煌びやかなネオンが灯る夜の街を、俺は人混みを避けながら歩いていた。
「……なんで俺が、ホストクラブなんか……」
小さくため息をついた俺――朝倉陸は、隣を歩く友人である高山広輝に連れられていた。
今日は広輝の誕生日。サークル仲間たちが企画した「一度行ってみたかった」ホストクラブでの誕生日祝いに、俺も巻き込まれた形だ。
「なあ陸、そう渋い顔すんなって。今日くらい、非日常も楽しもうぜ?社会勉強だよ、社会勉強」
広輝はいつもの調子で笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。
俺は曖昧に笑ってみせるしかなかった。ホストクラブなんて、自分には無縁の場所だと思ってた。
女じゃないし、そもそもああいう世界に興味があるわけでもない。
ただ、こういう場に強引に誘ってくる広輝のことを、俺は嫌いじゃなかった。
「……少しだけ、な」
「お、乗り気じゃん。はい到着ー!」
そんなやりとりをしている間に、目の前に目的の店が現れた。黒を基調にした重厚な扉の奥からは、かすかに音楽と人の声が聞こえる。
俺は息を呑み、ほんの少し躊躇ったあと、扉を押した。
――その瞬間、視界のすべてが変わった。
店内は思っていたよりも広く、落ち着いた照明とシックな内装が目を引いた。思っていたような派手さはなく、それが逆に緊張感を煽る。
広輝が予約してくれていたらしく、スタッフに案内されて奥のソファ席に腰を下ろす。テーブルの上にはグラスやメニューが並び、なんとも言えない非現実感が漂っている。
心臓の音が、妙にうるさい。
俺のこういう場への免疫のなさが浮き彫りになって、自分でも情けないと思う。
でも、広輝はまるでいつもの居酒屋か何かのようにリラックスしていて、そんな彼のテンションに引っ張られるように、少しだけ肩の力が抜けた。
軽くドリンクを頼んだあと、スタッフが俺たちの前に一人のホストを連れてくる。
そして――
「初めまして。今日、担当させてもらうレオンです。君みたいな可愛い子が来てくれて、嬉しいな」
視線を上げると、目の前に立っていたのは、あまりにも整った顔立ちの男だった。
高身長で、声は落ち着いていて甘く、笑うとほんの少し口元が緩む。
サラリとした黒髪を後ろに流し、淡い金色に近い瞳がこちらを見ていた。
その一瞬で、何かが心の中で音を立てて崩れた。
(……え?)
心臓が、跳ねた。
それは“ときめき”なんて言葉では足りないくらい、強烈な衝撃だった。
(今の……なんで……俺……?)
戸惑いながらも、目が離せなかった。
「ドリンクは、何にする?僕に任せてもいいけど、君の好みに合わせたいな」
椅子に腰を下ろしたレオンは、柔らかな笑みを浮かべながら俺の目を覗き込んでくる。
その距離の近さに、一瞬、息が止まりそうになる。
「え、あ……あまり、お酒強くなくて……」
声が少し震えたことに、自分で気づく。
なんだこれ。なんで、こんなに緊張してんだ、俺。
「そうなんだ。じゃあ、軽めのカクテルにしよっか。飲みやすいやつ、選ぶね」
レオンが軽く手を挙げてスタッフにオーダーを伝える。
その仕草一つ一つが自然で、隙がない。見惚れてるわけじゃない。いや、違う、違うって。
(これは営業だ。ただの“プロ”の接客。そうだろ?勘違いは禁物だぞ、陸。いや、勘違いってなんだよ……)
必死に自分に言い聞かせながらも、視線は勝手にレオンを追っていた。
「……君、名前は?」
「え……あ、朝倉、陸……です」
「陸くん。いい名前だね。うん、似合ってる」
名前を呼ばれた瞬間、背中を撫でられたような感覚が走った。
なんでだ。たったそれだけのことで、こんなにも意識してるのか、自分でも分からない。
「初めてのホストクラブ?」
「……あ、はい。っていうか、来るつもりじゃなくて、いやその」
「そっか。無理に誘われた感じ?」
「まあ、友達の誕生日だから……付き合い、みたいなものです、かね……?」
「偉いね。僕、そういう気遣いできる子、好きだよ」
また、心臓が跳ねた。
(なんでだよ……男相手に“ドキッ”なんて、あるわけ……ないないないない)
顔が熱い。視線を合わせるのが怖くなって、俺はグラスに目を落とした。
でも、その中の氷がカランと音を立てた瞬間、また視線が自然とレオンのほうへと戻ってしまう。
(……なんなんだ、こいつ。いや、俺がなんなんだ……)
「ねえ、陸くん」
