──Je t’aimais, je t’aime et je t’aimerai.
「僕はきみを愛していた。きみを愛してる。そして、この先もきみを愛するだろう」
ִֶָ☾.
自分から別れを告げておいて、最後の言葉があれだ。
───ふざけている。
俺の心を春の嵐のように一瞬で攫っていったのに。あれほどの愛をささやいてくれたのに。
お前が欲しいと言わんばかりの強烈な瞳で俺を見つめ、一分一秒も惜しいからと俺から離れなかったお前が、あんなにもさっぱりと、いとも簡単に別れを告げた。
「母の体調が悪化した。もう長くはないかもしれない。彼女が頼れるのは僕一人だけだ。今夜の便でフランスに帰るよ」
なんてことない連絡事項のように、淡々と告げる目の前の相手に、俺は全身を硬直させた。
最初に聞いた時は頭が真っ白になって、今告げられた言葉の意味を十分に理解するなど到底できなかった。けれど、時間が経つにつれだんだんと言われたことを理解し、と同時にスゥ、と頭の奥の奥が急激に冷えていくのを感じた。
「……それじゃあ、家で待ってる。お前がいつ帰ってきてもいいように、飯作って、風呂沸かして待ってるから」
───さびしい。行かないでほしい。側にいて、抱きしめてほしい。その低く優しい声で、俺の名前を呼んでほしい。
次から次へと溢れてくる感情に必死で蓋をして、物分かりの良い恋人を演じた。
ベッド脇に設置されたヘッドライトから漏れる暖色光がぼんやりと室内を照らしている。寝室は薄暗く、ひんやりとした空気が少し肌寒い。
「───その必要はないよ。僕がまた日本に帰ってこられる保証はないからね」
「……っ、な、どういうことだよ、それ」
「そのままの意味だよ。だから、きみをこうして抱きしめられるのも、その愛しい姿をこの目に映せるのも、今夜が最後かもしれない」
そう紡ぐ声音に冗談の色は混じっていなかった。普段は鋭い眼光に、ぐらりと揺らぐものがあった。それはひどく不安定で、指先一本でふれてもすぐに崩れてしまいそうなほど脆い。
こいつのこんな目を、果たして今まで見たことがあっただろうか。いや、ない。
そして、こんな目を見ることも、今夜で最後になる。
そんな予感がする。
そしてその予感は残酷なほど的確に、的を射した。
──「別れよう、琉悸」
──「は?」
情けないくらい間抜けな呟きが、キリキリと乾燥して痛んだ創傷のように暗闇に消えていった。
「……冗談、だよな? なぁ、そうだろ、リュカ」
縋るように伸ばした手は、その腕を掴む前にさっと避けられた。俺はその事実にただただフリーズするしかなく。今、目の前で、確かに拒否されたという事実が殺傷力の高い毒のように全身を駆け巡り、最後には心臓に至った。
───ズキンッ
「ううん、違うよ。冗談でこんなことを言うものか」
リュカはふるふると頭を横に振って、俺をまっすぐに見つめた。その鋭い目に先ほど浮かんだ迷いのようなものは一切なく、不純物とは対極のただただ純粋な色をしていた。
「嫌だよ、俺。絶対別れない。リュカが泣いて縋っても別れてやらない」
俺は為す術もなく、頼りなく首を横に振るしかできなかった。そんな俺をリュカは眉を下げて困った顔で見つめている。
そんな顔をしても、別れてやるものか。
そんな強い意志が顔に出ていたのだろう。リュカは参ったと言わんばかりに息を吐いて、天を仰いだ。そしてもう一度俺に視線を戻す。
「琉悸、いい子だから僕の言う事を聞いてくれ。もう一度言う。別れよう。───いや、別れてほしい」
そう言い直したリュカの言葉は、先ほどよりも威力を上げて、俺の心臓を貫いた。血が溢れて止まらない。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
「……っ、なんで」
「ん、何?」
「……っ、! なんで!! なんで俺と別れたいなんて言うんだよ!! 俺のこと、嫌いになった? もう好きじゃない? リュカが嫌いなとこは直すから、……っ今から直すから、教えてよ。またリュカに好きになってもらえるように、俺、頑張るから」
「…………」
俺はなんて情けない男だ。なんて恰好悪くて、みっともない男だろう。両目から涙を流して、鼻水も溢れて止まらず、グズグズに泣き喚いて目の前の男に縋っている。
「琉悸、ごめんね。でも、もうここには居られないんだ。だから、琉悸とも一緒に居られない」
っそれじゃあ、理由になってないじゃないか!!
