白銀の塔 88階 深夜0時47分。
オジェ=ル=ダノワは、シルクのドレスシャツのフリル袖を血に染めながら、白銀星吾(しろがね せいご)を床に押し倒していた。
白い瞳は氷よりも冷たく、星吾の深紅の瞳を射抜いて離さない。
「名前を呼ぼうか」
低く、甘く、腐った蜜のような声が、空気を溶かすように部屋を満たす。
星吾は左腕の古傷――“希望”――を押さえ、荒い息のまま首を振った。
「……断る」
オジェは白い指で星吾の顎を掴み、強引にその顔を持ち上げた。
「白銀星吾。呼んでくれないか……僕の名を」
星吾の深紅の瞳が、一瞬だけ過去へ沈む――
――三年前、夜間都市区「黎明区」暴動鎮圧。
灰銀の髪が風に揺れ、制服の襟の星章が閃く。
左腕を押さえながら、星吾は暴徒の群れを単身で制圧していた。
銃火をかいくぐる中、白衣の女性が負傷者を抱えて駆け寄る。
暁原魅音(あかつきはら みおん)――銀青の髪、淡琥珀の瞳。
「こっち! 負傷者が!」
星吾は無言で道を開けた。
血で染まった彼女の白衣の袖。そのとき、彼女は小さく問う。
「あなた……正義って、こんなに冷たいの?」
星吾は答えなかった。
ただ、彼女の首元で揺れる銀のペンダントを見つめていた。
――現在。
オジェの指が星吾の首筋をなぞる。
「呼んで欲しい……オジェって」
星吾の唇が震えた。
「……やめろ」
オジェの唇が歪む。
「君の正義は、どこへ行った?」
――二年前、市境の廃ビル。屋上に夜風が吹き抜ける。
肩を撃たれた星吾は、血を流しながら座り込んでいた。
魅音が白衣の袖を裂き、包帯を作る。
「……痛い?」
星吾は小さく首を振る。
「痛みは、正義の証だ」
魅音は静かに見つめ、淡く笑う。
「あなたの正義……冷たすぎる。でも、信じてる」
その瞬間、星吾は初めて彼女の手を握った。
「希望……って、こういうことか」
魅音の唇が微かに動く。
「祈りは、星の光だよ」
――現在。
オジェは星吾の左腕を掴み、囁く。
「希望……って傷、誰につけられた?」
星吾は歯を食いしばった。
「……関係ない」
オジェは白い髪を乱し、顔を寄せる。
「呼ぼうか……オジェ=ル=ダノワって、全部」
――一年前。高層居住区テロ事件。
銃火が飛び交う中、星吾は負傷した魅音を抱えて走っていた。
「魅音!」
彼女の肩口から血があふれる。
星吾は初めて、彼女の名を叫んだ。
魅音は微笑し、かすかに答える。
「あなたの正義を……信じる」
次の瞬間、星吾の左腕の希望が再び開いた。
通信が途絶え、都市が沈黙する。
星吾は彼女を抱えたまま、動くことができなかった。
――現在。
オジェが耳元で囁く。
「君の正義は、死んだ女と一緒に消えた」
星吾の深紅の瞳に、涙が光る。
「……黙れ」
オジェの指がその唇を塞ぐ。
「呼んで……オジェ」
星吾の声が、微かに震えた。
「……オ……ジェ……」
オジェは満足げに微笑する。
「いい子だ」
――数分前。
星吾は廃ビルの屋上で、魅音のペンダントを握りしめていた。
「正義は光だ……たとえ、燃え尽きる星の光でも」
その瞬間、彼はオジェの罠に堕ちた。
希望を切り裂かれ、祈りを奪われ、
いま、彼はその名を呼ばされた。
――現在。
オジェは鎖を彼の首に巻きつける。
「永遠に、僕のものだ」
星吾は深紅の瞳を閉じ、微かに笑った。
「……希望は、死なない」
オジェが嗤う。
「呼んで……もう一度」
星吾の唇が震える。
「オジェ……=ル=ダノワ」
部屋に、腐った蜜の匂いだけが残った。
白銀星吾の正義は、
鎖の中で、星の光を失わずに、
