まーくんはぼくにクリスマスツリーを買ってくれるって言ったけど、ぼくは今こそこの五百円玉貯金を使うべき時だと思っている。
「八万二千五百円」
ぼくが中身を出して計算すると、けっこうな大金になっていて震えた。これはまーくんがぼくの作ったご飯を食べるたびに払ってくれた五百円玉で、でもまーくんがご飯を作ってくれる日も最近かなりあるのに、その時のぼくは「いただきま〜す」とか言って食べるだけなの、やっぱり不公平だと思うんだけど……。材料費が折半とはいえ……。
「まーくん」
「いくらになってた」
まーくんがテーブルにコーヒーを置いて言った。ブラックフライデーのセールで買った電気ヒーターはなかなかいい感じで、ちょうどよくリビングをあっためてくれる。
「八万二千五百円」
「とっておけ。百万円目指そうな」
「これで買おうよ、クリスマスツリー」
ぼくはタブレットで、クリスマスツリーを検索した。サイズもデザインも様々だが、三万円あればかなりいいものが買えそうだった。
隣の駅にある、大型のインテリアショップの通販サイト。ここならお店に行けば、直接見ながら選べるのかもしれない。
「どんなのがいい。デカいのにしような」
「これとか、ぼくの部屋じゃなくてまーくんの部屋に置いたら絶対オシャレだよ。窓際に置いて……なんか雑誌みたい」
ぼくとまーくんは一駅歩いて、インテリアショップまで見に行くことにした。天気がよくて、空気はかさかさに乾いていたけれどあんまり寒くない日だ。
すっかり慣れた、五階分の階段のぼりおり。ぼくが巻いているもこもこのマフラーはお姉ちゃんの手編みで、この前実家からの荷物に混ざって送られてきた。荷物の中身は、実家に届いたお歳暮のおすそ分け。三階、換気のために誰かが踊り場の窓を開けていて、窓のフチに猫が器用に座っていた。日に当たってきらきらと光る金色の猫だった。
まーくんとぼくは他愛もないおしゃべりをしながら、五階分を下りる。昨日も話したようなこともあれば、初めて話すようなこともある。ぼくたちにとっては大切でも、世の中から見たら多分どうでもいいんだろうな、みたいな話もある。
「コーヒー買うか」
コンビニの前で、まーくんが言う。ぼくとまーくんはそれぞれコーヒーとカフェラテを買って、一駅あるく。東京の駅って、間隔が短いね。ぼくの地元の一駅は、こんな歩いて十五分、みたいなそんな距離じゃなかった。高速道路の高架下。道路沿いの店はどこもクリスマスムードだった。クリスマスツリーは、意識して見ると世の中にあふれている。
インテリアショップにはフードコートも入っている。ぼくとまーくんは、今日はそこでランチをすることに決める。
まーくんはいつもぼくに、「何食う」って聞いてくれる。ぼくはまーくんがあんまり悩まないタイプだってことを知っている。事前に悩まなくても、店に行ってから気分でパッと即決できる。それなのに、ぼくに合わせて一緒にダラダラ悩んでくれることも知っている。
「ハンバーガーにしようかな。チーズの……フードコートにさ、シュークリーム残ってるかな? すーごく有名なのあるんだよ」
ぼくに比べて薄着のまーくん。寒くないのかな、と少し心配になって、「寒くない?」と聞いた。今日は比較的暖かいけれど、外に出るとやっぱり寒いのだ。手袋、忘れちゃった。両手で包むように持っていたコンビニのカフェラテが入った紙コップも、すっかり冷めてしまった。
まーくんは笑う。目だけで笑う。すごく優しい顔だ。薄い色をしたサングラス越しに、ぼくを見て笑うのだ。
「おまえは寒くないのか」
「ちょっと寒い」
「寒がりだな。モコモコなのに」
まーくんはぼくの右手を握って、「冷た」とまた笑った。まーくんの手はいつもあったかい。足もそうだ。ぼくは足のつま先が氷みたいに冷えるのに、まーくんの足はあったかい。だから一緒に寝る時に、あっためてもらえるのだ。爆睡できる。ぼくはもう、二度とまーくんなしでは寝られない身体になってしまったのかもしれない。
まーくんに握ってもらった手を、まーくんのジャンパーのポケットに入れる。ぼくは寒いことをもう忘れてしまった。隣の駅と、インテリアショップの大きな看板が見えてくる。
「シュークリームあるかなぁ」
