「ちなみになんだけど、ガルブって前にも家出したことある?」
『あるよ!』
「そのときは、お父さんどうだった?」

 すると、ガルブは急に身を竦ませたかと思うと、翼で自身の体を覆い、ガクブルと震えはじめてしまった。

『もー、ほんとーに怖かったよ! 雪がすっごい降るし、雷もすっごい鳴るし、そのあとすっごい怒られたし!』
「そうか……そう、か……」

 たしかに、前方のほうに見えるドーニッヒ山脈には分厚い雲がかかっていて、普段なら雄大で山肌を見せてくれるはずなのに、まったく見えない。
 よく見ると、雲の間からは稲光も見えている。
 つまりぼくは、そんな過保護な親を持つドラゴンを拾った異種族の不審者……というわけか。

「終わった……」
『終わった? なにが?』
「いや、なんでもない」

 もしかしたらガルブの親に出会ったら、ぼくは業火の炎で一瞬にして灰にされるだろうか。今のうちに対策しておこう。
 ふう、とため息を一つつく。

「ぼくはアトリエに入っちゃうけど、一緒に行く?」
『行く!』

 翻訳用の魔道具はこの空島一帯をカバーしているので、ぼくは魔道具をそのままにして、ガルブとアトリエの中に入った。


『おぉ~! なんか……大きい?』
「空間拡張の魔法を使ってるからな」
『へ~! クウカンカクチョウ!』

 絶対にわかってないなこれ。
 アトリエは外から見ると、せいぜい2人家族で暮らすのに精一杯くらいの見た目だが、いざ中に入ると豪邸くらいの大きさがある。
 とはいえアトリエなので生活スペースはかなり小さく、大部分が本やら書類やら実験器具やらが占めていた。

「そこのソファでゆっくりしてて。何か飲む? って、ガルブが飲めそうなのは水くらいしかないけど」
『水がいい! 喉渇いた~』

 ぼくが言うなり、ガルブはふかふかのソファにダイブして、ゆったりとくつろぎはじめた。
 なんだろう、このペット感……少し癒される。ドラゴンをペットにするなんて聞いたことないけど。
 でも、このソファにとりこになる理由はわかる。あの財閥の御曹司ことノイくんのお墨付きだからね。ぼくもよくここで寝てるし。
 ぼくは浄水用の魔道具で大きなお皿に水を用意すると、ガルブの目の前に置いた。

『わ~い、ありがと~!』
「どういたしまして」

 そうしてガルブはお皿の水を一舐めするなり、思いきり目を見開いた。

『なにこれ、すごい水だ!』
「すごい水? とくに中に何も入れてないけど」
『そういうんじゃなくて、あの、綺麗な水!』
「ああ、なるほどね」

 ガルブはそのままがぶがぶと勢いよく水を吸い込んでいる。みるみるうちに皿は空になってしまった。

『美味し~い!』
「この水は、大気中から魔道具で分子を取り込んで魔力で水に結合させているから、不純物が限りなく――」
『おかわり~!』

 どうにもぼくの講義は退屈だったようだ。
 キラキラとした視線でそう言われてしまったら、おかわりを持っていくしかない。
 結局、ぼくは魔道具の説明をやめておかわりをとりにいった。
 5往復もすると、ガルブは『ふぇ~』と言って満足そうにソファでうとうとし始めた。
 ドラゴンのお腹が水で膨らむのかはわからないか、そもそもドラゴンは肉や魚といったものは食べないと聞くし、いいのだろう。

『なんか、久しぶりに気分よく寝られそ~』
「久しぶり?」

 ぼくはガルブの寝る隣に腰を下ろすと、そっと体を撫でながらたずねる。
 体表は柔らかくはないけれどがちがちに硬いというわけでもなく、まだまだ子供のドラゴンなんだな、といった具合。
 ガルブはくすぐったそうに翼を揺らしながら、首だけでこちらを向いた。

『そうなの、なんか最近お腹が熱かったんだよ~』
「なるほどなぁ」

 ぼくはあくまで魔道具や魔力に関してしか知識を持ち合わせていないが、以前魔力量を見る眼鏡を開発したときに勉強したことがある。
 ドラゴンに限らず、世の中の生きとし生けるものは、体の中に魔力を生成する器官がある。
 もちろん人間にもあるが、ドラゴンなどの体長の大きな動物は、その器官が大きく活発なんだとか。
 人間の子供も、よくその器官の働きが上手くいかなくて、熱を出すことがあるらしい。
 ドラゴンは人間よりも器官が活発だから、ガルブもそれなんじゃなかろうか。
 ぼくはソファの後ろにある棚に手を伸ばして、以前作ったプロトタイプを取る。世に流通しているやつより無骨でデザイン性もないが、中身は同じだから使えるはずだ。

「ねえガルブ、この眼鏡でガルブの魔力を見てみてもいい?」
『マリョク? よくわかんないけど、いいよ!』
「あー、そっか。魔力って言葉を使うのは人間だけか。だとすると……ガルブが動いたり、炎を吐いたりするときに使う力を見たいんだけど」
『んー? よくわからないけど、いいよ!』

 一瞬きょとんとした様子のガルブだったが、すぐに体をもぞもぞと動かし、お腹をこちらに見せた。
 ……この子は本当に、野生で生きているのだろうか?