●〇●〇
「うあー、バイトだり~。今週4回も入れんじゃなかったー」
一日を終え、駅までの道を弘樹と歩いていた。
帰宅部仲間の俺たちはだいたいこんなふうに一緒に帰り、お互い地元でバイトしている。俺はコンビニ、弘樹はドラッグストアだ。
「蒼羽は、今日は?」
「俺は休み。サボんなよ」
「サボれねーよ、店長めっちゃ怖いもん」
弘樹が肩を落とした時、俺のポケットの中でスマホが震えた。
確認すると、母親からのメールだった。
【次の日曜あいてる? 会わせたい人がいるの】
(……とうとうか)
「どした? 親?」
「ああ。……会わせたい人がいるんだと」
「えっ。それ、アレか。前に言ってた」
「だろうな」
あの人と出会った小3の夏以降、俺と母親の関係も少し変わった。
母親は女優の仕事をセーブし、モデル業や美容本の出版なんかをメインに活動するようになった。
いわゆる美魔女というやつだ。ちょうどブームだったこともあって、活動をだいぶ抑えても、それなりの収入は得られた。あいた時間は、家で過ごすようになった。
それでも不規則な仕事だし、そもそも本人が直情型というか自由奔放というか、クセのある性格だから、世間一般の『普通の母親像』からは程遠いだろうが。
時には恋もしていて、今もそういう相手がいるのはなんとなく気づいていた。結構長く続いていて、いい関係だというのも。
「紹介してくるってことは、ママさんいよいよ再婚か~。どうすんだよ、蒼羽?」
「どうするも何も……俺が口出しできることじゃないだろ」
ガキの頃ならともかく、俺ももう高校生だ。
母親とはいえ、彼女には彼女の人生がある。
彼女の幸せを妨害したいとは思わない。すでに一度、願いは聞き入れてもらっているし。
「そっか。まぁ、また報告して」
いたわるように肩をたたかれ、俺はあいまいに苦笑した。
そして、日曜日。時刻は午後6時。
母親に言われるまま、持っている中で一番品のいい服に身を包み(普段はクタクタのジーンズばかりなので、さすがにやめてくれと言われた)、都内老舗ホテルでの会食に参加した──の、だが。
「ごめん、蒼羽。向こう、少し遅れるんだって」
フレンチレストランで席について間もなく、メールを受けた我が母・森中玉季は両手を合わせる。
「おなかすいてる? ごめんねー!」
「いや、腹は別にいいけど……」
ちょっと面白くない。
息子になるかもしれない相手と初対面の、大事な日だろう。そんな日に遅れるというのはどうなんだ。
……という感情は顔に出ていたらしく、母親が言葉を重ねた。
「許してあげて。忙しい人だし、どうにもならない時もあるのよ。社長だから」
「はっ? 社長!?」
(聞いてないぞ!? そうなのか!?)
「うん。部下に頼むより自分で動いちゃう、すっごいバイタリティある社長。急なトラブルで……あ、でもほんと少しだから。あと10分くらいで来るって」
「あ、そう……」
(ってことは、そこまで大企業の社長ってわけじゃないのか?)
仕事柄、セレブとの出会いもありそうだからなんとも言えない。
(うーん、読めん)
「──あのさ」
今日の目的なんて聞くまでもなくわかっているし、はっきり聞くのも恥ずかしいし。暗黙の了解のつもりで、何も尋ねずにここまで来た。
けれど、これだけは聞いておきたい。
「いい人なんだよな? 母さんにとって」
じっと顔を見て問うと、母親……母さんは一瞬驚きを浮かべた後で、ふっと頬を緩めた。
「ええ、とっても。最高のパートナーよ」
「……そ」
なら、いい。遅刻もやむを得ない事情だというなら、気にしないことにしよう。
一言だけ答えた俺に、母さんも自分からそれ以上話そうとはしなかった。
どうせ間もなく本人が来るのだ。説明するより、会って俺の目で確かめればいいと思っているのだろう。
飲み物だけ先に頼み、たわいない話をしながら待っていると──
「玉季さん。ごめん、遅くなって!」
店の入口のほうから、急ぎ足の足音と、声が近づいてきた。
見れば、ゆったり並んだテーブルの間を、二人の人物が足早に歩み寄ってくる。
(は、二人?)