「なぁ。あるといいなぁ」
*
もうすぐクリスマス、ともなれば、ツリーよりもお正月飾りのほうが前面にレイアウトされて売られている。商売というのは、常にちょっと先のことを考えなければならないのだ。
ツリーをはじめとしたクリスマスのインテリア装飾は、少し奥まったところで売られている。部屋に飾りやすいようなサイズのものが多いけれど、大きいのを見てしまうと、やっぱりいいなぁ、と思う。
ツリーを見るのは後にして、お昼を食べることにした。シュークリームは、ひとつだけ残っていた。いつも朝に入荷したものがお昼にはなくなり、その後は補充がないらしい。
「どうやって分けようかな」
「おれは一口でいい」
「お金払ったのまーくんじゃん。ダメだよ……」
二階のフードコートにある窓に、電飾が飾られている。ツリーも。どこもかしこもぴかぴかと光り、ちかちかと点滅し瞬いている。
「やっぱりいっぱい、光るのがいいね」
ぼくがチーズバーガーをほっぺたに詰め込みながら言うと、まーくんは、「そっか。うん、そうだな」と言ってくれる。まーくんはぼくの言うことを、全部オッケーしてくれる。それは別に手抜きしているわけではないのだ。本当にぼくが喜ぶことをしたいっていう、優しさ。
顔を見ていればわかる。まーくんはとっくに食べ終わっているのに、急かしたりせずにモタモタ食べているぼくのことを見守っていてくれる。もしかしたら見られるのがイヤだって人もいるのかもしれないけれど、ぼくはまーくんにいつも見られているのがちっともイヤじゃない。むしろ、安心するし嬉しいと思う。
最近、思うのだ。ぼくはまーくんに、ずっと見ていて欲しいような気がする。まーくん以外はイヤなんだけど。まーくんだけ。
「まーくん、ぼくが光らないツリーがいいって言ったら、そうだな、って言うでしょ」
「あっはは。そうかな? いや、どうだろ。だっておまえには、光るツリーのほうが似合う気がするだろ」
「そう? そうかなぁ」
関係各所に散々に言われた、まーくんがぼくのSNSのDMやらトーク履歴やらを全部見ていた、という前科だけど、ぼくがまーくんを怖くないというか、ぜんぜん怒ってないのは、そのせいなんだと思う。
つまり、恋。好きであれば、そうなるのだ。親告罪……。
「まーくん」
「ん〜?」
「まだ見てる? ぼくのSNSのDM」
まーくんは、ぐぬぬ、というような顔をして、「見てない。言っただろ、おまえの信頼を取り戻すって……」と言った。
「見たい?」
「見たいよ」
「見たいんだ」
「誤解するな、おれは別に覗きが好きなわけじゃないぞ。おまえが他の奴と仲よくするのが、イヤだっただけで……他に好きな奴がいるか、心配で……」
まーくんは大きなマグカップに入ったコーヒーを飲みながら、「……自分勝手だって反省してるけど。イヤなんだよ、おまえがおれじゃない奴と……」と、言いにくそうにしながらも教えてくれる。
ぼくは本当は嬉しいのだ。まーくんがぼくのことを、そんなふうに思ってくれることが。
それなのに、まーくんひとりのことを悪者にするっていうのは、やっぱりモヤモヤする。ぼくとまーくんは共犯じゃないかな? ぼくの感覚では、そんな感じ。
恋って、ふしぎだ。ロマンチックだけど、ちょっとスリリングな気もする。ぼくはまーくん以外を好きになったことがないから、わからないけれど。
まーくんのこと、もっと知りたいな。まーくんはどうだろう。ぼくには光るツリーのほうが似合うと言ってくれたまーくん。
ご飯を食べ終わると、ツリーを見に行った。まるで缶に入ったフルーツキャンディみたいな電飾が光る。白や、青一色で光るツリーもあった。こういうほうがオシャレなのかもしれない。まーくんの部屋には合うのかも。どっちが好きかと聞かれると、どれもきれいだけど。
「これがいい」
まーくんが指さしたのは、一番いろんな色で光って、一番大きくて、一番絵本みたいなツリーだった。もみの木を模した緑色のちくちくしたアクリルの葉っぱ。ぼくは、このツリーが一番好きだと思った。でも大きすぎるし、まーくんの部屋に置くんならもっとシンプルでかっこいいやつがいいんじゃないかな、って思っていただけ。
「これ?」
「おまえっぽい。一番」
