二人がいる公園は、薄い闇が落ち始めていた。
公園には遊ぶ子どもたちも、もう帰っていてほとんど人がいなかった。

 外の喧騒が遠くに霞んで、二人だけの時間が流れていた。

 沈黙のまま見つめ合っていると、
楓がゆっくりと息を吐いた。

そして――まっすぐに俺を見た。

「ねぇ、悠……」

小さく息を吐いて、少しだけ目を伏せる。

「もう俺、ダメ。我慢の限界。無理かも。」

 その声は低くて、甘い熱を帯びていた。
気づけば距離が詰まっていて、指先が頬に触れ、
指の温度が伝わる。

「楓……?」


「……好きだ、悠……大好き。もう曖昧にするのはやめよう?」

 
 そう言って、楓が俺の肩を引き寄せ、耳元で囁いた。

「それで誤解されたり、すれ違ったりして、悠を傷つけるのはもうやだ」

目の前で呼吸が混ざる。
その近さに、何も言えなくなった。


「お前のこと、誰にも触れさせたくない。」


「っ!……そんな、言い方されたら……俺――」

言葉の続きがうまく出てこない。
声が震えて、喉の奥で消えていく。

 楓は逃げ道を与えるような優しさではなく、
まっすぐな目で俺だけを見ていた。


「……悠を全部、俺のものにしたい」


 言葉が落ちるたび、胸の奥が熱くなる。
抱きしめられた体が震えて、逃げようとしても腕の中が心地よすぎて動けなかった。

「……俺だって、……」

 気づいたら、声が漏れていた。
楓の腕の中で見上げる。

「……お、俺も、楓が好きだよ。
 俺だって、人を好きになるとか、不安になって嫉妬するとか、嬉しいとか苦しいとか、心臓壊れそうなくらいドキドキするとか!
 全部、全部が初めてなんだよ……全部、楓が初めてなんだよ!
 知らないうちに自分でも怖いくらい、楓が好きになってたんだよ!」

叫ぶように言い切った瞬間、勝手に涙ぐんで胸の奥が軽くなった気がした。
息を吐くように、ずっと飲み込んでた気持ちが流れ出ていた。

 楓の瞳が揺れた。
そして、少しだけ笑った。

「悠……ありがと。言ってくれて」
「ずっと、怖くて言えなかっただけ」
「うん、知ってた」
「えっ、は?」
「でも、ちゃんと聞きたかった。俺の気持ちだけで辛い思いさせたくない。
 傷つけたくなくて、悠の気持ちを優先させたかったし、俺も……怖かった。
ごめん。結局俺が我慢できなかったけど」

 楓がまた一歩、近づいた。
その瞳の奥に、迷いはなかった。

 「悠」

甘い声で名前を呼ばれた瞬間、息が止まる。
ゆっくりと顔が近づいて、唇が触れた。

 唇が触れ合うだけのキス。

俺の初めてのキスは、驚くほど優しく甘かった。
心の奥まで溶かされるようだった。
言葉がいらなくなる。
この世界に、俺と楓の鼓動と息だけがあるみたい。

 唇が離れたあと、楓が微笑んで俺の頬を撫でた。


「悠……俺を、悠の彼氏にして?」

「うん……」


 その言葉が、胸の奥に落ちて広がる。

 あの日泣いた夜も、苦しかった時間も、全部この瞬間に報われた気がする。

 俺は頷いて、笑った。


 楓がもう一度、俺を抱きしめて、もう一度キスをした。
その腕の中で、鼓動が重なっていく。

 二人がいる公園は、夜がゆっくりと降り始めていた。

 今日この瞬間、静かに変わった。
この日までの俺と、これからの俺。
その境界に、楓がいる。
これからも、楓は俺を守ってくれる。
これからは、俺も楓を守りたい。


 ――きっとこれから苦しいことがあっても

 楓のそばにいたい。