「失敗したの……?」
目の前にいるラティアの声がディークの耳に届く。
ディークはラティアの顔を見ることが出来なかった。
それは、目の前にいる彼女に病を治すと告げたのに失敗したかもしれないと言いたくなかったからでもある。
ディークはもしかしたら何かが足りないのかもしれない。
そう思い研究所で読んだ本に書いてあったことを思い出すべく目を瞑る。
「やっぱり、足りてなかったんだな」
ディークは思い出したのか、閉じていた瞳を開けて、魔法陣が描かれた床にしゃがみ込み、護身用として持ち歩いていた小型のナイフを自身が着ていた黒のコートのポケットから取り出す。
そして、自分の手を浅く切り、魔法陣が描かれた床に自身の手から流れてくる血を一滴、一滴と床に垂す。
「ちょっ、ディーク、貴方、何して!?」
当然のディークの行動に驚いたラティアは、ディークの元に歩み寄ろうとするが。
「大丈夫です。ラティア王女、貴方はそこに立ったままでいてください……!」
ディークのいつもより通った声にラティアは歩み寄ろうとしていた足を引き戻すの同時に、魔法陣が先程と同じように白く光り始める。
魔法陣の上にしゃがみ込んでいたディークの体もラティアと同様、白い光に包まれていく。
「ラティア王女、こっちへ来てください」
ディークはラティアにそう呼びかけ、手招きする。
ディークに呼ばれたラティアはディークの元に歩み寄り、その場にそっと座り込む。
ディークは少しずつ朦朧とし始める意識の中、ラティアに大切なことを伝える為に最後の力を振り絞りラティアの腕を自身の腕の中に掴み引き寄せる。
「え、ちょ、ちょっと、ディーク?」
ディークにいきなり抱き寄せられて、動揺するラティアのことを気にもせず、ディークはそっと口を開く。
「ラティア王女、 儀式を成功させる為には、貴方以外の人の血が必要だったんです……」
「どういうこと……?」
「ラティア王女、私は貴方の病を治す為の代価です……」
ディークはラティアの病を治すことを引き換えに犠牲になろうとしている。
「代価……?」
「はい。ラティア王女、貴方には、これからやらなければいけないことがある。俺は、長年、宝石病の研究をしてきましたが、治すことが出来る病だと周りに公言出来る程の研究結果が出なかった」
ディークはそう言いながら、抱き寄せていたラティアの身体をそっと離し、ラティアの両手を包み込むように握りラティアを見つめる。
「ディーク……!? 貴方、顔、手まで」
目の前にいるディークの体が、少しずつアメジスト色の宝石のような物に侵食されていくのを見てラティアは驚愕する。
ディークはそんなラティアを見ても冷静さを失うことはなかった。
「宝石の病を治すには、病に冒された自分以外
の人の血が必要だけれど、それはもしかしたら血ではなくてもいいのかもしれない…… ラティア王女、貴方に全て託します。この病に侵された人達をより多く救う為に、研究を続けていってほしい……」
「わかったわ。けれど、こんな所で死んでは駄目」
「それは無理そうです…… ラティア王女、私は貴方と出会えてここまで来れて良かったです。ありがとう……ございました、さようなら……」
ディークがそう言い終わるのと同時に、ディークの体は全てアメジスト色の宝石に侵食されてしまう。
そして、目の前にいたディークの身体は音を立てて割れ、跡形もなく消えていく。
「嫌……嫌よ、なんで、どうして、こんなことに……」
その場に取り残されたラティアはディークの身体の一部であったであろう宝石となってしまった欠片を手に持ち声を上げて泣く。
自身の青色の瞳からこぼれ落ちた涙は宮殿の白い床を濡らしていく。
✴︎
ラティアはディークが消えてしまった女神の宮殿から立ち退いたのは陽が登り、空が明るくなり始めてきた頃であった。
街〈ベルン〉へと戻る為、たった一人、アバール砂漠の地を歩きながら、ラティアはディークの体の一部であったアメジスト色の宝石の一部である欠片をポケットから取り出し、自身の両手で強く包み込む。
「ディーク、私は貴方という人がいたこの世界で、果たさなければいけない役割を精一杯こなしてから、貴方がいる天の国へ行くわ。だから、その時まで私のことを見守っていて」
自分の病を命をかけて治してくれた彼に対して、恥ずかしくない道をこれから歩み進んでいきたい。
それが少女がこの地で決意した最後の物だった。
✾
その後、アバール砂漠を出たラティアは己の騎士である三人。
ベルロット、バロン、ハレクと再会を果たし自国ラピティーアへと帰る為、歩みを進め4日かけて、ラパニア国の港に辿り着きラピティーア国行きの船に乗車した。
「良かったわ、貴方達、三人が無事でいてくれて」
「はい。私達もラティア王女と無事にこうして再会出来て安堵しております」
「ええ、」
ラティアはハレクにそう返答し、出航した船から、まだ少し遠くに見えるラパニア国の港を見据えた。
今に至るまでディークと過ごした時間の中で、色々な事があったなとラティアは船の甲板から見える陽の光に照らされた水面を見つめながら思い馳せる。
(彼は、私の命の恩人であり、生涯忘れられない人)
ラティアは心の中で呟きながら、病を治した自分がこれから向き合い、やらなければならないことを精一杯取り組もうと強く心に誓ったのであった。