母親の看病のためにフランスに行くなら、別に俺と別れる必要なんてない。俺は何年でも待つし、たとえまたリュカと再会できるのが何十年後のことだとしても、別れない。別れたくない。
今もなお泣き喚く俺を、リュカは一度も慰めることなく、触れることもなかった。その逞しい腕に抱きしめられたい。そうしたら、愛されてるんだって確証が得られるから。馬鹿みたいに安心できるから。
もう一度縋る目でリュカを見つめても、その目は俺を映さない。本気なのだと理解した。リュカは、本気で俺と別れようとしている。
異国の地で、俺という人間に出逢い、愛し合った。リュカは美しい男だった。艶のあるシャタンの髪は一本一本が細く、なめらかだ。すっと伸びた手足は驚くほどに長く、ほどよく鍛えられた肉体は腹筋が六つに割れている。
睫毛は長く、瞳はサファイアを埋め込んだような青色。目鼻立ちは濃く、異国の色を燦々と放つ。血色の良い綺麗な唇は老若男女問わず皆を虜にするだろう。
「……っ、分かった。別れる。リュカと、別れる」
やっとのことで絞り出したその言葉がリュカの耳に届き、ほっと安堵の息を吐くように瞼を伏せた。長い睫毛が目元に陰を落とす。
───「その代わり、最後にめちゃくちゃに抱いてほしい」
ִֶָ☾.
「───その代わり、最後にめちゃくちゃに抱いてほしい」
───「うん、わかったよ。琉悸」
今の今まで俺に指一本触れなかったリュカが、俺からの要求をすんなりと受け入れ、そっとベッドに押し倒した。リュカの長い髪が頬にかかり、少しくすぐったい。
そのくすぐったさと反比例して、胸は息ができないほど苦しい切なさで押しつぶされそうになる。
この男は残酷だ。悪魔よりも鬼畜よりも、もっとずっと恐ろしく酷い男。俺はこれからこの男に捨てられるのだ。この情事が終われば、俺の手の中からこいつの熱は完全に消え失せる。
もうすぐ訪れるであろう近い未来に、心臓が凍えた。今すぐに死んでもいいと思うほどに、リュカとの離別は俺の心をこれでもかと蝕んでいく。
「……っぁ、あっ。リュカッ、も、だめ……っ」
熱く唇を重ねる最中、左乳首を捏ねながらズボンのベルトを外され、素早く脱がされる。露わになった下半身をヘッドライトの暖色光が照らす。
俺はあまりの恥ずかしさに顔中真っ赤にさせた。そそり勃つ男のモノを、リュカの美しい瞳が映していると思うだけで今にも達しそうになるほど興奮する。俺はとんだ変態だ。
「琉悸、凄い。もうこんなに溢れてる」
反り立った剛直を握られ、前後に擦られれば甘い嬌声を我慢するなどとてもじゃないができない。
「っぁ、あっ、あっ」
我慢汁が溢れ、その液体が潤滑剤となってグチュグチュと厭らしい音を立てる。
「はぁ……、琉悸、すごく厭らしいよ。そして可愛い」
リュカから自分へ囁かれたその言葉に、俺は快感の海に投げ出され、沈み込んだまま目を見開くしかできない。
………きっと今の言葉は幻聴に決まっている。今から自分と別れようと思っているリュカが、俺を可愛いなどと思うはずがないのだから。
そう自分に言い聞かせても、ズキンッと心臓が刃物で刺され、取り返しのつかない傷が次々とできていくばかりで、だけどもし本当にそう思ってくれていたらと願う心を手放せない。馬鹿みたいに頭の中で心臓を何度も何度も傷つけて、命を消費させていく。
俺にとって、リュカとの別れは屍になるも同然なのだ。
