白銀荘・旧訓練棟 三年前・深夜
オジェ=ル=ダノワは、銀警官の教官として夜間の巡回に出ていた。
白色の瞳が暗闇の奥を射抜き、血の匂いを捉える。
「……誰だ」
薄暗い訓練室の隅、壁に背を預けて膝を抱える少年がいた。
くすんだ赤髪は血と泥にまみれ、額から顎へと走る槍のような紋様は、鮮血族の呪印。
その瞳は怯えと決意の間で震えていた。
「……逃げてきた」
少年の声は、小さくも確かに震えていた。
「村で……『災い』って呼ばれて、幽閉されて……」
オジェは無言で歩み寄り、少年の顎を掴む。
「名前は」
「……アサツキ」
オジェは少年の瞳を覗き込む。
鮮血族——帝国の敵、処分対象。
だがその奥に、怯えではなく、折れない芯の光を見た。
「……僕の所有物になれ」
アサツキは一瞬ためらい、小さく頷いた。
「オジェ……?」
オジェは少年を抱き上げ、初めて優しく背を撫でる。
「怖くない。ここは僕の領域だ」
アサツキはその胸に顔を埋め、嗚咽混じりに呟く。
「オジェ……あったかい……」
涙が、オジェのシャツを静かに濡らした。
その夜、オジェは少年に新しい名前を授けた。
「アサツキ——“朝の月”。君は、もう『災い』じゃない」
アサツキは小さく微笑み、囁く。
「オジェ……番になってくれる?」
オジェは少年の額に口づけを落とし、静かに答えた。
「……ああ。君は、僕の宝だ」
現在——白銀の塔。
超高層マンション「白銀の塔」八十八階。
三年後、アサツキはオジェの膝の上で眠っていた。
くすみを帯びた赤髪は優しく梳かれ、かつての呪印——槍の紋様は、今や愛の証として輝いている。
オジェは少年の髪を撫で、低く呟いた。
「……あの夜、君を拾ってよかった」
アサツキは寝言で囁く。
「オジェ……大好き……」
——出会いは、審判だった。
今は、永遠の甘さ。
白銀の塔の夜、雲海の上で。
二人の過去と未来が、静かに、甘く溶け合っていった。
白銀の塔 午後五時半
オジェ=ル=ダノワは、シルクのドレスシャツの袖を払うと、白髪を後ろに流してソファへ腰を下ろした。
白い瞳は、ただひとり——アサツキを映している。
窓の外、夕陽が雲海を黄金に染め、部屋全体を甘く照らしていた。
「アサツキ……おいで」
寝室の扉が開き、くすんだ赤髪を揺らしながら少年が現れる。
赤い瞳が星のように瞬き、額の紋様が淡く光った。
「オジェ……待ってた」
アサツキは嬉しそうに走り寄り、その胸に飛び込む。
オジェは無言で抱きとめ、頬に軽く口づけを落とした。
「……遅かったな」
「オジェのこと、ずっと待ってたんだもん……」
オジェは優しく抱き上げ、耳もとで囁く。
「今日は……特別に、甘くしてやる」
キッチンには、胡椒の香りとバターの匂いが満ちていた。
オジェはステーキを菱型に切り、フォークで少年の口へ運ぶ。
「口開けな」
アサツキは瞳をきらめかせ、大きく口を開く。
「わー! オジェの愛が、じゅわーって広がる!」
オジェは微笑み、口まわりについたクリームを指で拭い、そのまま舐め取った。
「……甘い」
アサツキの頬が真っ赤になる。
「オ、オジェ……! 番のキス!」
湯船には薔薇の花びらが揺れ、蒸気が柔らかく舞っていた。
オジェはアサツキをお姫様抱っこで抱き上げる。
「今日は……僕が全部、洗ってやる」
ふわふわの泡で赤い髪を包み、指先でそっと撫でる。
「ここ……気持ちいいか」
アサツキはくすぐったそうに笑い、目を細めた。
「オジェの手……魔法みたい……」
オジェはその背を優しくなで、囁く。
「……君は、僕の宝だ」
ベッドルーム。
オジェはアサツキに白いシルクのパジャマを着せ、柔らかいシーツの上で抱き寄せた。
「オジェ……番って、こうやってずっと一緒にいるってこと?」
オジェは少年の赤い瞳を見つめ、静かに頷いた。
「ああ。君は、もう僕の番だ」
アサツキの瞳に涙が光る。
「ずっと、ずっと、オジェのそばにいる!」
オジェはその額にキスを落とした。
「……約束だ」
超高層マンションの夜。
雲海の上には、二人の甘い吐息だけが響いていた。
鮮血族の少年は、オジェの腕の中で——永遠の夢を見ていた。