「え……」
俺は、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がっていた。
「……!」
俺の視線の先、『その人』も、驚いたように目を見張る。
「大丈夫大丈夫、気にしないで」
呆然としている俺をチラと見つつも、母さんも立って謝罪の主に明るく言った。
遅れてきた二人は、テーブルを挟んで俺たちの正面にたどり着いた。立ったまま、4人で向かい合う。
「大事な日なのにすまなかった。急ぎ対処が必要で」
改めて頭を下げたのは、40代後半とみられる、俺より背の高い男性。『キング』と同じくらいだろうか。
ノンネクタイだがスーツ姿で、鍛えた感のある、がっしりとしつつも引き締まった体格。よく日に焼けた肌。短髪には少し白いものが混じっているが、全体的に精かんな印象で、老けたおじさんという感じはまったくしない。
一言でいうなら、スポーツマン系のイケオジだ。
けれど俺の視線は、彼よりもその隣に立つ、もう一人のほうに舞い戻ってしまう。
白いノーカラーシャツに黒のジャケット上下。スタイリッシュでかっこいい。めちゃくちゃ似合ってるし、シンプルなのにめちゃくちゃお洒落に見える、けど……
(なんで、この人がここにいるんだ)
まだ驚きを残した目で、どこか困ったような顔をして、こちら側を見ながらほほ笑んでいるんだ。
「さてと。紹介するわね、蒼羽」
硬直している俺の背中に、母さんがそっと触れた。
「今私がお付き合いしてる、天月一馬さん──と、その息子の、天月榛名くん」
「は……え……」
「天月一馬です。はじめまして、蒼羽くん」
「……息子の榛名です。はじめまして、玉季さん。父からお話はよく伺っていました」
母さんを見ながら紡がれた声は、いつもは遠くから耳にしているものとやっぱり同じだった。
その目が、今度は俺に移される。
「えっと……多分、はじめましてじゃないと思うけど、でも一応。天月榛名です。よろしく、蒼羽くん」
「……っ、あ……」
(ウソ、だろ……!?)
これも……神様がくれた奇跡、なのだろうか……?
「うあー、バイトだり~。今週4回も入れんじゃなかったー」
一日を終え、駅までの道を弘樹と歩いていた。
帰宅部仲間の俺たちはだいたいこんなふうに一緒に帰り、お互い地元でバイトしている。俺はコンビニ、弘樹はドラッグストアだ。
「蒼羽は、今日は?」
「俺は休み。サボんなよ」
「サボれねーよ、店長めっちゃ怖いもん」
弘樹が肩を落とした時、俺のポケットの中でスマホが震えた。
確認すると、母親からのメールだった。
【次の日曜あいてる? 会わせたい人がいるの】
(……とうとうか)
「どした? 親?」
「ああ。……会わせたい人がいるんだと」
「えっ。それ、アレか。前に言ってた」
「だろうな」
あの人と出会った小3の夏以降、俺と母親の関係も少し変わった。
母親は女優の仕事をセーブし、モデル業や美容本の出版なんかをメインに活動するようになった。
いわゆる美魔女というやつだ。ちょうどブームだったこともあって、活動をだいぶ抑えても、それなりの収入は得られた。あいた時間は、家で過ごすようになった。
それでも不規則な仕事だし、そもそも本人が直情型というか自由奔放というか、クセのある性格だから、世間一般の『普通の母親像』からは程遠いだろうが。
時には恋もしていて、今もそういう相手がいるのはなんとなく気づいていた。結構長く続いていて、いい関係だというのも。
「紹介してくるってことは、ママさんいよいよ再婚か~。どうすんだよ、蒼羽?」
「どうするも何も……俺が口出しできることじゃないだろ」
ガキの頃ならともかく、俺ももう高校生だ。
母親とはいえ、彼女には彼女の人生がある。
彼女の幸せを妨害したいとは思わない。すでに一度、願いは聞き入れてもらっているし。
「そっか。まぁ、また報告して」
いたわるように肩をたたかれ、俺はあいまいに苦笑した。
そして、日曜日。時刻は午後6時。
母親に言われるまま、持っている中で一番品のいい服に身を包み(普段はクタクタのジーンズばかりなので、さすがにやめてくれと言われた)、都内老舗ホテルでの会食に参加した──の、だが。
「ごめん、蒼羽。向こう、少し遅れるんだって」
フレンチレストランで席について間もなく、メールを受けた我が母・森中玉季は両手を合わせる。
「おなかすいてる? ごめんねー!」
「いや、腹は別にいいけど……」
ちょっと面白くない。
息子になるかもしれない相手と初対面の、大事な日だろう。そんな日に遅れるというのはどうなんだ。
……という感情は顔に出ていたらしく、母親が言葉を重ねた。
「許してあげて。忙しい人だし、どうにもならない時もあるのよ。社長だから」
「はっ? 社長!?」
(聞いてないぞ!? そうなのか!?)
