目を覚ますと、窓から差し込む朝日がまぶしくて、目を擦った。
隣にある温もりに気づき、ハッとした。
楓の腕が、いつの間にか俺を包み込むようにまわっていて。
胸がきゅーんとなった。

 ほんの数センチ先、まだ寝息を立てている楓の顔。
長いまつげと、寝てるときの少し緩んだ表情。
いつものクールな顔じゃなくて、どこか無防備で。
見てるだけで、胸がふわりと温かくなる。

 ――夢じゃない。

昨日、あの言葉を聞いた。

“もう離さないから”って。

それがまだ頭の中でリピートされて、少し頬が熱くなる。

 動こうとした瞬間、楓の腕が俺の腰をゆるく抱き寄せた。

「……逃げないで」
「お、起きてたの?」
「……今、起きた」

 寝ぼけた声。低くて、やさしくて、驚くほど甘い。
――かわい……
俺は枕を抱きしめながら笑う。

「……おはよう」
「おはよう、悠」

 その声だけで、胸が騒いだ。
“悠”と呼ばれるたび、俺は毎回、恋に落ちてしまってるんじゃないの?


 朝ごはんは楓が全部作ってくれた。
冷蔵庫を開けて、手際よく卵を焼いてる背中を見ながら、
俺はキッチンカウンターに肘をつく。

「楓って、やっぱり何でもできるよな」
「そう?」
「料理も、掃除も、成績も。完璧すぎて、俺なんか……」
「“俺なんか”禁止」
「え」
「悠は悠で、ちゃんとすごい。笑ってるだけで、俺の一日が明るくなる」

ちょ、ちょ、ちょっと待って、
これ朝から聞くセリフじゃなくない?

「っ、そういうこと言うの、恥ずかしくないの!?」
「本気だもん」

 トーストの香ばしい匂いと一緒に、胸の奥が甘く満たされていく。
 本当に、こういうの幸せ。照れるけど。
 

 登校途中、駅までの道を並んで歩く。
楓は俺のリュックの紐を直しながら、当然のように手を繋いできた。
「え、外だよ!?」
「いい」
「見られるって」
「もうバレてる」
「はぁ!?早くない?」
「この前、佐伯に“ついにお前ら”って言われた」
「うわ」
「あと成瀬には“やっとか〜”って」

 耳まで真っ赤になる俺を見て、楓が小さく笑った。

「……もう隠さなくていいだろ?俺は悠が好きだって、ちゃんとみんなに言える」
「そんな堂々と……」
「当たり前だろ。俺の恋人なんだから」
(こ、恋人……)
 
 その言葉がまっすぐすぎて、胸の奥がくすぐったい。
周りの人の視線なんて、もう気にならなくなっていく。



 教室に入ると、案の定、成瀬と佐伯がニヤニヤして寄ってきた。

「お〜、藤谷! 今日も一緒だね〜?」
「べ、別にっ!」
「嘘つけ〜、音羽がリュック持ってやってんの見たぞ」
「……あれは、たまたま……!」
「まあまあ、青春だな!」
(お願いだからボリューム下げて!)

 笑い声が響く中、楓はまったく動じず、俺の頭をぽんと撫でて口を開いた。
「うるさい」

「うわ、ほんとにスパダリかよ……!」
「……」
「音羽くん、それ、保護者目線すぎ!」

 教室中が笑いに包まれる。
その中心で俺は、顔を真っ赤にしながらも笑っていた。


 放課後、陽が傾いたころ。
いつもよりゆっくりと流れる時間の中、俺と楓は屋上にいた。
風が吹くたびに、カーテンのように制服の裾が揺れる。

「……風、気持ちいいね」
「いや、寒いよ。お前、すぐ風に当たる」
「だって、なんか好きなんだよ、こういうの」
「風邪ひくなよ」
「過保護」
「彼氏なんだから、当たり前だろ」

 出たよ、楓の殺し文句……。
そうやってさらっと言う。
心臓が一瞬で熱くなる。

「……なに、そんな顔して」
「してないっ!」
「顔、真っ赤にしてかわいい」
「……!」
「誰にも見せるなよ、その顔」
「……うるさい!」

 言い返すと、楓はふっと笑って俺の髪をくしゃっと撫でた。
その手つきが優しすぎて、全部どうでもよくなる。

「なぁ、悠」
「ん?」
「最初にお前を見たときから、たぶん俺、気になってたんだと思う」
「え、いつ?」
「一年のとき。違うクラスだったけど、よく廊下で見かけてた」
「……えっ、そんな前から?」

「うん。悠が笑ってるのが好きだった」
「なにそれ……恥ずかし」
「でも、ほんとに。今も変わらない。お前が笑ってるだけで、俺、安心する」

 そんな風に言われて、胸の奥がくすぐったくて、幸せで、
なんかもうどうしたらいいかわからなくなる。

「……ずっとそんなこと思ってたんだ?」
「うん。ずっと、俺だけの笑顔が見たかった」

その言葉を聞いた瞬間、涙が出そうになる。
けど、泣かない。
心から笑っていたいと思った。



 夕陽が沈むころ、校門の外を歩く。
楓が俺のの手をひいて、少し前を歩く。
その背中を見ながら思う。

 俺、誰かを好きになったの初めてで
そして、こんなに幸せなのも。

「楓」
「ん?」
「俺、これからも……何回でも、好きになるんだろうなぁ」
「……そんなこと言うと、キスしたくなる」
「は?……ここ、外だよ!」
「関係ない」

 立ち止まった楓が、少し身をかがめて俺の額にキスを落とす。
 優しくて、温かくて、ふわっと風が通り抜けた。

「な?」
「……も〜〜ほんっとに……」


「俺限定の笑顔、ちゃんと見せて」

「ははっ、楓の笑顔も俺限定な?」


 夕暮れの街で、笑いながら手を繋ぐ。
景色が少しだけ優しく見えた。

この日常がずっと続いていく――そんな気がした。

 何度季節が変わっても、俺たち、2人で恋をし続けよう。