「大きすぎない?」
「これぐらい担げる」
「ふたりで運ぼうよ」
「イブになったら、屋上に持っていこう」
「屋上?」
「そう。電源あるんだよ。管理会社に止められてるのはバーベキューだけだ。ツリーを置くななんて、一言も言われてない」
笑うまーくんの目に、電飾のきらきらが映っている。それがきれいで、じっと見る。きれい。もしかしたら、本物のツリーよりもきれいかもしれない。
「どうした」
「ぼく、このツリーがいいな。ほんとは最初から、これがいいなって思ってたから……」
まーくんはジャンパーの内側にぼくを隠すみたいにして、そっか、と言った。まーくんのジャンパーの中から見るツリーのあかり。
気になるお値段、大きさの割に案外お手頃な一万三千二百円(税込)。五百円玉にすると、二十七枚で買うことができる。ぼくがリュックに詰めていた五百円玉の瓶(重たい。なかなかに)を出すと、まーくんに「小銭だけで会計すると、逮捕されるぞ」と囁いた。
「逮捕!?」
「そう、逮捕」
「え~! 銀行で両替してもらえばよかった。あ、ぼく一万円あるよ。自分で両替すればいいんだ」
そうしてもたもたしている間に、まーくんがバーコード決済で払ってしまった。
「どうする? 配送?」
ぼくとまーくんは、交互にツリーを持ち上げてみた。大きいけれど、本物の木ではないので思ったよりも軽い気がした。そうして勢いで、「持って帰ります」と言ってしまった。
一番大きな袋に入れてもらう。持ち手をふたりで片方ずつ持てば、運ぶことができるはずだ。
「底が抜けませんかね。袋を二重にしましょう」
店員さんが、楽観的なぼくとまーくん以上に心配してくれて、出口まで見送ってくれた。
まだまだ明るいのに、冬の太陽は早くも夜のほうへと少し傾いている。一駅歩いた往路、帰りは電車に乗る。エレベーターでホームまで。ぼくたちの暮らすマンションはそんなに駅チカじゃないけれど、「東京のサイズ感」なのだ。地元の、どこへ行くのにも親が車で送り迎えをしてくれたスケールを思えばなんてことない。
休み休み、袋に入れた大きなツリーを運ぶ。少しずつ、空はすみれ色になってくる。町が青い色になる。いつも自転車で走る道、大きな荷物でゆっくり歩くと、違う風景が見える。滲む街灯。高速道路を走る夜は、どんな景色が見えるだろう。東京タワー。スカイツリー。思えばタワーっていうのは、一年中光る巨大なクリスマスツリーみたいだ。賑やかで、自由で、毎日がクリスマスの朝みたいに思える。
マンションに着くと、慣れた階段の入口が、ぽかり、と光っている。レトロな立体造形の階数表示。
「どうやって運ぶ?」
「おれひとりでいける。よっと」
「ぼくも持つ」
「じゃあ途中で交代な」
「途中って、何階? 三階?」
「おれがバテたら」
「まーくん、そう言うと絶対交代しないでしょ」
ぼくはまーくんがツリーを運ぶ背中を追いかけて、動画を撮影した。撮ってもいい? って聞かないで、撮った。隠し撮り。同期されたタブレットに保存される。ぼくとまーくんの共犯の証が、日ごとに積み重ねられていく。
クリスマスイブまで、気づけばあと一週間もなかった。
「まーくん、ぼくも持つ」
「わかったわかった」
まーくんがツリーを下ろしたのは、四階と五階の間の踊り場で、もうあとほんの少しのところだった。そのほんの少しの距離を、ぼくがツリーを持ち上げて運んだ。
まーくんが部屋のドアを開ける。まーくんの部屋だけど、ぼくはもう自分の部屋との違いがわからないくらいの感覚になっている。インテリアも、趣味もぜんぜん違うのに、そうなっている。
ベッドのそば、バルコニーに続く掃き出し窓のところにツリーを置く。部屋の電気をつけなくても、東京の夜の窓際は明るいね。まーくんもそれをよく知っている。ぼくが夜中に目を覚ました時に、まーくんも起きていて、ぼくのことを見て笑ってくれることがあるから。ぼくの間抜けな寝顔とか、全部見えるくらい明るいんだ。
電気をつけないまま、ツリーの電飾のコンセントを繋いでスイッチを入れる。
クリスマスイブまではもう一週間もなかった。ぼくはうんとすてきなクリスマスツリーよりも、ツリーのそばにいるまーくんのほうが好きだと思った。