ふいに、名前を呼ばれて顔を上げると、すぐ目の前にレオンの顔があった。
距離が、近い。
至近距離から、金色の瞳がじっと俺を見つめてくる。柔らかく笑ってるのに、目だけは妙に真剣で、息が詰まりそうになる。
「……僕のこと、気になってたりする?」
「っ……、いや、え……なんで……」
目を逸らしたのに、レオンの指先が俺の顎を軽く持ち上げた。
(ひ、えぇ…………)
「目、逸らさないで。嘘ついてる顔、見えなくなるから」
(嘘じゃ……ないっていうか、いや、嘘だけど!でも嘘でもなくて……え、なにこれ)
ぐるぐると頭が混乱する中、レオンは俺の返事を待つでもなく、ふっと手を離して笑った。
「ごめんね、急に。僕さ、ちょっとだけ、今日のこの席……楽しみにしてたんだ」
「え……?なんで」
「んー、なんとなく。可愛い子が来たなって思ってね。……この席につけて、よかった」
(なにそれ。なにその言い方。ずるいだろ……)
笑ってるのに、どこか本気に聞こえてしまって、俺はまた心臓を押さえたくなった。
その時、広輝が少し離れた席で別のホストと盛り上がり始めた声が聞こえた。
どうやら俺に構う気はなさそうで、逆にレオンとふたりきりの空間が出来上がる。
(やばい、この空気。逃げ道が、ない)
「……俺、男には興味ないんだけどな」
ぽつりと漏らしたその言葉に、レオンが片眉を上げて、優しく笑った。
「始まる前に振られるのは悲しいなぁ。……そうだな。じゃあ、僕のことは“男”って思わないで?」
「……は?」
「ただの、“陸くんを特別に甘やかしたい人”って思ってくれればいいよ。それじゃ……ダメかな」
ふざけたような口調なのに、冗談に聞こえない。
むしろ真剣で、どこか切実な響きさえあって、俺はそれ以上、何も言えなかった。
答えられなかった。
冗談みたいなセリフなのに、それは冗談に聞こえない。
胸の奥にじわっと熱が広がって、息苦しくなる。
(……ダメだ。このままだと、何かが壊れる気がする……!)
「ちょっと……トイレ、行ってきます」
足早に席を立った俺の背後で、何かを言いかけるレオンの声が聞こえた――
「……なんで俺が、ホストクラブなんか……」
小さくため息をついた俺――朝倉陸は、隣を歩く友人である高山広輝に連れられていた。
今日は広輝の誕生日。サークル仲間たちが企画した「一度行ってみたかった」ホストクラブでの誕生日祝いに、俺も巻き込まれた形だ。
「なあ陸、そう渋い顔すんなって。今日くらい、非日常も楽しもうぜ?社会勉強だよ、社会勉強」
広輝はいつもの調子で笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。
俺は曖昧に笑ってみせるしかなかった。ホストクラブなんて、自分には無縁の場所だと思ってた。
女じゃないし、そもそもああいう世界に興味があるわけでもない。
ただ、こういう場に強引に誘ってくる広輝のことを、俺は嫌いじゃなかった。
「……少しだけ、な」
「お、乗り気じゃん。はい到着ー!」
そんなやりとりをしている間に、目の前に目的の店が現れた。黒を基調にした重厚な扉の奥からは、かすかに音楽と人の声が聞こえる。
俺は息を呑み、ほんの少し躊躇ったあと、扉を押した。
――その瞬間、視界のすべてが変わった。
店内は思っていたよりも広く、落ち着いた照明とシックな内装が目を引いた。思っていたような派手さはなく、それが逆に緊張感を煽る。
広輝が予約してくれていたらしく、スタッフに案内されて奥のソファ席に腰を下ろす。テーブルの上にはグラスやメニューが並び、なんとも言えない非現実感が漂っている。
心臓の音が、妙にうるさい。
俺のこういう場への免疫のなさが浮き彫りになって、自分でも情けないと思う。
でも、広輝はまるでいつもの居酒屋か何かのようにリラックスしていて、そんな彼のテンションに引っ張られるように、少しだけ肩の力が抜けた。
軽くドリンクを頼んだあと、スタッフが俺たちの前に一人のホストを連れてくる。
そして――
「初めまして。今日、担当させてもらうレオンです。君みたいな可愛い子が来てくれて、嬉しいな」
視線を上げると、目の前に立っていたのは、あまりにも整った顔立ちの男だった。
高身長で、声は落ち着いていて甘く、笑うとほんの少し口元が緩む。
サラリとした黒髪を後ろに流し、淡い金色に近い瞳がこちらを見ていた。
その一瞬で、何かが心の中で音を立てて崩れた。
(……え?)
