(楓 side)
気づいたのは、もっとあとだった。
――俺が彼に惹かれた理由なんて、最初はわからなかった。
でも今なら言える。
最初に恋をしたのは、心じゃなくて……視線だった。
あの日は、偶然だった。
――たぶん、彼を最初に見かけたのは一年くらい前。
まだ、クラスも違った頃だった。
廊下の窓際で、彼が友達に笑いながら話していた。
その笑顔が、やけに印象に残った。
何がきっかけだったのかは覚えてない。
でも、あのときの光景だけはずっと頭に残っていて。
無邪気に笑う彼が、他の誰よりも“まぶしかった”。
ただ、それだけだった。
(なんで、あんなに気になるんだろう)
自分でも理由がわからなかった。
何度かその彼を見かけるようになってからは、
気づけば廊下でその姿を探すようになっていった。
偶然すれ違うたびに胸が少し乱れて、
名前も知らないのに、目が離せなかった。
そして二年になって――同じクラスになった。
始業式の朝、出席番号の読み上げで“藤谷悠”という名前を聞いた瞬間、
胸の奥が勝手に高鳴った。
やっと名前を知れた。
それだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
窓際の席で欠伸をしていた藤谷悠を見た瞬間、
俺の中の何かがふと、止まった気がした。
その柔らかな表情も、少し寝ぐせのついた髪も、
全部がなんか“人間らしくて”――眩しい。
無意識に視線を逸らしたけど、あのときなぜか心が動いた気がした。
気づけばいつもいつも目で追っていた。
授業中にペンを落とすたび、消しゴムを探して慌てるたび、
(……かわいい)
彼の“抜けた仕草”が愛しく見えて仕方がなかった。
だけど、そんな彼も本人は自覚してなさそうだけど、時折疲れた表情が見える時があった。
――放っておけない。
(なんで、俺は……)
自分でもわからなかった。
俺は今までもいつも無関心で、他人に深入りしない性格だった。
けれど藤谷悠だけは、放っておけなかった。
気づけば、手が動いていて言葉が口から出ていた。
「落とした」「気をつけろ」
そんな、どうでもいいような言葉の中に、
“彼を守りたい”という本音が混ざっていた。
最初は同じ学校のただのクラスメイト。
でも、彼が笑うたび、俺の中で何かが変わっていった。
ある日の放課後。
教室で黒板を消していた彼の背中を、俺は無意識に見つめていた。
細い肩。けれど、不思議とまっすぐで、芯が強そうだった。
あの姿を見て、ふと胸が熱くなる。
気づけば近づいていた。
「それ、俺がやる」と言って、彼の手から黒板消しを取った。
ほんの数センチの近さで。
彼の髪から漂う、シャンプーの匂いがふわりと香る。
息が詰まるような瞬間だった。
触れたい、けれど触れたら壊れてしまいそうで。
その衝動に、俺は小さく息を吸った。
(どうしてだろう……)
彼を見ると、胸の奥がきゅっと痛くなる。
守りたいと思うのに、同時に、近づくのが怖くなる。
そのうち、俺は気づいた。
藤谷悠は、誰にでも優しい。
男女関係なく、友達にも後輩にも笑って接する。
その笑顔を見るたび、胸の奥が騒ぐようになった。
(……俺以外に、そんな顔、してほしくない)
そんなこと、言えるはずがないのに。
頭のどこかで、いつも彼のことばかり考えていた。
あるとき、廊下で成瀬に話しかけられて笑う彼を見て、
思わず足が止まった。
何気ないやりとりなのに、俺の中で何かが弾けた。
(……嫌だ)
胸の奥が、苦しくなった。
彼に触れるでもなく、ただ見ていることすら痛い。
でもその感情に名前をつけるのは、
もう少し後のことだった。
文化祭準備の日、
悠が脚立から落ちそうになったあの瞬間、身体が勝手に動いた。
考えるより先に、手が伸びていた。
彼を抱きとめたときの、軽い体温と息の熱。
手が震えた。
もう離したくないと思った。
あの瞬間、確信した。
俺、藤谷悠が――好きなんだ。
気づいたときには、もう引き返せなかった。
誰よりも彼を見て、誰よりも彼を知って、
誰よりも彼を守りたいと思っていた。
でも、藤谷は俺の想いにドギマギしながらも気づかない。
いつも無邪気に笑って、
「音羽って、ほんと過保護だよな」なんて言ってくる。
(……それは、お前だからだよ)
そう言いそうになるたび、言葉を飲み込んだ。
彼を困らせたくなかったし、壊したくもなかった。
だけど、心の奥では何度も思っていた。
――俺だけを見てほしい。
ただ、それだけだった。
それでも、あの日。
初めて彼の名前を呼んだ時、
悠は驚いた顔で俺を見た。
その顔が、今も忘れられない。
心臓がうるさくて、何も言えなかった。
けど、あの瞬間にようやく、
「届いてほしい」と願っていた俺の想いが、少しだけ形になった気がした。
(……悠)
いま俺の隣で笑っているその横顔を見て、俺は静かに思う。
出会った日からずっと、
この気持ちは変わっていない。
むしろ、時間が経つほど強くなっていて……。
――だからもう、隠すつもりはない。
たとえ誰にどう思われようと、
俺はこの手を離す気なんてない。