すごくすごく、好きだと思った。世の中の全部、ぼくたちふたりの秘密であればいいのに。
「八万二千五百円」
ぼくが中身を出して計算すると、けっこうな大金になっていて震えた。これはまーくんがぼくの作ったご飯を食べるたびに払ってくれた五百円玉で、でもまーくんがご飯を作ってくれる日も最近かなりあるのに、その時のぼくは「いただきま〜す」とか言って食べるだけなの、やっぱり不公平だと思うんだけど……。材料費が折半とはいえ……。
「まーくん」
「いくらになってた」
まーくんがテーブルにコーヒーを置いて言った。ブラックフライデーのセールで買った電気ヒーターはなかなかいい感じで、ちょうどよくリビングをあっためてくれる。
「八万二千五百円」
「とっておけ。百万円目指そうな」
「これで買おうよ、クリスマスツリー」
ぼくはタブレットで、クリスマスツリーを検索した。サイズもデザインも様々だが、三万円あればかなりいいものが買えそうだった。
隣の駅にある、大型のインテリアショップの通販サイト。ここならお店に行けば、直接見ながら選べるのかもしれない。
「どんなのがいい。デカいのにしような」
「これとか、ぼくの部屋じゃなくてまーくんの部屋に置いたら絶対オシャレだよ。窓際に置いて……なんか雑誌みたい」
ぼくとまーくんは一駅歩いて、インテリアショップまで見に行くことにした。天気がよくて、空気はかさかさに乾いていたけれどあんまり寒くない日だ。
すっかり慣れた、五階分の階段のぼりおり。ぼくが巻いているもこもこのマフラーはお姉ちゃんの手編みで、この前実家からの荷物に混ざって送られてきた。荷物の中身は、実家に届いたお歳暮のおすそ分け。三階、換気のために誰かが踊り場の窓を開けていて、窓のフチに猫が器用に座っていた。日に当たってきらきらと光る金色の猫だった。
まーくんとぼくは他愛もないおしゃべりをしながら、五階分を下りる。昨日も話したようなこともあれば、初めて話すようなこともある。ぼくたちにとっては大切でも、世の中から見たら多分どうでもいいんだろうな、みたいな話もある。
「コーヒー買うか」
コンビニの前で、まーくんが言う。ぼくとまーくんはそれぞれコーヒーとカフェラテを買って、一駅あるく。東京の駅って、間隔が短いね。ぼくの地元の一駅は、こんな歩いて十五分、みたいなそんな距離じゃなかった。高速道路の高架下。道路沿いの店はどこもクリスマスムードだった。クリスマスツリーは、意識して見ると世の中にあふれている。
インテリアショップにはフードコートも入っている。ぼくとまーくんは、今日はそこでランチをすることに決める。
まーくんはいつもぼくに、「何食う」って聞いてくれる。ぼくはまーくんがあんまり悩まないタイプだってことを知っている。事前に悩まなくても、店に行ってから気分でパッと即決できる。それなのに、ぼくに合わせて一緒にダラダラ悩んでくれることも知っている。
「ハンバーガーにしようかな。チーズの……フードコートにさ、シュークリーム残ってるかな? すーごく有名なのあるんだよ」
ぼくに比べて薄着のまーくん。寒くないのかな、と少し心配になって、「寒くない?」と聞いた。今日は比較的暖かいけれど、外に出るとやっぱり寒いのだ。手袋、忘れちゃった。両手で包むように持っていたコンビニのカフェラテが入った紙コップも、すっかり冷めてしまった。
まーくんは笑う。目だけで笑う。すごく優しい顔だ。薄い色をしたサングラス越しに、ぼくを見て笑うのだ。
「おまえは寒くないのか」
「ちょっと寒い」
「寒がりだな。モコモコなのに」
まーくんはぼくの右手を握って、「冷た」とまた笑った。まーくんの手はいつもあったかい。足もそうだ。ぼくは足のつま先が氷みたいに冷えるのに、まーくんの足はあったかい。だから一緒に寝る時に、あっためてもらえるのだ。爆睡できる。ぼくはもう、二度とまーくんなしでは寝られない身体になってしまったのかもしれない。
まーくんに握ってもらった手を、まーくんのジャンパーのポケットに入れる。ぼくは寒いことをもう忘れてしまった。隣の駅と、インテリアショップの大きな看板が見えてくる。
「シュークリームあるかなぁ」
「なぁ。あるといいなぁ」
*