心臓が、跳ねた。
それは“ときめき”なんて言葉では足りないくらい、強烈な衝撃だった。
(今の……なんで……俺……?)
戸惑いながらも、目が離せなかった。
「ドリンクは、何にする?僕に任せてもいいけど、君の好みに合わせたいな」
椅子に腰を下ろしたレオンは、柔らかな笑みを浮かべながら俺の目を覗き込んでくる。
その距離の近さに、一瞬、息が止まりそうになる。
「え、あ……あまり、お酒強くなくて……」
声が少し震えたことに、自分で気づく。
なんだこれ。なんで、こんなに緊張してんだ、俺。
「そうなんだ。じゃあ、軽めのカクテルにしよっか。飲みやすいやつ、選ぶね」
レオンが軽く手を挙げてスタッフにオーダーを伝える。
その仕草一つ一つが自然で、隙がない。見惚れてるわけじゃない。いや、違う、違うって。
(これは営業だ。ただの“プロ”の接客。そうだろ?勘違いは禁物だぞ、陸。いや、勘違いってなんだよ……)
必死に自分に言い聞かせながらも、視線は勝手にレオンを追っていた。
「……君、名前は?」
「え……あ、朝倉、陸……です」
「陸くん。いい名前だね。うん、似合ってる」
名前を呼ばれた瞬間、背中を撫でられたような感覚が走った。
なんでだ。たったそれだけのことで、こんなにも意識してるのか、自分でも分からない。
「初めてのホストクラブ?」
「……あ、はい。っていうか、来るつもりじゃなくて、いやその」
「そっか。無理に誘われた感じ?」
「まあ、友達の誕生日だから……付き合い、みたいなものです、かね……?」
「偉いね。僕、そういう気遣いできる子、好きだよ」
また、心臓が跳ねた。
(なんでだよ……男相手に“ドキッ”なんて、あるわけ……ないないないない)
顔が熱い。視線を合わせるのが怖くなって、俺はグラスに目を落とした。
でも、その中の氷がカランと音を立てた瞬間、また視線が自然とレオンのほうへと戻ってしまう。
(……なんなんだ、こいつ。いや、俺がなんなんだ……)
「ねえ、陸くん」
ふいに、名前を呼ばれて顔を上げると、すぐ目の前にレオンの顔があった。
距離が、近い。
至近距離から、金色の瞳がじっと俺を見つめてくる。柔らかく笑ってるのに、目だけは妙に真剣で、息が詰まりそうになる。
「……僕のこと、気になってたりする?」
「っ……、いや、え……なんで……」
目を逸らしたのに、レオンの指先が俺の顎を軽く持ち上げた。
(ひ、えぇ…………)
「目、逸らさないで。嘘ついてる顔、見えなくなるから」
(嘘じゃ……ないっていうか、いや、嘘だけど!でも嘘でもなくて……え、なにこれ)
ぐるぐると頭が混乱する中、レオンは俺の返事を待つでもなく、ふっと手を離して笑った。
「ごめんね、急に。僕さ、ちょっとだけ、今日のこの席……楽しみにしてたんだ」
「え……?なんで」
「んー、なんとなく。可愛い子が来たなって思ってね。……この席につけて、よかった」
(なにそれ。なにその言い方。ずるいだろ……)
笑ってるのに、どこか本気に聞こえてしまって、俺はまた心臓を押さえたくなった。
その時、広輝が少し離れた席で別のホストと盛り上がり始めた声が聞こえた。
どうやら俺に構う気はなさそうで、逆にレオンとふたりきりの空間が出来上がる。
(やばい、この空気。逃げ道が、ない)
「……俺、男には興味ないんだけどな」
ぽつりと漏らしたその言葉に、レオンが片眉を上げて、優しく笑った。
「始まる前に振られるのは悲しいなぁ。……そうだな。じゃあ、僕のことは“男”って思わないで?」
「……は?」
「ただの、“陸くんを特別に甘やかしたい人”って思ってくれればいいよ。それじゃ……ダメかな」
ふざけたような口調なのに、冗談に聞こえない。
むしろ真剣で、どこか切実な響きさえあって、俺はそれ以上、何も言えなかった。
答えられなかった。
冗談みたいなセリフなのに、それは冗談に聞こえない。
胸の奥にじわっと熱が広がって、息苦しくなる。
(……ダメだ。このままだと、何かが壊れる気がする……!)
「ちょっと……トイレ、行ってきます」
足早に席を立った俺の背後で、何かを言いかけるレオンの声が聞こえた――

