店の扉が閉まる音を聞いたあとも、俺はその場から動けなかった。
人波に押されて一歩だけ後ずさったが、足は硬直したまま。
胸の奥で響いているのは、心臓の鼓動か、それとも耳鳴りか。
(……どうすれば、いいんだ)
冷静に考えるべきだとわかっているのに、頭の中は混乱で埋め尽くされていた。
認めたくない。けど、見間違いじゃない。
あれは――奏真だった。
夜の喧騒の中、店の看板がいやに眩しく見える。
あそこに入れば、目の前で全てが明らかになるのかもしれない。
でも客としてではなく、真実を確かめるために扉を開く勇気はなかった。
足が勝手に、店の裏手へと回っていた。
雑居ビルの裏口。
スタッフの出入り口に面した細い路地は、昼間でも人通りが少ない。
夜の今はなおさらで、街灯の下に自分の影だけが伸びていた。
(……ここで、待つしかない)
胸の奥がざわつき続ける。
逃げたいのに逃げられない。
問い詰めなければ、眠れない。
もしかしたら、違うかもしれない。
そんな考えが頭の端から抜けないままだ。
どれくらい時間が経っただろう。
遠くでタクシーのクラクションが鳴るたび、心臓が跳ねた。
やがて、裏口のドアがきしむ音がした。
現れたのは――見慣れた背の高さ。
白いシャツに黒のベスト。
ネオン街の「レオン」の姿。
けれど、眼鏡をかければ「桐嶋奏真」になる、その顔。
「……っ」
気づけば、俺は駆け寄っていた。
腕をつかんで、そのまま壁に押し付ける。
思った以上に荒い動きになった。
「……ああ」
抵抗もせず、彼はわずかに自嘲するように笑った。
「……バレたか」
その声が妙に落ち着いていて、逆に俺のほうが混乱する。
「お前……ずっと俺を……揶揄ってたんだろ!?」
声が震える。怒鳴ったはずなのに、情けないほど掠れていた。
言葉にした途端、胸の奥にたまっていた疑念と怒りが一気に噴き出す。
「ゼミじゃ優等生ぶって、夜はホストで、俺を……俺で、遊んで……」
途中で声が詰まる。
怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからない感情に喉が締め付けられる。
その目の前で、彼はただ静かに言った。
「……違う」
それだけ。
短く、低く、迷いなく。
驚くでも、取り繕うでもなく。
ただ「違う」と。
「は……? なにが違うって言うんだよ!」
詰め寄る俺の声が裏返る。
なのに、彼の視線は揺らがなかった。
眼鏡を外した顔の奥で、冗談も虚勢もなく、ただまっすぐに。
その落ち着きが、逆に俺を揺さぶった。
否定しているのは俺のほうなのに、立場が逆転したみたいに。
(……なんでそんな顔できんだよ)
握っている手に力がこもる。
でも振り払うこともできない。
この場から逃げ出すこともできない。
胸の奥で、怒りと混乱と、どうしようもない熱が渦を巻いていた。
――違う。
その一言の真意を、俺はどうしても聞き出さずにはいられなかった。
人波に押されて一歩だけ後ずさったが、足は硬直したまま。
胸の奥で響いているのは、心臓の鼓動か、それとも耳鳴りか。
(……どうすれば、いいんだ)
冷静に考えるべきだとわかっているのに、頭の中は混乱で埋め尽くされていた。
認めたくない。けど、見間違いじゃない。
あれは――奏真だった。
夜の喧騒の中、店の看板がいやに眩しく見える。
あそこに入れば、目の前で全てが明らかになるのかもしれない。
でも客としてではなく、真実を確かめるために扉を開く勇気はなかった。
足が勝手に、店の裏手へと回っていた。
雑居ビルの裏口。
スタッフの出入り口に面した細い路地は、昼間でも人通りが少ない。
夜の今はなおさらで、街灯の下に自分の影だけが伸びていた。
(……ここで、待つしかない)
胸の奥がざわつき続ける。
逃げたいのに逃げられない。
問い詰めなければ、眠れない。
もしかしたら、違うかもしれない。
そんな考えが頭の端から抜けないままだ。
どれくらい時間が経っただろう。
遠くでタクシーのクラクションが鳴るたび、心臓が跳ねた。
やがて、裏口のドアがきしむ音がした。
現れたのは――見慣れた背の高さ。
白いシャツに黒のベスト。
ネオン街の「レオン」の姿。
けれど、眼鏡をかければ「桐嶋奏真」になる、その顔。
「……っ」
気づけば、俺は駆け寄っていた。
腕をつかんで、そのまま壁に押し付ける。
思った以上に荒い動きになった。
「……ああ」
抵抗もせず、彼はわずかに自嘲するように笑った。
「……バレたか」
その声が妙に落ち着いていて、逆に俺のほうが混乱する。
「お前……ずっと俺を……揶揄ってたんだろ!?」
声が震える。怒鳴ったはずなのに、情けないほど掠れていた。
言葉にした途端、胸の奥にたまっていた疑念と怒りが一気に噴き出す。
「ゼミじゃ優等生ぶって、夜はホストで、俺を……俺で、遊んで……」
途中で声が詰まる。
怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからない感情に喉が締め付けられる。
その目の前で、彼はただ静かに言った。
「……違う」
それだけ。
短く、低く、迷いなく。
驚くでも、取り繕うでもなく。
ただ「違う」と。
「は……? なにが違うって言うんだよ!」
詰め寄る俺の声が裏返る。
なのに、彼の視線は揺らがなかった。
眼鏡を外した顔の奥で、冗談も虚勢もなく、ただまっすぐに。
その落ち着きが、逆に俺を揺さぶった。
否定しているのは俺のほうなのに、立場が逆転したみたいに。
(……なんでそんな顔できんだよ)
握っている手に力がこもる。
でも振り払うこともできない。
この場から逃げ出すこともできない。
胸の奥で、怒りと混乱と、どうしようもない熱が渦を巻いていた。
――違う。
その一言の真意を、俺はどうしても聞き出さずにはいられなかった。

