アリーシェが王都に行くことになったのはアリーシェが騎士として仕えるリースティアヌ王国の第一王女ティアナから頼まれたことを引き受けたのが事の始まりだ。

 ティアナから頼まれたことは、王都の文具店でティアナが頼んだいたインクとガラスペンが届いたから、代わりに取って来て欲しいというものであった。

 ティアナはやらなければいけない仕事がまだあって、自分で取りに行くことが出来ないから、ティアナの騎士の一人であるアリーシェに頼みお願いした訳である。
  
 王都に着いてから、アリーシェは文具店に赴き、ティアナが頼んでいたインクとガラスペンを受け取った。

 用を済ませたアリーシェが文具店を後にし、歩き出そうとしたその時、背後から自分の名を呼ばれ振り返ると、そこに立っていたのはこのリースティアヌ王国と第一王子であるサクヤであった。

 そして現在。

「すいません。サクヤ王子殿、私はこれから行かなければならない場所がありますので、ここらで失礼します」
「待ってくれ! 俺も付き合おうじゃないか」
 
 アリーシェは付き合わなくていい。お願いだから付いてこないで欲しい。と心の中で呟き、サクヤに軽く会釈してから足早に歩き出す。
 
「待ってくれ!」

 サクヤの声がアリーシェの耳に届くが、アリーシェが足を止めることはなかった。
 


 サクヤと共に城に帰ってきたアリーシェは王都の文具店で受け取ったインクとガラスペンをティアナに渡しに行こうとしたが、サクヤに手を掴まれたことにより歩き出そうとした足を止めざる得なくなる。

「アリーシェ、今度、一緒に出掛けようじゃないか」
「はい?」
「断られると思っていたんだが。言ってみるものだな! では、後で空いてる日を教えに行く。またな」

 サクヤはアリーシェにそう言い残し立ち去る。
 アリーシェは遠去かるサクヤの背中を見つめながら、えっ?と声を上げる。

「え、待って、どういうこと? 私、一言もいいって言ってないんだけど……」

 どうしてこうなった!とアリーシェは頭を抱えたい衝動に駆られたが、我慢し歩き出す。夏の暖かい日差しがアリーシェの姿を照らしていた。





 アリーシェが王立騎士団に入って、いずれは王の専属騎士になりたい。
 そう強く思ったのは幼少期の頃であった。
 アリーシェは王都出身であった為、王都でよく巡回中の騎士を見かけていた。

「いつ見てもかっこいいなぁ……」

 見回り中の騎士を見つけて、少し離れた所から騎士の姿を目で追っていたアリーシェはポツリと呟く。

 王立騎士団は実力ある選ばれた騎士達で構成されており、王の護衛や、自国の民達を守る王国の盾として日々、責務を全うしている。

 王立騎士団から、王の専属騎士となる者もおり、騎士という役職は王国の子供達にとって、憧れの職業の一つでもあった。



「ねえ、お母さん、私も大きくなったら、王立騎士団に入りたいっ……!」

 家に帰って早々にお母さんにそう告げれば、お母さんは少し驚いた顔をしたが、優しい笑みを溢し、娘であるアリーシェと同じ目線に合わせて話す為、しゃがみ込み口を開く。

「アリーシェ、騎士という役職はね、とても大変なのよ。貴方は女の子だから、もしその道を目指すにしても、かなり苦労することになると思うわ」
「苦労してもいい。出来なかったら、人一倍努力するもの」
「ふふ、あらあら、芯の強さは父親譲りかしら」
 今思えば、あの時、母親に自分の思いを告げたことが全ての始まりだったのかもしれない。
 言葉にしたから、きっと、自分の中で決心が出来たのだ。



「懐かしいなぁ…… もう、あれから、大分、経つんだな」

 時折、吹く夏風を肌に感じながら、アリーシェは晴れた空を見上げて、昔のことを思い出し、懐かしむように呟く。

 自分が憧れていた騎士という職業に就き、王の専属騎士になるという夢をも叶えたアリーシェ。辛いことも、苦しいこともあったけれど、諦めることなく信じて進み続けた先の未来が今である。

「おーい、アリーシェ。そろそろ巡回交代だ。お前は城に戻ってて大丈夫だから、ゆっくり休んでくれ」

 王立騎士団所属の騎士である男にそう声を掛けられたアリーシェは男を見て頷き、人々行き交う王都の街並みに背を向けて、城へと戻る為、歩き出した。