昼休みの学食は、揚げ物の匂いと人のざわめきで満ちていた。
トレーを持って空いている席を探すと、窓際で手を振るやつがいる。
「おーい、こっちこっち」
広輝だ。
相変わらず無駄に元気で、顔だけは満面の笑み。
俺はため息をつきながらも、トレーを持って向かった。
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「ん? そりゃあ、いいネタを仕入れたからな」
嫌な予感しかしない。
カツ丼をテーブルに置くと、広輝は前傾姿勢になって声を落とした。
「お前、最近ホスト通ってんだろ?」
箸を握る手が、一瞬だけ止まった。
その反応を見逃す広輝じゃない。
「やっぱりなー。でさ、この前同伴した時思ったんだけどよ……あのレオンさん、お前のこと気に入ってるっぽいぜ?」
「は? 営業だろ」
できるだけ平坦な声で返す。
けど、あの低い声や距離感、触れた手の温もりまで頭に浮かんでしまい、心臓が落ち着かない。
「いやいやいや、あの距離感は完全に特別対応だって。普通、他の客にあんな風に耳寄せないし」
「……いや待て、同伴って……お前も大概じゃん!」
「ははっ、俺はいいんだよ。俺は客じゃなくて、ただの飲み友みたいなもんだから」
「その“飲み友”が同伴してんじゃねーか」
「細けぇことはいいんだよ。それよりさ、お前は絶対特別枠だって」
広輝は面白がっている。
俺の中で、否定と、妙な期待と、動揺がぐちゃぐちゃに混ざる。
(特別……? そんなわけない。いや、でも……)
「ほら、もう顔赤くなってる」
「なってねーし!」
「ほらほら、そうやってムキになるところ、レオンさん好きそうだもんな」
「いやいや、だから男同士だろ!?」
「ハァ? 今どきそんなん関係なくない?」
あっけらかんと返され、口が詰まる。
こっちは必死に理屈を組み立てようとしているのに、広輝は最初から壁なんて見えていないみたいだ。
「ていうか、お前さ、あの人に惹かれてるだろ」
「はぁ!? おま、何言って……!そんなことないって!」
「その声のデカさが証拠だって」
笑いながら箸を動かす広輝に、何も言い返せない自分が悔しい。
「……お前さ、次いつ行く?」
唐突にそう聞かれて、返事が詰まる。
行くかどうかはまだ決めてない。
……はずなのに、答えが出せないのは、行ってしまう自分をすでに想像しているからだ。
広輝がニヤつくのを視界の端で見ながら、ポケットのスマホが震えた。
昼休みの喧騒の中、その振動だけが異様に鮮明だ。
画面を見なくても、誰からかはわかる。
胸の奥で、さっきまでのざわめきが別の音に変わる。
――“LEON(☆):次、いつ会える?”
食堂のざわめきが遠ざかる。
昼間の太陽が窓から差し込んでいるのに、視界の中でその文字列だけが夜の匂いをまとっていた。
トレーを持って空いている席を探すと、窓際で手を振るやつがいる。
「おーい、こっちこっち」
広輝だ。
相変わらず無駄に元気で、顔だけは満面の笑み。
俺はため息をつきながらも、トレーを持って向かった。
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「ん? そりゃあ、いいネタを仕入れたからな」
嫌な予感しかしない。
カツ丼をテーブルに置くと、広輝は前傾姿勢になって声を落とした。
「お前、最近ホスト通ってんだろ?」
箸を握る手が、一瞬だけ止まった。
その反応を見逃す広輝じゃない。
「やっぱりなー。でさ、この前同伴した時思ったんだけどよ……あのレオンさん、お前のこと気に入ってるっぽいぜ?」
「は? 営業だろ」
できるだけ平坦な声で返す。
けど、あの低い声や距離感、触れた手の温もりまで頭に浮かんでしまい、心臓が落ち着かない。
「いやいやいや、あの距離感は完全に特別対応だって。普通、他の客にあんな風に耳寄せないし」
「……いや待て、同伴って……お前も大概じゃん!」
「ははっ、俺はいいんだよ。俺は客じゃなくて、ただの飲み友みたいなもんだから」
「その“飲み友”が同伴してんじゃねーか」
「細けぇことはいいんだよ。それよりさ、お前は絶対特別枠だって」
広輝は面白がっている。
俺の中で、否定と、妙な期待と、動揺がぐちゃぐちゃに混ざる。
(特別……? そんなわけない。いや、でも……)
「ほら、もう顔赤くなってる」
「なってねーし!」
「ほらほら、そうやってムキになるところ、レオンさん好きそうだもんな」
「いやいや、だから男同士だろ!?」
「ハァ? 今どきそんなん関係なくない?」
あっけらかんと返され、口が詰まる。
こっちは必死に理屈を組み立てようとしているのに、広輝は最初から壁なんて見えていないみたいだ。
「ていうか、お前さ、あの人に惹かれてるだろ」
「はぁ!? おま、何言って……!そんなことないって!」
「その声のデカさが証拠だって」
笑いながら箸を動かす広輝に、何も言い返せない自分が悔しい。
「……お前さ、次いつ行く?」
唐突にそう聞かれて、返事が詰まる。
行くかどうかはまだ決めてない。
……はずなのに、答えが出せないのは、行ってしまう自分をすでに想像しているからだ。
広輝がニヤつくのを視界の端で見ながら、ポケットのスマホが震えた。
昼休みの喧騒の中、その振動だけが異様に鮮明だ。
画面を見なくても、誰からかはわかる。
胸の奥で、さっきまでのざわめきが別の音に変わる。
――“LEON(☆):次、いつ会える?”
食堂のざわめきが遠ざかる。
昼間の太陽が窓から差し込んでいるのに、視界の中でその文字列だけが夜の匂いをまとっていた。