リュカがいない人生には、リュカに愛されない人生には、何の価値も歓びもない。
「……っぇぁ、んっ」
ぐっと尻を持ち上げられ、後ろの穴にリュカの熱い舌が触れた。何度も何度も執拗に穴を舐め、解れたらぐちゅりと中に舌が入ってくる。
だんだんと開けられていくその穴は、一つ残らず快感を拾い、敏感になった身体がビクンッと大きく跳ねる。それと同時に前から熱い熱が放たれ、白濁液が自分の腹を汚した。
「琉悸、達ったの? 琉悸は本当に感じやすいね」
俺の尻の穴の中を舌で広げながら、器用にそう尋ねてくる。リュカの鋭い眼光に俺は耐えきれず目を逸らし、ベッドのシーツを掴んで必死に声を抑えた。
「ん、琉悸、声抑えないで。もっと聞かせて」
リュカの長く細い指が俺の唇を割って入り、口内をくすぐるように舞う。リュカの指に逆らえるはずもなく、俺は無様に口を開け、熱い吐息を吐き出した。
「ぁ、や、も、だめ……っ」
達ったばかりの俺の尻穴に、リュカのそそり勃つ男のモノがあてがわれた。異国のペニスは信じられないほどに熱く、巨大に膨れ、強欲にまみれている。
「……だめ、じゃないでしょう?」
俺に覆い被さり、耳元で甘く低く囁いたリュカが、ここで俺を気遣う男ではないことを、嫌というほどに身に沁みて分かっている。リュカの大きな手が上から俺の手を優しく掬い、恋人のように甘美に指を絡ませる。
「……っう、あ……っ、も」
リュカの熱い欲望が、無遠慮に俺の中を引き裂いていく。リュカの舌で蕩けきったその穴は、情けないほどに瞬時にリュカの剛直を受け入れて、悦びを表現するように加減を知らず締め付ける。
「……っん、琉悸、気持ちがいいよ」
リュカが低く唸り、眉をひそめた。そして、俺の手からリュカの手が離れ、頼りない細い腰に大きな手が触れた時、そこで俺の意思は抵抗力を完全に失う。
何度も何度も、強く無遠慮な挿入が始まる。ひどく甘いそれは、俺の頭を恍惚とさせ、思考を停止に陥らせる。
「あっあっあっ、……ッリュカ、ん、ぁ、あっ」
リュカの引き締まった腰が何度も俺の尻を打ちつけ、もっと深く、もっと奥へとその剛直を挿し入れる。火傷してしまうほどに熱く滾ったそれは、まるで俺を離さないというようにひどく強引で、暴力的だ。
「っ、琉悸、僕を見て」
余裕のなさそうな声でそう言って、リュカは俺の腕を乱暴に掴み俺を仰向けにする。俺は目を瞠った。今にも泣き出してしまいそうな顔が、そこにはあった。切なく苦しげに歪むその瞳は、愛ゆえか、それとも情事から来る言いようのない快感のせいか。
そのどちらも、今の琉悸を苦しめる。このままこの時間が続けばいいと、どちらからともなく強く願うふたりの男。
「……っああ、琉悸、もう、出る」
「……んぁっ、リュカッ、おれ、も……っ」
最後に強く放たれた熱が、琉悸の腹を満たしていく。それは、もう一生取り出すことのできない残酷な愛の印。
この男は自分を振ってもなお、俺の中に永遠に居座り続けるひどく傲慢な王様だ。
琉悸はリュカから顔を背けて、全身を大きく震わせながら静かに涙を流した。─────こんな男、だいきらいだ。そう、傷ついた心を嘘で覆い隠して。
心に刻まれた深い傷を秘密で塗り固めて、互いに愛を乞い、すれ違いながら熱く重なり合うふたりの影を、鳥籠の中で、うたた寝から目覚めたばかりの鳥の目に映る月がひっそりと見ていた。
