ビシッと立てた人差し指を、ナツメさんへ向けている。

「えっ、ええ……⁉︎ って、どういうことでしょうか?」

 状況の把握ができていないのか、ナツメさんはアワアワとその場でたじろいでいる。
 さっきの契約書が原因だろうと予想はつくけど、隠世へ行けないって? 夢の架け橋を終えた人は、成仏してあの世へ送り出されると聞いたけど……。

『ナツメ様の死者の世界の門が開くのは一年後、ということになります』

 半ばあきらめた様子のぽてまろが、しょぼんと肩を落とした。この反応から、判決は覆らないのだろう。

『せいぜい幽霊となって彷徨っていてくださいニャ。そしてここは、今すぐに解体なのニャン。吾輩がサインしてしまえばいいだけニャのニャァ』

 ニャハニャハと陽気に笑うから、私はいい加減に腹が立った。

「さっきから聞いてれば、勝手なことばっか! 影丸だっけ? それ詐欺って言うんだよ! トキの庵はね、私が引き継ぐから!」

 バンっとカウンターに手をついたとき、置いてあったスケッチブックが床へ落ちた。開いたページを見ると、影丸は目をまん丸とさせて。

『にゃにゃにゃ……? こ、これは……まさか、現世と隠世の狭間に存在したと言われる、伝説の女神ではニャいか……!』

 取り乱した口調で絵に見入っている。
 そこに描かれていたのは、どこかの塔らしき建物と品の良い猫。何年も前に残した絵だけど、その時のことはなんとなく覚えている。

「そうなの? 昔、夢で見たときに描いたやつだよ。こんなのでいいなら、あげるよ?」

『いいのかニャ……! 仕方ないニャン。今回はこれで目を瞑るニャ、次はないのニャ。またここの宿主が長期不在になったら、問答無用で廃業なのニャァ』

 ビリビリと破ったスケッチブックを大事そうに抱えて、影丸は出窓へ足をかけた。『あっ、そうだニャ』と向こう側から半分だけ体を出して。

『キミはまた別の話ニャから。迎えが来るまで、頑張ってニャ』

 それだけ言い残すと、煙のように消えて行った。
 嵐が去ったあとの静けさとは、こうゆうことだろう。何秒か黙ったまま、私たちは放心としていた。

 とりあえず、トキの庵は継続することとなり、祖母の大切な場を守ることができたのだ。未熟な私の絵が、こんな形で役に立つとは思いもよらなかった。
 残りの問題は、ナツメさんだ。隠世……死後の世界へ行けないとなると、どうするのだろう。

『ナツメ様がよろしければ、このトキの庵でお手伝い願えませんか? 旅立ちのときが来るまで。客人のおもてなしを、ぜひご一緒に』