哀愁を漂わせても、できないものはできない。
私は料理が苦手だ。正確に言うと、母がキッチンに立つ姿を思い出して、拒否反応が出る。
たまに作るご飯は、スーパーのお惣菜の方がよっぽどいい。だし巻き卵ひとつもまもとに作れない。そんな母から産まれた私が、料理などできるはずがない。
「あ、あの……ワタシはどうなるんでしょうか? もしかして、このまま、モヤモヤの気持ちのまま、最後の時を迎えるのでしょうか?」
もじもじと指を触りながら、ナツメさんが不安げに眉を下げる。
なんだかかわいそうだと思いつつ、聞いた一文を脳裏で復唱しながら違和感を覚えた。
「最後って?」
『そのもしかして、にニャルでしょうニャ!』
どういう意味か聞きたかったけれど、すぐに疑問は上書きされた。新たな猫が現れたのだ。
黒い帽子を被った黒猫は、長い髭を自慢げに触ると、コツコツとステッキを鳴らしながらこちらへ近づいて来た。
見るからに怪しい。いかにもな敵の匂いがする。
警戒して、私はキッチン台に立つぽてまろの後ろへと身を隠す。
注目と言いたげに、その黒猫は二度手を叩いて。
『トキの庵は、明日取り壊しが決定されたのだニャン』
黄金の瞳をキラリとさせて、クフフと笑った。
「い、いきなり来てなんなの? てか、誰なの?」
ちょこっとだけキッチン台から顔を出して、私はまた頭を引っ込める。いまいち状況を把握しきれていないけど、いい知らせじゃないことくらいは分かった。
『申遅れましたニャン。吾輩、影丸と申すのニャ。現世と隠世を結ぶ使いの者でござるニャン』
ボヨヨンと飛び跳ねて、影丸と名乗る黒猫がカウンターの前へ腰を下ろす。
『今し方、そちらさんも言っておりましたでニャン? ここはもう【夢の架け橋】を提供できる宿主がおらぬニャ。残念だが廃業だニャン』
わざとらしく肩を落とす仕草をして、影丸は一枚の紙を取り出した。そこには契約書と記載されており、サインをするスペースがある。
私は知ってる。こんなシーンをドラマで見たことがある。解体の了承をしなければ、作業は開始されないってことでしょう?
唇をキュッと引き締めて、私は影丸の前へ立つ。
「【夢の架け橋】って、会いたい人に会えるってこと?」
ぽてまろが出してくれたはちみつ生姜の葛湯を飲んだら、祖母が現れた。きっと、思い出の料理が、魔法をかけてくれるのだろう。
『このトキの庵は、亡くなられた方の最後の思い出を叶えるための場でございます。心残りのある方が訪れる隠れ宿なのです』
パチクリと瞬きをして、おもむろに自分の頬を触る。喉を伝って、私は心臓に手を当てた。
「えっ、私って……死んじゃったの?」
私は料理が苦手だ。正確に言うと、母がキッチンに立つ姿を思い出して、拒否反応が出る。
たまに作るご飯は、スーパーのお惣菜の方がよっぽどいい。だし巻き卵ひとつもまもとに作れない。そんな母から産まれた私が、料理などできるはずがない。
「あ、あの……ワタシはどうなるんでしょうか? もしかして、このまま、モヤモヤの気持ちのまま、最後の時を迎えるのでしょうか?」
もじもじと指を触りながら、ナツメさんが不安げに眉を下げる。
なんだかかわいそうだと思いつつ、聞いた一文を脳裏で復唱しながら違和感を覚えた。
「最後って?」
『そのもしかして、にニャルでしょうニャ!』
どういう意味か聞きたかったけれど、すぐに疑問は上書きされた。新たな猫が現れたのだ。
黒い帽子を被った黒猫は、長い髭を自慢げに触ると、コツコツとステッキを鳴らしながらこちらへ近づいて来た。
見るからに怪しい。いかにもな敵の匂いがする。
警戒して、私はキッチン台に立つぽてまろの後ろへと身を隠す。
注目と言いたげに、その黒猫は二度手を叩いて。
『トキの庵は、明日取り壊しが決定されたのだニャン』
黄金の瞳をキラリとさせて、クフフと笑った。
「い、いきなり来てなんなの? てか、誰なの?」
ちょこっとだけキッチン台から顔を出して、私はまた頭を引っ込める。いまいち状況を把握しきれていないけど、いい知らせじゃないことくらいは分かった。
『申遅れましたニャン。吾輩、影丸と申すのニャ。現世と隠世を結ぶ使いの者でござるニャン』
ボヨヨンと飛び跳ねて、影丸と名乗る黒猫がカウンターの前へ腰を下ろす。
『今し方、そちらさんも言っておりましたでニャン? ここはもう【夢の架け橋】を提供できる宿主がおらぬニャ。残念だが廃業だニャン』
わざとらしく肩を落とす仕草をして、影丸は一枚の紙を取り出した。そこには契約書と記載されており、サインをするスペースがある。
私は知ってる。こんなシーンをドラマで見たことがある。解体の了承をしなければ、作業は開始されないってことでしょう?
唇をキュッと引き締めて、私は影丸の前へ立つ。
「【夢の架け橋】って、会いたい人に会えるってこと?」
ぽてまろが出してくれたはちみつ生姜の葛湯を飲んだら、祖母が現れた。きっと、思い出の料理が、魔法をかけてくれるのだろう。
『このトキの庵は、亡くなられた方の最後の思い出を叶えるための場でございます。心残りのある方が訪れる隠れ宿なのです』
パチクリと瞬きをして、おもむろに自分の頬を触る。喉を伝って、私は心臓に手を当てた。
「えっ、私って……死んじゃったの?」



