昼休みの学食は、相変わらずざわついていた。
トレイを持った学生が行き交い、ざらりとした喧騒が空気に染みついている。
俺と広輝は、窓際のテーブルに腰を下ろしていた。目の前に置いた日替わりランチは、半分も手を付けていない。
なんとなく食欲がわかないのは、きっと昨夜のせいだ。
――今日は特別だから。
泡の弾ける音と重なって残ったあの声が、まだ頭の中で離れない。
箸を動かそうとした瞬間、向かいに座る広輝が急に真顔になった。
冗談を言うときの軽さはなく、視線だけがまっすぐに俺に向けられる。
「なあ、陸」
「……なに」
「お前さ……レオンのこと、本気じゃないの?」
カチャ、と箸が皿の上に落ちた。
唐突すぎる直球に、頭が真っ白になる。
「はっ?! な、なに言ってんだよ!」
声が裏返るのを止められなかった。
慌てて拾った箸を握りしめる手が、無駄に汗ばむ。
広輝は肩をすくめ、わざとらしく笑ってみせる。
「ほら、今の顔。完全に図星」
「ち、ちげーし!」
「否定するやつほど怪しいって言うだろ?」
からかう調子のくせに、視線だけは笑っていない。
そこに妙な真剣さがにじんでいて、俺の心臓を余計に落ち着かなくさせた。
「だってさ。あの人、お前を見るとき……なんか営業って感じじゃねえんだよな」
「……は?」
「普通、ホストって誰にでも同じ顔するだろ? でもさ、レオンはお前といるときだけ、目が違う」
軽口みたいに聞こえるのに、広輝の声は静かだった。
周囲のざわめきから切り離されたみたいに、その言葉だけが胸に残る。
「なに言ってんだよ。あれはホストなんだぞ? 客にそう思わせるのが仕事だろ。俺が勘違いしてるだけで」
自分でも驚くくらい、必死に声を張っていた。
言い切ったあと、喉がやけに乾いていることに気づく。
――勘違い。
そう言えば言うほど、昨夜の「今日は特別だから」という声が頭に蘇る。
勘違いなんかじゃない、と別の自分が囁く。
「ふーん。……まあ、お前がそう思うなら、そうなんだろうな」
広輝はわざと軽い調子で返した。
でも、その次の一言だけは違った。
「けどさ、俺は――お前が遊ばれて終わるのは、正直見たくねえんだよ」
箸を握る指が止まった。
その声音に、からかいも冗談も混じっていなかった。
「……広輝」
「いや、真面目に。お前、顔に出やすいしさ。図星つくとすぐ赤くなるの、バレバレだぞ」
そう言って笑うのに、その笑みの奥には確かな心配が滲んでいた。
俺は視線を落としたまま、皿の上の冷めた唐揚げをつつく。
胸の中では「違う」と繰り返しているのに、心臓の速さだけは戻らなかった。
――惹かれていることは、もう自分でも気づいている。
だけど、それを「本気」と呼んでしまった瞬間、全部が変わってしまう。
だから必死で「営業だ」と言い聞かせている。
(……違う。違うって、言っただろ。……でも……)
喧騒の中で、広輝の声だけが耳に残り続けた。
「遊ばれて終わるのは見たくねえ」――その言葉が。
否定したはずなのに、心臓の早さは収まらない。
むしろ、ますます速くなっている。
俺は自分の胸を押さえながら、誰にも聞こえないほど小さくつぶやいた。
「……俺だって、わかんねえんだよ」
けれど、その声はざわめきに紛れて、自分にさえ届かなかった。
トレイを持った学生が行き交い、ざらりとした喧騒が空気に染みついている。
俺と広輝は、窓際のテーブルに腰を下ろしていた。目の前に置いた日替わりランチは、半分も手を付けていない。
なんとなく食欲がわかないのは、きっと昨夜のせいだ。
――今日は特別だから。
泡の弾ける音と重なって残ったあの声が、まだ頭の中で離れない。
箸を動かそうとした瞬間、向かいに座る広輝が急に真顔になった。
冗談を言うときの軽さはなく、視線だけがまっすぐに俺に向けられる。
「なあ、陸」
「……なに」
「お前さ……レオンのこと、本気じゃないの?」
カチャ、と箸が皿の上に落ちた。
唐突すぎる直球に、頭が真っ白になる。
「はっ?! な、なに言ってんだよ!」
声が裏返るのを止められなかった。
慌てて拾った箸を握りしめる手が、無駄に汗ばむ。
広輝は肩をすくめ、わざとらしく笑ってみせる。
「ほら、今の顔。完全に図星」
「ち、ちげーし!」
「否定するやつほど怪しいって言うだろ?」
からかう調子のくせに、視線だけは笑っていない。
そこに妙な真剣さがにじんでいて、俺の心臓を余計に落ち着かなくさせた。
「だってさ。あの人、お前を見るとき……なんか営業って感じじゃねえんだよな」
「……は?」
「普通、ホストって誰にでも同じ顔するだろ? でもさ、レオンはお前といるときだけ、目が違う」
軽口みたいに聞こえるのに、広輝の声は静かだった。
周囲のざわめきから切り離されたみたいに、その言葉だけが胸に残る。
「なに言ってんだよ。あれはホストなんだぞ? 客にそう思わせるのが仕事だろ。俺が勘違いしてるだけで」
自分でも驚くくらい、必死に声を張っていた。
言い切ったあと、喉がやけに乾いていることに気づく。
――勘違い。
そう言えば言うほど、昨夜の「今日は特別だから」という声が頭に蘇る。
勘違いなんかじゃない、と別の自分が囁く。
「ふーん。……まあ、お前がそう思うなら、そうなんだろうな」
広輝はわざと軽い調子で返した。
でも、その次の一言だけは違った。
「けどさ、俺は――お前が遊ばれて終わるのは、正直見たくねえんだよ」
箸を握る指が止まった。
その声音に、からかいも冗談も混じっていなかった。
「……広輝」
「いや、真面目に。お前、顔に出やすいしさ。図星つくとすぐ赤くなるの、バレバレだぞ」
そう言って笑うのに、その笑みの奥には確かな心配が滲んでいた。
俺は視線を落としたまま、皿の上の冷めた唐揚げをつつく。
胸の中では「違う」と繰り返しているのに、心臓の速さだけは戻らなかった。
――惹かれていることは、もう自分でも気づいている。
だけど、それを「本気」と呼んでしまった瞬間、全部が変わってしまう。
だから必死で「営業だ」と言い聞かせている。
(……違う。違うって、言っただろ。……でも……)
喧騒の中で、広輝の声だけが耳に残り続けた。
「遊ばれて終わるのは見たくねえ」――その言葉が。
否定したはずなのに、心臓の早さは収まらない。
むしろ、ますます速くなっている。
俺は自分の胸を押さえながら、誰にも聞こえないほど小さくつぶやいた。
「……俺だって、わかんねえんだよ」
けれど、その声はざわめきに紛れて、自分にさえ届かなかった。

