街のざわめきは表通りに飲まれて、ここには届かない。
聞こえるのは遠くの車の走行音と、自分の鼓動だけ。
冷えた夜風が頬を撫でるたび、逆に胸の奥の熱が際立った。
それなのに――至近距離で絡んだ視線は、いっそ熱に焼かれるようだった。
逃げられない。
吐息が頬に触れるほどの距離で、心臓は理不尽に暴れている。
張り詰めた空気の中で、喉から声が勝手に溢れた。
「……っ」
「好きなんかじゃねぇよ!」
思った以上にそれは荒く響いた。
けれど、その下に震えが混じっているのを、誰より自分自身がよく知っていた。
否定すればするほど、胸の内側で別の声が「嘘だ」と囁く。
心臓は勝手に跳ね上がり、頬が熱を帯びていく。
「男同士で……お前はホストで……そんなの、ありえねぇだろ……!」
怒鳴り散らしたつもりだった。
けれど、声は掠れ、どこか弱々しい。
説得力なんて欠片もなかった。
むしろ必死に言い張るほど、説得されているのは自分の方だと突きつけられる。
「ありえない、はずだろ……」
最後の言葉は自分にすがるように、小さく落ちた。
自分に暗示をかけるみたいに。
でも、弱々しい響きが余計に惨めで、胸が痛む。
沈黙が落ちた。
夜風が路地を通り抜ける。
看板の灯りがかすかに揺れて、彼の瞳に小さな光を宿す。
その静けさが、かえって俺の言葉の無力さを際立たせた。
そして――奏真は笑った。
皮肉でも、嘲りでもない。
静かに、淡く、揺るがない微笑み。
「……俺には、ありえる」
低く落ちた声が、鼓膜を震わせた。
その一音で、張り詰めていた空気がまるごと変わる。
言葉は短いのに、重みだけは何倍にも膨れ上がって胸を抉る。
嘘でも冗談でもない。揺るぎない確信の声だった。
「覚えておいて、陸」
囁きと同時に、顔がさらに近づいてくる。
反射的に身を引こうとした。
でも背後には壁。
退路はなかった。
次の瞬間――耳のすぐ横に、柔らかな感触が触れた。
「……っ!」
全身が硬直した。
唇が触れたのは頬でも唇でもなく、耳の縁。
そこに残ったのは、軽い口づけと、吐息の熱。
わずかな触れ合いなのに、頭の中で世界が真っ白に弾けた。
夜の空気は冷たいのに、その一点だけが熱を持って燃えている。
鼓動が暴れ、思考が吹き飛ぶ。
「な……っ」
かすれた声を漏らしたときには、もう彼の気配は遠ざかっていた。
奏真――いや、レオンは俺の手首を放し、背を向けて歩き出していた。
振り返らない。
歩調は一定で、迷いのかけらも見えない。
ただ、夜の闇に吸い込まれるように背中が小さくなっていく。
「……待てよ!」
思わず声を上げた。
でも足は動かなかった。
喉までせり上がった言葉も、追いかける勇気も出なかった。
残されたのは、耳に残る熱。
ほんの一瞬の触れ合いなのに、そこだけが燃えるみたいに熱くて、意識が集中して離れなかった。
自分の心臓が叩き出すリズムが、その熱に合わせて狂っていく。
「……ふざけんな……」
壁に背を預ける。
崩れるように肩が落ちる。
否定したはずなのに、全然効いていない。
「好きじゃない」って叫んだはずなのに、心臓は未だに壊れそうなくらい暴れている。
息も浅く、うまく吸い込めない。
耳の奥では、彼の声がこだまのように繰り返されていた。
――俺には、ありえる。
その一言が、呪いみたいに残って離れない。
理屈で打ち消そうとしても、響きが熱を伴って蘇る。
耳の縁を撫でた唇の感触と一緒に。
「……なんなんだよ、くそっ……」
呻くようにつぶやく。
自分に言い聞かせても、耳に残る感触は消えなかった。
夜風がどれだけ冷たくても、そこだけが火照ったままだった。
動けない。
ただ、去っていった背中を何度も思い浮かべるしかなかった。
その背中に届かなかった自分を噛み締めながら。
――逃げたのは、あいつじゃなくて。
――俺の方だ。
そう気づいてしまった瞬間、胸の奥がさらに熱を増して、どうしようもなく苦しかった。
