「お母さん、ワタシの小説を読んでほしい。最高傑作なの。パソコンのファイルの中にある。あれは、お母さんに向けた物語なんだ」
胸の前でグッと握ったこぶしを震わせて、ナツメさんは小さく息を吐く。
反応を気にしているみたい。怖がっているようにも伺えた。
驚いた目をしていた母親が、くしゃっと表情を崩す。
『それは楽しみだ。あっちの世界でも書き続けるんだよ。将来は作家になるんだろう?』
その言葉を聞いたナツメさんは、深くうなずいた。
小皿に盛り付けられたちらし寿司を手にして、なにかを思うように黙っている。
『チーズも残さず食べなよ? 子どもじゃないんだから。好き嫌いしないで』
一口、もう一口と口へ運び、ナツメさんはその度にうなずいて。
「……おいしい。うん、世界一おいしいよ」
大粒の涙をこぼしながら、一粒残さず食べ切った。
周りが薄暗くなって、ペンダントライトがチカチカと灯る。数秒後には、トキの庵のカウンターへ戻っていた。
「ありがとうございました。おかげで、お母さんとよい別れができました。カフカさんとぽてサンには感謝しかないです」
桜の平皿に手を合わせるナツメさんの瞼からは、まだ雨が降り注いでいる。
余韻に浸って、私までもらい泣きをしてしまった。
最後に、ちゃんと話せてよかった。
グスグスと鼻をすする音が交互に交えて、ナツメさんが「ちょいと失礼しますね」と、そばに置いてあった紙でチーンと鼻をかむ。
「ハッ! どうしましょう! これって……あの、解体の契約書類……でした」
クシャクシャになった紙の折れ目から、解体の文字が見える。ぽてまろはキョトンとしているけど、私は我慢できなかった。
「アハハ! ナツメさん、ナイス!」
おかしくて仕方がない。グッと親指を立てて、ケラケラと笑い声を上げる。
元からサインなどしていないけど、これで契約は成り立たない。トキの庵は解体されなくて済む。
「はっ、鼻水が、吸い込まれていきました……なぜでしょうか」
ナツメさんが、シワシワの契約書を広げて見せた。中心へ向かって水分は吸収され、数秒後には消えていた。まるで、紙が飲み込んでいるように。
「なにそれ、怖いんだけど!」
ぽてまろをもふっと抱えると、ほのかに祖母の匂いがする気がして安心する。
カタカタと地響きが始まって、台所のグラスや皿が揺れ始めた。なにが起きたのかと考える間もなく、天井からニュッと影丸が現れた。
『なんてことをしてくれたのニャン! キミは罰を受けることになるニャ。今度のお彼岸が来るまで、隠世には行けないのニャァ』
胸の前でグッと握ったこぶしを震わせて、ナツメさんは小さく息を吐く。
反応を気にしているみたい。怖がっているようにも伺えた。
驚いた目をしていた母親が、くしゃっと表情を崩す。
『それは楽しみだ。あっちの世界でも書き続けるんだよ。将来は作家になるんだろう?』
その言葉を聞いたナツメさんは、深くうなずいた。
小皿に盛り付けられたちらし寿司を手にして、なにかを思うように黙っている。
『チーズも残さず食べなよ? 子どもじゃないんだから。好き嫌いしないで』
一口、もう一口と口へ運び、ナツメさんはその度にうなずいて。
「……おいしい。うん、世界一おいしいよ」
大粒の涙をこぼしながら、一粒残さず食べ切った。
周りが薄暗くなって、ペンダントライトがチカチカと灯る。数秒後には、トキの庵のカウンターへ戻っていた。
「ありがとうございました。おかげで、お母さんとよい別れができました。カフカさんとぽてサンには感謝しかないです」
桜の平皿に手を合わせるナツメさんの瞼からは、まだ雨が降り注いでいる。
余韻に浸って、私までもらい泣きをしてしまった。
最後に、ちゃんと話せてよかった。
グスグスと鼻をすする音が交互に交えて、ナツメさんが「ちょいと失礼しますね」と、そばに置いてあった紙でチーンと鼻をかむ。
「ハッ! どうしましょう! これって……あの、解体の契約書類……でした」
クシャクシャになった紙の折れ目から、解体の文字が見える。ぽてまろはキョトンとしているけど、私は我慢できなかった。
「アハハ! ナツメさん、ナイス!」
おかしくて仕方がない。グッと親指を立てて、ケラケラと笑い声を上げる。
元からサインなどしていないけど、これで契約は成り立たない。トキの庵は解体されなくて済む。
「はっ、鼻水が、吸い込まれていきました……なぜでしょうか」
ナツメさんが、シワシワの契約書を広げて見せた。中心へ向かって水分は吸収され、数秒後には消えていた。まるで、紙が飲み込んでいるように。
「なにそれ、怖いんだけど!」
ぽてまろをもふっと抱えると、ほのかに祖母の匂いがする気がして安心する。
カタカタと地響きが始まって、台所のグラスや皿が揺れ始めた。なにが起きたのかと考える間もなく、天井からニュッと影丸が現れた。
『なんてことをしてくれたのニャン! キミは罰を受けることになるニャ。今度のお彼岸が来るまで、隠世には行けないのニャァ』