気づいたのは、もっとあとだった。
――俺が彼に惹かれた理由なんて、最初はわからなかった。
でも今なら言える。
最初に恋をしたのは、心じゃなくて……視線だった。
あの日は、偶然だった。
――たぶん、彼を最初に見かけたのは一年くらい前。
まだ、クラスも違った頃だった。
廊下の窓際で、彼が友達に笑いながら話していた。
その笑顔が、やけに印象に残った。
何がきっかけだったのかは覚えてない。
でも、あのときの光景だけはずっと頭に残っていて。
無邪気に笑う彼が、他の誰よりも“まぶしかった”。
ただ、それだけだった。
(なんで、あんなに気になるんだろう)
自分でも理由がわからなかった。
何度かその彼を見かけるようになってからは、
気づけば廊下でその姿を探すようになっていった。
偶然すれ違うたびに胸が少し乱れて、
名前も知らないのに、目が離せなかった。
そして二年になって――同じクラスになった。
始業式の朝、出席番号の読み上げで“藤谷悠”という名前を聞いた瞬間、
胸の奥が勝手に高鳴った。
やっと名前を知れた。
それだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
窓際の席で欠伸をしていた藤谷悠を見た瞬間、
俺の中の何かがふと、止まった気がした。
その柔らかな表情も、少し寝ぐせのついた髪も、
全部がなんか“人間らしくて”――眩しい。
無意識に視線を逸らしたけど、あのときなぜか心が動いた気がした。
気づけばいつもいつも目で追っていた。
授業中にペンを落とすたび、消しゴムを探して慌てるたび、
(……かわいい)
彼の“抜けた仕草”が愛しく見えて仕方がなかった。
だけど、そんな彼も本人は自覚してなさそうだけど、時折疲れた表情が見える時があった。
――放っておけない。
(なんで、俺は……)
自分でもわからなかった。
俺は今までもいつも無関心で、他人に深入りしない性格だった。
けれど藤谷悠だけは、放っておけなかった。
気づけば、手が動いていて言葉が口から出ていた。
「落とした」「気をつけろ」
そんな、どうでもいいような言葉の中に、
“彼を守りたい”という本音が混ざっていた。
最初は同じ学校のただのクラスメイト。
でも、彼が笑うたび、俺の中で何かが変わっていった。
ある日の放課後。
教室で黒板を消していた彼の背中を、俺は無意識に見つめていた。
細い肩。けれど、不思議とまっすぐで、芯が強そうだった。
あの姿を見て、ふと胸が熱くなる。
気づけば近づいていた。
「それ、俺がやる」と言って、彼の手から黒板消しを取った。
ほんの数センチの近さで。
彼の髪から漂う、シャンプーの匂いがふわりと香る。
息が詰まるような瞬間だった。
触れたい、けれど触れたら壊れてしまいそうで。
その衝動に、俺は小さく息を吸った。
(どうしてだろう……)
彼を見ると、胸の奥がきゅっと痛くなる。
守りたいと思うのに、同時に、近づくのが怖くなる。
そのうち、俺は気づいた。
藤谷悠は、誰にでも優しい。
男女関係なく、友達にも後輩にも笑って接する。
その笑顔を見るたび、胸の奥が騒ぐようになった。
(……俺以外に、そんな顔、してほしくない)
そんなこと、言えるはずがないのに。
頭のどこかで、いつも彼のことばかり考えていた。
あるとき、廊下で成瀬に話しかけられて笑う彼を見て、
思わず足が止まった。
何気ないやりとりなのに、俺の中で何かが弾けた。
(……嫌だ)
胸の奥が、苦しくなった。
彼に触れるでもなく、ただ見ていることすら痛い。
でもその感情に名前をつけるのは、
もう少し後のことだった。
文化祭準備の日、
悠が脚立から落ちそうになったあの瞬間、身体が勝手に動いた。
考えるより先に、手が伸びていた。
彼を抱きとめたときの、軽い体温と息の熱。
手が震えた。
もう離したくないと思った。
あの瞬間、確信した。
俺、藤谷悠が――好きなんだ。
気づいたときには、もう引き返せなかった。
誰よりも彼を見て、誰よりも彼を知って、
誰よりも彼を守りたいと思っていた。
でも、藤谷は俺の想いにドギマギしながらも気づかない。
いつも無邪気に笑って、
「音羽って、ほんと過保護だよな」なんて言ってくる。
(……それは、お前だからだよ)
そう言いそうになるたび、言葉を飲み込んだ。
彼を困らせたくなかったし、壊したくもなかった。
だけど、心の奥では何度も思っていた。
――俺だけを見てほしい。
ただ、それだけだった。
それでも、あの日。
初めて彼の名前を呼んだ時、
悠は驚いた顔で俺を見た。
その顔が、今も忘れられない。
心臓がうるさくて、何も言えなかった。
けど、あの瞬間にようやく、
「届いてほしい」と願っていた俺の想いが、少しだけ形になった気がした。
(……悠)
いま俺の隣で笑っているその横顔を見て、俺は静かに思う。
出会った日からずっと、
この気持ちは変わっていない。
むしろ、時間が経つほど強くなっていて……。
――だからもう、隠すつもりはない。
たとえ誰にどう思われようと、
俺はこの手を離す気なんてない。