聞こえるのは遠くの車の走行音と、自分の鼓動だけ。
冷えた夜風が頬を撫でるたび、逆に胸の奥の熱が際立った。
それなのに――至近距離で絡んだ視線は、いっそ熱に焼かれるようだった。
逃げられない。
吐息が頬に触れるほどの距離で、心臓は理不尽に暴れている。
張り詰めた空気の中で、喉から声が勝手に溢れた。
「……っ」
「好きなんかじゃねぇよ!」
思った以上にそれは荒く響いた。
けれど、その下に震えが混じっているのを、誰より自分自身がよく知っていた。
否定すればするほど、胸の内側で別の声が「嘘だ」と囁く。
心臓は勝手に跳ね上がり、頬が熱を帯びていく。
「男同士で……お前はホストで……そんなの、ありえねぇだろ……!」
怒鳴り散らしたつもりだった。
けれど、声は掠れ、どこか弱々しい。
説得力なんて欠片もなかった。
むしろ必死に言い張るほど、説得されているのは自分の方だと突きつけられる。
「ありえない、はずだろ……」
最後の言葉は自分にすがるように、小さく落ちた。
自分に暗示をかけるみたいに。
でも、弱々しい響きが余計に惨めで、胸が痛む。
沈黙が落ちた。
夜風が路地を通り抜ける。
看板の灯りがかすかに揺れて、彼の瞳に小さな光を宿す。
その静けさが、かえって俺の言葉の無力さを際立たせた。
そして――奏真は笑った。
皮肉でも、嘲りでもない。
静かに、淡く、揺るがない微笑み。
「……俺には、ありえる」
低く落ちた声が、鼓膜を震わせた。
その一音で、張り詰めていた空気がまるごと変わる。
言葉は短いのに、重みだけは何倍にも膨れ上がって胸を抉る。
嘘でも冗談でもない。揺るぎない確信の声だった。
「覚えておいて、陸」
囁きと同時に、顔がさらに近づいてくる。
反射的に身を引こうとした。
でも背後には壁。
退路はなかった。
次の瞬間――耳のすぐ横に、柔らかな感触が触れた。
「……っ!」
全身が硬直した。
唇が触れたのは頬でも唇でもなく、耳の縁。
そこに残ったのは、軽い口づけと、吐息の熱。
わずかな触れ合いなのに、頭の中で世界が真っ白に弾けた。
夜の空気は冷たいのに、その一点だけが熱を持って燃えている。
鼓動が暴れ、思考が吹き飛ぶ。
「な……っ」
かすれた声を漏らしたときには、もう彼の気配は遠ざかっていた。
奏真――いや、レオンは俺の手首を放し、背を向けて歩き出していた。
振り返らない。
歩調は一定で、迷いのかけらも見えない。
ただ、夜の闇に吸い込まれるように背中が小さくなっていく。
「……待てよ!」
思わず声を上げた。
でも足は動かなかった。
喉までせり上がった言葉も、追いかける勇気も出なかった。
残されたのは、耳に残る熱。
ほんの一瞬の触れ合いなのに、そこだけが燃えるみたいに熱くて、意識が集中して離れなかった。
自分の心臓が叩き出すリズムが、その熱に合わせて狂っていく。
「……ふざけんな……」
壁に背を預ける。
崩れるように肩が落ちる。
否定したはずなのに、全然効いていない。
「好きじゃない」って叫んだはずなのに、心臓は未だに壊れそうなくらい暴れている。
息も浅く、うまく吸い込めない。
耳の奥では、彼の声がこだまのように繰り返されていた。
――俺には、ありえる。
その一言が、呪いみたいに残って離れない。
理屈で打ち消そうとしても、響きが熱を伴って蘇る。
耳の縁を撫でた唇の感触と一緒に。
「……なんなんだよ、くそっ……」
呻くようにつぶやく。
自分に言い聞かせても、耳に残る感触は消えなかった。
夜風がどれだけ冷たくても、そこだけが火照ったままだった。
動けない。
ただ、去っていった背中を何度も思い浮かべるしかなかった。
その背中に届かなかった自分を噛み締めながら。
――逃げたのは、あいつじゃなくて。
――俺の方だ。
そう気づいてしまった瞬間、胸の奥がさらに熱を増して、どうしようもなく苦しかった。