「うん。部下に頼むより自分で動いちゃう、すっごいバイタリティある社長。急なトラブルで……あ、でもほんと少しだから。あと10分くらいで来るって」
「あ、そう……」
(ってことは、そこまで大企業の社長ってわけじゃないのか?)
仕事柄、セレブとの出会いもありそうだからなんとも言えない。
(うーん、読めん)
「──あのさ」
今日の目的なんて聞くまでもなくわかっているし、はっきり聞くのも恥ずかしいし。暗黙の了解のつもりで、何も尋ねずにここまで来た。
けれど、これだけは聞いておきたい。
「いい人なんだよな? 母さんにとって」
じっと顔を見て問うと、母親……母さんは一瞬驚きを浮かべた後で、ふっと頬を緩めた。
「ええ、とっても。最高のパートナーよ」
「……そ」
なら、いい。遅刻もやむを得ない事情だというなら、気にしないことにしよう。
一言だけ答えた俺に、母さんも自分からそれ以上話そうとはしなかった。
どうせ間もなく本人が来るのだ。説明するより、会って俺の目で確かめればいいと思っているのだろう。
飲み物だけ先に頼み、たわいない話をしながら待っていると──
「玉季さん。ごめん、遅くなって!」
店の入口のほうから、急ぎ足の足音と、声が近づいてきた。
見れば、ゆったり並んだテーブルの間を、二人の人物が足早に歩み寄ってくる。
(は、二人?)
「え……」
俺は、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がっていた。
「……!」
俺の視線の先、『その人』も、驚いたように目を見張る。
「大丈夫大丈夫、気にしないで」
呆然としている俺をチラと見つつも、母さんも立って謝罪の主に明るく言った。
遅れてきた二人は、テーブルを挟んで俺たちの正面にたどり着いた。立ったまま、4人で向かい合う。
「大事な日なのにすまなかった。急ぎ対処が必要で」
改めて頭を下げたのは、40代後半とみられる、俺より背の高い男性。『キング』と同じくらいだろうか。
ノンネクタイだがスーツ姿で、鍛えた感のある、がっしりとしつつも引き締まった体格。よく日に焼けた肌。短髪には少し白いものが混じっているが、全体的に精かんな印象で、老けたおじさんという感じはまったくしない。
一言でいうなら、スポーツマン系のイケオジだ。
けれど俺の視線は、彼よりもその隣に立つ、もう一人のほうに舞い戻ってしまう。
白いノーカラーシャツに黒のジャケット上下。スタイリッシュでかっこいい。めちゃくちゃ似合ってるし、シンプルなのにめちゃくちゃお洒落に見える、けど……
(なんで、この人がここにいるんだ)
まだ驚きを残した目で、どこか困ったような顔をして、こちら側を見ながらほほ笑んでいるんだ。
「さてと。紹介するわね、蒼羽」
硬直している俺の背中に、母さんがそっと触れた。
「今私がお付き合いしてる、天月一馬さん──と、その息子の、天月榛名くん」
「は……え……」
「天月一馬です。はじめまして、蒼羽くん」
「……息子の榛名です。はじめまして、玉季さん。父からお話はよく伺っていました」
母さんを見ながら紡がれた声は、いつもは遠くから耳にしているものとやっぱり同じだった。
その目が、今度は俺に移される。
「えっと……多分、はじめましてじゃないと思うけど、でも一応。天月榛名です。よろしく、蒼羽くん」
「……っ、あ……」
(ウソ、だろ……!?)
これも……神様がくれた奇跡、なのだろうか……?