もうすぐクリスマス、ともなれば、ツリーよりもお正月飾りのほうが前面にレイアウトされて売られている。商売というのは、常にちょっと先のことを考えなければならないのだ。
ツリーをはじめとしたクリスマスのインテリア装飾は、少し奥まったところで売られている。部屋に飾りやすいようなサイズのものが多いけれど、大きいのを見てしまうと、やっぱりいいなぁ、と思う。
ツリーを見るのは後にして、お昼を食べることにした。シュークリームは、ひとつだけ残っていた。いつも朝に入荷したものがお昼にはなくなり、その後は補充がないらしい。
「どうやって分けようかな」
「おれは一口でいい」
「お金払ったのまーくんじゃん。ダメだよ……」
二階のフードコートにある窓に、電飾が飾られている。ツリーも。どこもかしこもぴかぴかと光り、ちかちかと点滅し瞬いている。
「やっぱりいっぱい、光るのがいいね」
ぼくがチーズバーガーをほっぺたに詰め込みながら言うと、まーくんは、「そっか。うん、そうだな」と言ってくれる。まーくんはぼくの言うことを、全部オッケーしてくれる。それは別に手抜きしているわけではないのだ。本当にぼくが喜ぶことをしたいっていう、優しさ。
顔を見ていればわかる。まーくんはとっくに食べ終わっているのに、急かしたりせずにモタモタ食べているぼくのことを見守っていてくれる。もしかしたら見られるのがイヤだって人もいるのかもしれないけれど、ぼくはまーくんにいつも見られているのがちっともイヤじゃない。むしろ、安心するし嬉しいと思う。
最近、思うのだ。ぼくはまーくんに、ずっと見ていて欲しいような気がする。まーくん以外はイヤなんだけど。まーくんだけ。
「まーくん、ぼくが光らないツリーがいいって言ったら、そうだな、って言うでしょ」
「あっはは。そうかな? いや、どうだろ。だっておまえには、光るツリーのほうが似合う気がするだろ」
「そう? そうかなぁ」
関係各所に散々に言われた、まーくんがぼくのSNSのDMやらトーク履歴やらを全部見ていた、という前科だけど、ぼくがまーくんを怖くないというか、ぜんぜん怒ってないのは、そのせいなんだと思う。
つまり、恋。好きであれば、そうなるのだ。親告罪……。
「まーくん」
「ん〜?」
「まだ見てる? ぼくのSNSのDM」
まーくんは、ぐぬぬ、というような顔をして、「見てない。言っただろ、おまえの信頼を取り戻すって……」と言った。
「見たい?」
「見たいよ」
「見たいんだ」
「誤解するな、おれは別に覗きが好きなわけじゃないぞ。おまえが他の奴と仲よくするのが、イヤだっただけで……他に好きな奴がいるか、心配で……」
まーくんは大きなマグカップに入ったコーヒーを飲みながら、「……自分勝手だって反省してるけど。イヤなんだよ、おまえがおれじゃない奴と……」と、言いにくそうにしながらも教えてくれる。
ぼくは本当は嬉しいのだ。まーくんがぼくのことを、そんなふうに思ってくれることが。
それなのに、まーくんひとりのことを悪者にするっていうのは、やっぱりモヤモヤする。ぼくとまーくんは共犯じゃないかな? ぼくの感覚では、そんな感じ。
恋って、ふしぎだ。ロマンチックだけど、ちょっとスリリングな気もする。ぼくはまーくん以外を好きになったことがないから、わからないけれど。
まーくんのこと、もっと知りたいな。まーくんはどうだろう。ぼくには光るツリーのほうが似合うと言ってくれたまーくん。
ご飯を食べ終わると、ツリーを見に行った。まるで缶に入ったフルーツキャンディみたいな電飾が光る。白や、青一色で光るツリーもあった。こういうほうがオシャレなのかもしれない。まーくんの部屋には合うのかも。どっちが好きかと聞かれると、どれもきれいだけど。
「これがいい」
まーくんが指さしたのは、一番いろんな色で光って、一番大きくて、一番絵本みたいなツリーだった。もみの木を模した緑色のちくちくしたアクリルの葉っぱ。ぼくは、このツリーが一番好きだと思った。でも大きすぎるし、まーくんの部屋に置くんならもっとシンプルでかっこいいやつがいいんじゃないかな、って思っていただけ。
「これ?」
「おまえっぽい。一番」
「大きすぎない?」
「これぐらい担げる」
「ふたりで運ぼうよ」