なお燃え続けていた。
オジェ=ル=ダノワは、シルクのドレスシャツのフリル袖を血に染めながら、白銀星吾(しろがね せいご)を床に押し倒していた。
白い瞳は氷よりも冷たく、星吾の深紅の瞳を射抜いて離さない。
「名前を呼ぼうか」
低く、甘く、腐った蜜のような声が、空気を溶かすように部屋を満たす。
星吾は左腕の古傷――“希望”――を押さえ、荒い息のまま首を振った。
「……断る」
オジェは白い指で星吾の顎を掴み、強引にその顔を持ち上げた。
「白銀星吾。呼んでくれないか……僕の名を」
星吾の深紅の瞳が、一瞬だけ過去へ沈む――
――三年前、夜間都市区「黎明区」暴動鎮圧。
灰銀の髪が風に揺れ、制服の襟の星章が閃く。
左腕を押さえながら、星吾は暴徒の群れを単身で制圧していた。
銃火をかいくぐる中、白衣の女性が負傷者を抱えて駆け寄る。
暁原魅音(あかつきはら みおん)――銀青の髪、淡琥珀の瞳。
「こっち! 負傷者が!」
星吾は無言で道を開けた。
血で染まった彼女の白衣の袖。そのとき、彼女は小さく問う。
「あなた……正義って、こんなに冷たいの?」
星吾は答えなかった。
ただ、彼女の首元で揺れる銀のペンダントを見つめていた。
――現在。
オジェの指が星吾の首筋をなぞる。
「呼んで欲しい……オジェって」
星吾の唇が震えた。
「……やめろ」
オジェの唇が歪む。
「君の正義は、どこへ行った?」
――二年前、市境の廃ビル。屋上に夜風が吹き抜ける。
肩を撃たれた星吾は、血を流しながら座り込んでいた。
魅音が白衣の袖を裂き、包帯を作る。
「……痛い?」
星吾は小さく首を振る。
「痛みは、正義の証だ」
魅音は静かに見つめ、淡く笑う。
「あなたの正義……冷たすぎる。でも、信じてる」
その瞬間、星吾は初めて彼女の手を握った。
「希望……って、こういうことか」
魅音の唇が微かに動く。
「祈りは、星の光だよ」
――現在。
オジェは星吾の左腕を掴み、囁く。
「希望……って傷、誰につけられた?」
星吾は歯を食いしばった。
「……関係ない」
オジェは白い髪を乱し、顔を寄せる。
「呼ぼうか……オジェ=ル=ダノワって、全部」
――一年前。高層居住区テロ事件。
銃火が飛び交う中、星吾は負傷した魅音を抱えて走っていた。
「魅音!」
彼女の肩口から血があふれる。
星吾は初めて、彼女の名を叫んだ。
魅音は微笑し、かすかに答える。
「あなたの正義を……信じる」
次の瞬間、星吾の左腕の希望が再び開いた。
通信が途絶え、都市が沈黙する。
星吾は彼女を抱えたまま、動くことができなかった。
――現在。
オジェが耳元で囁く。
「君の正義は、死んだ女と一緒に消えた」
星吾の深紅の瞳に、涙が光る。
「……黙れ」
オジェの指がその唇を塞ぐ。
「呼んで……オジェ」
星吾の声が、微かに震えた。
「……オ……ジェ……」
オジェは満足げに微笑する。
「いい子だ」
――数分前。
星吾は廃ビルの屋上で、魅音のペンダントを握りしめていた。
「正義は光だ……たとえ、燃え尽きる星の光でも」
その瞬間、彼はオジェの罠に堕ちた。
希望を切り裂かれ、祈りを奪われ、
いま、彼はその名を呼ばされた。
――現在。
オジェは鎖を彼の首に巻きつける。
「永遠に、僕のものだ」
星吾は深紅の瞳を閉じ、微かに笑った。
「……希望は、死なない」
オジェが嗤う。
「呼んで……もう一度」
星吾の唇が震える。
「オジェ……=ル=ダノワ」
部屋に、腐った蜜の匂いだけが残った。
白銀星吾の正義は、
鎖の中で、星の光を失わずに、
なお燃え続けていた。