——完。
オジェ=ル=ダノワは、銀警官の教官として夜間の巡回に出ていた。
白色の瞳が暗闇の奥を射抜き、血の匂いを捉える。
「……誰だ」
薄暗い訓練室の隅、壁に背を預けて膝を抱える少年がいた。
くすんだ赤髪は血と泥にまみれ、額から顎へと走る槍のような紋様は、鮮血族の呪印。
その瞳は怯えと決意の間で震えていた。
「……逃げてきた」
少年の声は、小さくも確かに震えていた。
「村で……『災い』って呼ばれて、幽閉されて……」
オジェは無言で歩み寄り、少年の顎を掴む。
「名前は」
「……アサツキ」
オジェは少年の瞳を覗き込む。
鮮血族——帝国の敵、処分対象。
だがその奥に、怯えではなく、折れない芯の光を見た。
「……僕の所有物になれ」
アサツキは一瞬ためらい、小さく頷いた。
「オジェ……?」
オジェは少年を抱き上げ、初めて優しく背を撫でる。
「怖くない。ここは僕の領域だ」
アサツキはその胸に顔を埋め、嗚咽混じりに呟く。
「オジェ……あったかい……」
涙が、オジェのシャツを静かに濡らした。
その夜、オジェは少年に新しい名前を授けた。
「アサツキ——“朝の月”。君は、もう『災い』じゃない」
アサツキは小さく微笑み、囁く。
「オジェ……番になってくれる?」
オジェは少年の額に口づけを落とし、静かに答えた。
「……ああ。君は、僕の宝だ」
現在——白銀の塔。
超高層マンション「白銀の塔」八十八階。
三年後、アサツキはオジェの膝の上で眠っていた。
くすみを帯びた赤髪は優しく梳かれ、かつての呪印——槍の紋様は、今や愛の証として輝いている。
オジェは少年の髪を撫で、低く呟いた。
「……あの夜、君を拾ってよかった」
アサツキは寝言で囁く。
「オジェ……大好き……」
——出会いは、審判だった。
今は、永遠の甘さ。
白銀の塔の夜、雲海の上で。
二人の過去と未来が、静かに、甘く溶け合っていった。
白銀の塔 午後五時半
オジェ=ル=ダノワは、シルクのドレスシャツの袖を払うと、白髪を後ろに流してソファへ腰を下ろした。
白い瞳は、ただひとり——アサツキを映している。
窓の外、夕陽が雲海を黄金に染め、部屋全体を甘く照らしていた。
「アサツキ……おいで」
寝室の扉が開き、くすんだ赤髪を揺らしながら少年が現れる。
赤い瞳が星のように瞬き、額の紋様が淡く光った。
「オジェ……待ってた」
アサツキは嬉しそうに走り寄り、その胸に飛び込む。
オジェは無言で抱きとめ、頬に軽く口づけを落とした。
「……遅かったな」
「オジェのこと、ずっと待ってたんだもん……」
オジェは優しく抱き上げ、耳もとで囁く。
「今日は……特別に、甘くしてやる」
キッチンには、胡椒の香りとバターの匂いが満ちていた。
オジェはステーキを菱型に切り、フォークで少年の口へ運ぶ。
「口開けな」
アサツキは瞳をきらめかせ、大きく口を開く。
「わー! オジェの愛が、じゅわーって広がる!」
オジェは微笑み、口まわりについたクリームを指で拭い、そのまま舐め取った。
「……甘い」
アサツキの頬が真っ赤になる。
「オ、オジェ……! 番のキス!」
湯船には薔薇の花びらが揺れ、蒸気が柔らかく舞っていた。
オジェはアサツキをお姫様抱っこで抱き上げる。
「今日は……僕が全部、洗ってやる」
ふわふわの泡で赤い髪を包み、指先でそっと撫でる。
「ここ……気持ちいいか」
アサツキはくすぐったそうに笑い、目を細めた。
「オジェの手……魔法みたい……」
オジェはその背を優しくなで、囁く。
「……君は、僕の宝だ」
ベッドルーム。
オジェはアサツキに白いシルクのパジャマを着せ、柔らかいシーツの上で抱き寄せた。
「オジェ……番って、こうやってずっと一緒にいるってこと?」
オジェは少年の赤い瞳を見つめ、静かに頷いた。
「ああ。君は、もう僕の番だ」
アサツキの瞳に涙が光る。
「ずっと、ずっと、オジェのそばにいる!」
オジェはその額にキスを落とした。
「……約束だ」
超高層マンションの夜。
雲海の上には、二人の甘い吐息だけが響いていた。
鮮血族の少年は、オジェの腕の中で——永遠の夢を見ていた。
——完。