「イブになったら、屋上に持っていこう」
「屋上?」
「そう。電源あるんだよ。管理会社に止められてるのはバーベキューだけだ。ツリーを置くななんて、一言も言われてない」
笑うまーくんの目に、電飾のきらきらが映っている。それがきれいで、じっと見る。きれい。もしかしたら、本物のツリーよりもきれいかもしれない。
「どうした」
「ぼく、このツリーがいいな。ほんとは最初から、これがいいなって思ってたから……」
まーくんはジャンパーの内側にぼくを隠すみたいにして、そっか、と言った。まーくんのジャンパーの中から見るツリーのあかり。
気になるお値段、大きさの割に案外お手頃な一万三千二百円(税込)。五百円玉にすると、二十七枚で買うことができる。ぼくがリュックに詰めていた五百円玉の瓶(重たい。なかなかに)を出すと、まーくんに「小銭だけで会計すると、逮捕されるぞ」と囁いた。
「逮捕!?」
「そう、逮捕」
「え~! 銀行で両替してもらえばよかった。あ、ぼく一万円あるよ。自分で両替すればいいんだ」
そうしてもたもたしている間に、まーくんがバーコード決済で払ってしまった。
「どうする? 配送?」
ぼくとまーくんは、交互にツリーを持ち上げてみた。大きいけれど、本物の木ではないので思ったよりも軽い気がした。そうして勢いで、「持って帰ります」と言ってしまった。
一番大きな袋に入れてもらう。持ち手をふたりで片方ずつ持てば、運ぶことができるはずだ。
「底が抜けませんかね。袋を二重にしましょう」
店員さんが、楽観的なぼくとまーくん以上に心配してくれて、出口まで見送ってくれた。
まだまだ明るいのに、冬の太陽は早くも夜のほうへと少し傾いている。一駅歩いた往路、帰りは電車に乗る。エレベーターでホームまで。ぼくたちの暮らすマンションはそんなに駅チカじゃないけれど、「東京のサイズ感」なのだ。地元の、どこへ行くのにも親が車で送り迎えをしてくれたスケールを思えばなんてことない。
休み休み、袋に入れた大きなツリーを運ぶ。少しずつ、空はすみれ色になってくる。町が青い色になる。いつも自転車で走る道、大きな荷物でゆっくり歩くと、違う風景が見える。滲む街灯。高速道路を走る夜は、どんな景色が見えるだろう。東京タワー。スカイツリー。思えばタワーっていうのは、一年中光る巨大なクリスマスツリーみたいだ。賑やかで、自由で、毎日がクリスマスの朝みたいに思える。
マンションに着くと、慣れた階段の入口が、ぽかり、と光っている。レトロな立体造形の階数表示。
「どうやって運ぶ?」
「おれひとりでいける。よっと」
「ぼくも持つ」
「じゃあ途中で交代な」
「途中って、何階? 三階?」
「おれがバテたら」
「まーくん、そう言うと絶対交代しないでしょ」
ぼくはまーくんがツリーを運ぶ背中を追いかけて、動画を撮影した。撮ってもいい? って聞かないで、撮った。隠し撮り。同期されたタブレットに保存される。ぼくとまーくんの共犯の証が、日ごとに積み重ねられていく。
クリスマスイブまで、気づけばあと一週間もなかった。
「まーくん、ぼくも持つ」
「わかったわかった」
まーくんがツリーを下ろしたのは、四階と五階の間の踊り場で、もうあとほんの少しのところだった。そのほんの少しの距離を、ぼくがツリーを持ち上げて運んだ。
まーくんが部屋のドアを開ける。まーくんの部屋だけど、ぼくはもう自分の部屋との違いがわからないくらいの感覚になっている。インテリアも、趣味もぜんぜん違うのに、そうなっている。
ベッドのそば、バルコニーに続く掃き出し窓のところにツリーを置く。部屋の電気をつけなくても、東京の夜の窓際は明るいね。まーくんもそれをよく知っている。ぼくが夜中に目を覚ました時に、まーくんも起きていて、ぼくのことを見て笑ってくれることがあるから。ぼくの間抜けな寝顔とか、全部見えるくらい明るいんだ。
電気をつけないまま、ツリーの電飾のコンセントを繋いでスイッチを入れる。
クリスマスイブまではもう一週間もなかった。ぼくはうんとすてきなクリスマスツリーよりも、ツリーのそばにいるまーくんのほうが好きだと思った。
すごくすごく、好きだと思った。世の中の全部、ぼくたちふたりの秘密であればいいのに。

