十六歳の台詞ではないと言いたげな表情で、ぽてまろはヒゲをピーンと横に伸ばす。
 どうせ私は可愛げのない高校生だよ。

 静かな空間に、ほとほととお湯を注ぐ音だけが響いて、ほんのりと甘い香りが漂ってきた。
 さっきから、なにをしているんだろう?
 顔を上げたところに、星空色の湯呑みが差し出された。もくもくと雲のような湯気が立っている。

「……これって」
『はい、こちらは【はちみつ生姜の葛湯】でございます。ひと口飲めば、心もホッとあったまりますぞ』

 添えてあるスプーンでくるりと混ぜると、つやつやの生姜湯がとろりと伸びた。

「……おいしい。懐かしい味」

 瞼を閉じて、小さく息を吐く。ほんのりと優しい味が体中に広がって、安心する。
 祖母の家へ泊まりに行くと、必ず出してくれたおやつが、このはちみつ生姜の葛湯だった。
 喉や体にいいからと、祖母が作ってくれるのを楽しみにしていた覚えがある。

「変わらない。おばあちゃんが作ってくれた葛湯そのままだ」

 飲み終えるのが少し寂しい気がして、湯呑みの中へ視線を落とす。

 ──今度は、カフカがおいしいの作ってあげるね。おばあちゃん、楽しみ?
 ──もちろん。カフカがくれるものなら、なんでも嬉しいよ。

 にっこり微笑む祖母の顔と、ワクワクしていたあの頃の私がふわふわと浮かび上がって、目の前に現れた。並んで、こちらを見ている。
 幻想というには妙にリアルで、実際にすぐそこに存在しているかのように思えた。
 じっと黙っていた六歳頃の私が、ぽつりと。

『なにか言いたいこと、ある?』
「えっ?」

 思わず返事をすると、彼女は不思議そうに首を傾げながら。

『おねえさん、高校生のカフカなんでしょ? おばあちゃんに、お話ししたいこと。ないの?』

 ドクンと、鼓動が波打った。これは夢なのかもしれないけれど、今言わなければと心が囃し立てる。

「……お、おばあちゃんの葛湯が、大好きで……。いつも、泊まりに来るのが楽しみで……」

 ガタンと椅子から立ち上がって、小刻みに震える手を握った。
 元気なうちに言いたかったことは、伝えておきたかったことは、もっと別のこと。

「大好き……おばあちゃん、ずっと会いたかった。遅くなって、ごめんね」

 目を見て、はっきりと口に出した。あらためて言葉にしたのは、初めてだったかもしれない。
 祖母の手が伸びてきて、私の頭にそっと触れた。優しく撫でられた温もりは、あの頃のままだ。

『大きくなったね。おばあちゃんも、昔からカフカが大好きよ。カフカの絵、また見せてね』

 じわりと目頭が熱くなり、瞬きのあとに雫がこぼれる。
 幼い私と祖母は、霧のように消えてしまった。