(楓side)


 高校3年生になった四月。
新しいクラス発表の掲示板の前は、いつものようにざわついていた。
 俺は人の波を縫って、自分の名前を探す。
そして見つけた瞬間、すぐ全体を見て――
そこに、“藤谷悠”の文字がないことに気づいた。

 胸の奥が、少しだけ沈む。
分かっていた。クラス替えなんて毎年ある。
でも、今年も一緒がよかった。

「おーい、楓!」

後ろから聞き慣れた声。
振り返ると、悠が笑っていた。
 手を振りながら近づいてくるその顔を見ただけで、
さっきの小さな寂しさが、あっけなく吹き飛んだ。

「クラス、違ったね」
「……うん」
「楓、わかりやすく落ち込んでる……。まぁ、休み時間とか廊下で会えるし!昼も行くし!」

 そう言って笑う悠の無邪気さに、思わず息を吐いた。

「……ほんと、前向きだな」
「だって離れても、俺たちは変わんないでしょ」

その言葉が、胸の奥にじんわりと落ちてきた。



 昼休みになって
俺は新しいクラスの空気にまだ馴染めず、机の上の弁当をぼんやり見つめていた。
そんなとき、教室のドアが開いて――
 
「おつかれ〜、楓!入っていい?」
当然のように悠が顔を出した。
 
「……来ると思った」
「なんでわかったの?」
「悠なら、絶対来てくれると思った」

 悠は笑いながら俺の席の前に座り、購買のサンドイッチを差し出した。
 
「これ、さっき買った。ハムチーズ、好きでしょ?」
「……覚えてたんだ」
「そりゃね。俺、彼氏だもん」

 周囲の視線が一斉にこちらを向いた。
悠は周りをまるで気にしていない。

 2年の時、付き合い始めて、始めは悠の方が恥ずかしがっていたが、クラス公認カップルのように扱われていたから、そのままの流れで今もいるのだろう。
俺としては牽制もできてその方が嬉しいけど。
 
 俺の手から弁当を取り上げ、
「ほら、半分こしよ」って笑う。
その笑顔を見ているだけで、胸の奥の緊張も、不安も全部溶けていく。



 放課後、昇降口で待っていた悠が靴紐を結びながら小さく言った。

「ねぇ、楓」
「ん?」
「今度の休み、どこか行こうよ」
「いいよ。どこでもいい。お前となら」
「……そういうの、息をするように言う」
「本音だもん」

 外に出ると、春の風が頬をなでた。
校門の外に並んで歩く影が、夕陽に溶けていく。

「なぁ、悠」
「ん?」
「……目、閉じて」
「え、なんで?」
「いいから」

 悠が少し戸惑いながら目を閉じた瞬間、
俺はそっと頬に手を添えて、軽くキスをした。
一瞬の沈黙。
頬に触れた唇の温かさが、ゆっくりと胸に広がる。

「……ふいに、ずる……、てか、ここ学校の前っ!!」
 悠が顔を赤らめて、目を開けた。

「お返しは、次のお出かけの時にして」
「……行くとこ、どこでもいいの?」
「お前がいるなら、どこでも」

 夕暮れの中で笑い合いながら、
俺たちは手を繋いで歩き出した。
風が少し冷たくても、その手は離さなかった。




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