銀警察署の地下射撃場には、いつも硝煙と鉄の匂いが立ちこめていた。
壁に打ち込まれた標的は、どれも清流の弾丸で蜂の巣だ。
ベテラン警官である彼は、今日も完璧だった。──人間部門の信頼率ナンバーワン。
仲間たちは「清流さん」と呼び、その背に己の命を預けた。
だが今夜、彼は銃を握る手をかすかに震わせていた。
原因は教官室の奥に立つ男――オジェ=ル=ダノワ。
白い髪、白い瞳。銀の制服に包まれたその体躯は、ほとんど人ならざるものだった。
怜悧で冷徹。言葉は刃のように鋭い。
清流にとって、彼はずっと「化け物」だった。
感情を持たぬ、ただの機能。銀警察の頂点に立つ異形。
──なのに。
昨日の訓練で、新人を叱責するオジェを見た瞬間。
汗に濡れた白い喉仏が上下し、襟の隙間からのぞいた鎖骨のラインが、視界を灼いた。
その刹那、清流は悟った。
彼を「男」として見てしまったのだ。
「清流」
低く、氷を砕くような声が射撃場に響く。
振り向くと、オジェ=ル=ダノワが立っていた。
白い瞳が、まっすぐに清流を射抜く。
「明日の模擬戦、君が指揮を執る」
「……はい」
声が掠れた。
唇が震え、名前を呼ぶことができない。
(オジェ……オジェ……)
心の中で繰り返す。だが、声に出した瞬間、すべてが壊れてしまう気がした。
夜。署内の灯りが落ち、資料室には誰もいない。
清流はロープを手にした。
無言で天井の配管に結びつける。
首にかけ、静かに息を吸う。
──正義感? 責任感? 笑わせる。
こんな感情を抱いた自分を、彼は赦せなかった。
仲間を裏切り、銀警察の誇りを汚す。
男としてオジェ=ル=ダノワを見てしまった時点で、
自分はもう「清流」ではなかった。
足台を蹴る。
首が締まり、視界が白く塗り潰される。
最後に浮かんだのは――白い髪。白い瞳。
そして、決して口にできなかった名前。
──オジェ。
翌朝。
射撃場の床に、一枚の遺書が残されていた。
「オジェ=ル=ダノワ教官へ。
俺は化け物を見た。
けれど、それは俺の方だった」
オジェ=ル=ダノワは遺書を読み終えると、
静かに拳銃を構え、標的を撃ち抜いた。
百発百中。
白い瞳に、いつもの無機質な光。
ただ、引き金にかかるその指が――
ほんの一瞬、震えた。
「……君を殺した化け物を殺す」
壁に打ち込まれた標的は、どれも清流の弾丸で蜂の巣だ。
ベテラン警官である彼は、今日も完璧だった。──人間部門の信頼率ナンバーワン。
仲間たちは「清流さん」と呼び、その背に己の命を預けた。
だが今夜、彼は銃を握る手をかすかに震わせていた。
原因は教官室の奥に立つ男――オジェ=ル=ダノワ。
白い髪、白い瞳。銀の制服に包まれたその体躯は、ほとんど人ならざるものだった。
怜悧で冷徹。言葉は刃のように鋭い。
清流にとって、彼はずっと「化け物」だった。
感情を持たぬ、ただの機能。銀警察の頂点に立つ異形。
──なのに。
昨日の訓練で、新人を叱責するオジェを見た瞬間。
汗に濡れた白い喉仏が上下し、襟の隙間からのぞいた鎖骨のラインが、視界を灼いた。
その刹那、清流は悟った。
彼を「男」として見てしまったのだ。
「清流」
低く、氷を砕くような声が射撃場に響く。
振り向くと、オジェ=ル=ダノワが立っていた。
白い瞳が、まっすぐに清流を射抜く。
「明日の模擬戦、君が指揮を執る」
「……はい」
声が掠れた。
唇が震え、名前を呼ぶことができない。
(オジェ……オジェ……)
心の中で繰り返す。だが、声に出した瞬間、すべてが壊れてしまう気がした。
夜。署内の灯りが落ち、資料室には誰もいない。
清流はロープを手にした。
無言で天井の配管に結びつける。
首にかけ、静かに息を吸う。
──正義感? 責任感? 笑わせる。
こんな感情を抱いた自分を、彼は赦せなかった。
仲間を裏切り、銀警察の誇りを汚す。
男としてオジェ=ル=ダノワを見てしまった時点で、
自分はもう「清流」ではなかった。
足台を蹴る。
首が締まり、視界が白く塗り潰される。
最後に浮かんだのは――白い髪。白い瞳。
そして、決して口にできなかった名前。
──オジェ。
翌朝。
射撃場の床に、一枚の遺書が残されていた。
「オジェ=ル=ダノワ教官へ。
俺は化け物を見た。
けれど、それは俺の方だった」
オジェ=ル=ダノワは遺書を読み終えると、
静かに拳銃を構え、標的を撃ち抜いた。
百発百中。
白い瞳に、いつもの無機質な光。
ただ、引き金にかかるその指が――
ほんの一瞬、震えた。
「……君を殺した化け物を殺す」



