が苦しくなった。
 自分のことより、宿の心配をしてくれている。盗作されて、気持ちの整理もついていない状態だったのに。

 ──カフカ。今度、おばあちゃんと一緒に作ってみようか? 大丈夫。おばあちゃんは、魔法が使えるのよ。

 幼い頃、台所に立つ祖母のとなりで、エプロンをつけてもらったことがあった。ご飯を作る姿を見て、私もやってみたいと言ったのだ。忘れていた記憶が、鮮やかに蘇ってくる。

「……ぽてまろ、このレシピノート通りに、作ればいいの?」

『さようでございます』

 そっと閉じた瞼をゆっくり開き、ノートをめくっていく。何ページか繰り返したところで、ちらし寿司を見つけた。
 もちろん作ったことはない。
 おもむろに冷蔵庫を開けると、サーモンにマグロ、レシピ通りの材料が並んでいた。

「……カフカさん?」
「ナツメさん、もうしばらくお待ちください。私、やってみますね」